治してほしいとは、言っていない
依頼人より先に、家族が話し始めた。
「最高の義足を作ってください。費用はいくらでも払います」
裕福な商家の母親は、隣に座る青年の言葉を待たず、設計図と金貨を作業台へ並べた。青年の名はセド。幼い頃の病で右脚に麻痺が残り、杖を使って歩いている。
「王都中の治療師に診せました。でも、この子は諦めてしまって」
エリスは以前なら、すぐ性能要件を聞いただろう。だが今は、母親ではなくセドへ視線を向けた。
「あなたは、何を望んでいますか」
「歩けるようにしてほしいに決まっています」と母親が答える。
「あなたには聞いていません」
工房の空気が張った。
セドは長く黙ってから、杖の先を見つめた。「治してほしいとは、言っていません」
母親が息を呑む。
「僕は今の歩き方で店の帳簿も付けられる。困るのは、家族が勝手に段差をなくしたり、仕事を減らしたりすることです。義足を付ければ皆が安心するから、ここへ連れてこられました」
エリスは母親が持参した設計書を読んだ。高出力の矯正義足。膝と足首を固定し、左右対称の歩行へ導く。使用者の癖は誤差として補正される。
以前工房へ持ち込まれた支給義足と同じ思想だった。
「この依頼は受けられません」
母親の顔が強張る。「お金なら」
「金額の問題ではありません。使用者本人が望んでいない人体接続義肢は作れません」
「この子のためなんです!」
「善意でも、本人の選択は代行できません」
母親の言葉には愛情があった。だからこそ拒絶は難しい。エリスもまた、自分なら最良の設計を与えられるという自信で、他人の望みを飛び越えかけたことがある。
リンファが別室を提案し、母子は一度離れて話すことになった。セドには、何も作らない選択、生活環境だけ変える選択、試用してから決める選択を説明する。
「本当に何も作らなくていいんですか」
「依頼を断るのも仕事です」
「天才技師なのに?」
「天才だから作らずに解決できる、と記録してください」
ロイドが小さく咳をして笑いを隠した。
話し合いの末、セドが望んだのは店の高い帳簿台を座って使えるようにする昇降機構だった。義足ではない。家族から仕事を戻してもらうための道具だ。
エリスは目を輝かせる。「重量釣合式可変高低差吸収作業台《商業覇権・帳簿王座――》」
「普通の昇降机でお願いします」とセドが即答した。
母親は最後まで完全には納得しなかった。それでも、息子が自分で寸法を決める様子を初めて黙って見守った。
引き渡しの日、セドは杖をついたまま新しい机へ向かい、座って帳簿を開いた。
「これなら働けます」
歩き方は変わらない。生活の方が、彼へ合う形に変わった。
帰り際、セドは一枚の紹介状を置いた。
「実は、僕自身が相談したい治療師がいます。王立魔導技術院のカインゼル先生です。あの人は、僕の脚を元に戻せると言った」
エリスの指が止まる。
本人が情報を理解し、自分で望んでいるなら、師匠の治療だからという理由だけで否定はできない。
「危険と代替案を確認してください。受けるかどうかは、そのあともあなたが決められます」
「反対しないんですか」
「私が嫌いな技術者を選ばないよう強制したら、あなたのお母様と同じです」
セドは少し笑い、紹介状を持って帰った。
翌日、工房へ技術院から正式文書が届く。
白化患者の治療研究に関する共同協力要請。
責任者の欄には、カインゼルの署名があった。




