机の上では、絶対に壊れませんでした
白化地帯へ入って最初に壊れたのは、エリスが最も自信を持っていた測定器だった。
王都から北へ二日の荒野。かつて採掘都市があった一帯は、地面も崩れた建物も、粉雪をかぶったように白く変質していた。だが雪と違い、踏んでも溶けない。白晶化した砂は靴底へまとわりつき、魔力を流すたび、かすかな鈴のような音を返した。
「広域位相偏差自動追跡式・白晶災害完全看破眼《ホワイト・ディザスター・アルティメット――》」
「短く」
ロイドに遮られ、エリスは不満げに口を閉じた。黙っていれば、風に乱れた黒褐色のボブさえ絵になる美少女である。だが胸の前に掲げた測定器から煙が上がっているため、威厳は長く続かなかった。
「……白眼二号」
「一号はどうした」
「さっき壊れたわ」
到着から二刻で二台。工房では百回連続稼働した機体が、ここでは十分も保たなかった。エリスは白化砂を払い、焼けた術式板を外した。内部には砂塵が入り、冷却孔を塞いでいる。温度差で生じた結露が微細な白晶粉を貼りつかせ、魔力回路を短絡させていた。
設計時に想定した砂塵濃度は標準荒野の三倍。実際は、そのさらに五倍だった。しかも現場の作業員は防護手袋を着け、強風に身体を煽られ、背後の崩落音へ注意を奪われながら操作する。
机の上には、風も恐怖も疲労もなかった。
「故障ではないわ。想定環境が卑劣なだけよ」
「壊れた側は、だいたいそう言う」
ロイドは予備の測定棒を地面へ刺した。単純な針と色板だけの古い器具だが、煙は出ない。精度は低くても、危険域へ入ったかどうかは分かる。
その日の午後、エリスの自動歩行補助脚も止まった。右義脚の膝関節へ砂が入り、補正術式が一歩ごとの遅れを取り戻そうとして出力を上げ続けたのだ。彼女が転ぶ前にロイドが肩を支え、リンファが即座に停止札を出した。
「動ける」と言いかけたエリスを、リンファは見ただけで黙らせた。装着部には赤みが出ている。無理に歩けば、工房で取り付けた痛覚警告器が鳴る前に皮膚を傷める。
トルヴァンが義脚を分解し、砂を掻き出した。エリスは地面へ座ったまま、自分の試作品が並ぶ布を見た。自動測定器二台、通信杭一基、歩行補助脚。工房ではどれも完成品だった。
「完成って、どこまで帰れたら完成なのかしら」
誰に聞かせるでもなく呟くと、ロイドが予備の手動測定棒を差し出した。
「少なくとも、使った人間と一緒に帰ってくるところまでだろ」
日没前、エリスは壊れた機体を一つも捨てずに回収した。失敗作ではない。机の上では見えなかった条件を、傷の形で持ち帰る記録だった。
野営地へ戻る途中、先行調査員から緊急信号が上がった。崩れた旧坑道の中に三人が取り残され、入口付近の白晶濃度が急上昇しているという。
エリスは煙を吐いた測定器を見下ろし、工具箱を閉じた。
次に必要なのは、精密な装置ではない。恐怖で指が震えていても、説明書を読む余裕がなくても、間違えずに使える道具だった。




