不完全な工房へ、ようこそ
クロイツェル魔導工房の入口に、四枚の札が並んだ。
**技術相談。医療相談。生活相談。本人の意思確認。**
「最後だけ文字が大きすぎませんか」とロイドが言った。
「最重要項目です」
エリスは看板の前で腕を組んだ。四肢の義肢は再装着されているが、出力と反応速度は以前より落としてある。各接続部には痛覚警告器が付き、右肩はまだ黄色だった。
七日間の治療を終えた彼女は、以前と同じには戻らなかった。
その代わり、工房の方が変わった。
リンファの魔力脈療院から週二回、治療師が来る。トルヴァンは生活動作と住環境を確認し、ロイドは現場での使用条件を試す。エリスは設計を担当するが、最終決定を一人で下さない。
最初の相談者は、鉱山事故で左腕を失った女性だった。
エリスは接続型義手、着脱式作業腕、片手用工具の三案を示した。リンファが装着部の状態を説明し、トルヴァンが仕事場の高さを聞く。ロイドは坑道の砂塵で精密機構が詰まる可能性を指摘した。
女性は迷った末、まず片手用工具を選んだ。
「義手は、傷が落ち着いてから考えます」
「変更はいつでもできます」とエリスは記録する。「選ばないことも含めて」
二人目は、修理代を払えない老人。支援枠を使い、中古部品で歩行器を直した。三人目は高性能義眼を望む青年だったが、診察で魔力脈の炎症が見つかり、製作を延期した。
以前のエリスなら、一日で三つ作っていた。
今は一つも完成していない。
「進捗が遅いです」
昼休み、彼女は帳簿を見て不満を漏らした。
「間違った物を三つ完成させるよりいい」とトルヴァン。
「設計案は十七あります」
「多い」
「三案まで絞りました!」
「最初から三案にしろ」
そこへ老婦人がスープを運んできた。エリスは片手用の固定具を使い、自分で匙を持つ。右手の警告器が一瞬橙へ変わると、彼女は動きを止めた。
誰にも命令される前に、左手へ持ち替える。
リンファは何も褒めなかった。ただ記録板へ「本人判断で休止」と書いた。
午後、技術院からの共同協力要請について四人で話し合った。白化患者の情報は必要だが、カインゼル側の施設へ無条件で入るのは危険である。
エリスは自分だけで行くつもりだった。
しかし、口に出す前に工房で作った実験規則が目に入る。単独禁止。危険共有。代理停止権。
「同行者が必要です」
自分からそう言うと、ロイドが頷いた。「俺が行く」
「現場判断は任せます。ただし、技術的解析は私が――」
「危険なら止める」
「私が続行可能と判断しても?」
「理由を聞く。その上で止めることもある」
以前なら受け入れられなかった条件だった。エリスは警告器へ触れ、短く頷いた。
共同協力要請への返答を書き始めたとき、別の封筒が届いた。差出人は国境警備隊のロイド宛て。北方の白化地帯で、飛行機関と救助具が次々に同じ動作へ固定され、撤収部隊が動けなくなっているという。
技術院の管理施設ではない。人々が今まさに困っている現場だった。
ロイドが手紙を読み終える。「同行してほしい。工房の技師として」
エリスは白化した制御輪、軍用義手、そして自分の左腕の波形を思い出した。
「条件があります。現場で試作品を使う場合は、使用者へ危険を説明する。私の義肢に異常が出た場合、あなたに停止権を渡します」
「もう一つ」とリンファが言う。「私も行く。技術だけでは患者を判断できない」
トルヴァンは大きな旅行鞄を作業台へ置いた。「誰かが飯と修理部品を管理しないと、二日で全員倒れる」
エリスは三人を見回した。
一人で始めた工房は、いつの間にか自分の許可だけでは動かない場所になっていた。遅く、不完全で、意見が多い。けれど誰か一人が止まっても、残りが支えられる。
「では、白化地帯用の携行修理装置を作ります。名称は《極北征服・万物修繕無限展開要塞――》」
「荷車に載る大きさにしろ」とロイド。
「食料の場所を残せ」とトルヴァン。
「治療具が最優先」とリンファ。
三方向から削られ、最終的に完成したのは、誰でも開けられ、部品ごとに用途が書かれた簡素な修理箱だった。
エリスは蓋に「試作一号」とだけ刻んだ。
翌朝、クロイツェル魔導工房の看板に「遠征中」の札が掛かる。
壊れたものを待つ工房から、壊れ続けている現場へ。
エリスたちは、白い大地へ向けて出発した。




