工房の家賃は、まず朝食を食べてから
「家賃を払います」
朝一番、エリスは金貨を三枚、トルヴァンの前へ置いた。
「その前に朝飯を食え」
「金銭と食事は別件です」
「この工房では同じ件だ」
トルヴァンは帳簿を開いた。そこには家賃、燃料費、材料費、修理代、食費が並び、最後の欄だけ大きく赤字になっている。
エリスは眉をひそめた。「修理依頼は増えています」
「払えない客から取ってないからな」
「必要な修理を、支払い能力だけで断るのは不合理です」
「なら、その不合理を続けられる仕組みを作れ。金が尽きたら工房ごと終わるぞ」
魔導炉の燃料、交換部品、リンファの治療材料。善意では補充できない。エリスは高性能な魔導具ならいくらでも設計できるが、工房の一か月後を設計したことはなかった。
ロイドが依頼札を三色に分けた。通常料金、分割支払い、緊急無償。リンファは医療上の優先度を書き、トルヴァンは中古部品の在庫表を作る。
「再生部品を規格化します」とエリスが言った。「摩耗率、魔力漏れ、耐荷重を検査し、用途別に等級を付ける。新品が必要な箇所と、中古で十分な箇所を分ければ費用を下げられます」
魔導具の話になった途端、彼女の早口が戻った。朝食のパンを持ったまま、再生規格、交換周期、術式互換性を一息で語り始める。
「食べてから話せ」と三人が同時に言った。
エリスは不服そうにパンを一口かじった。
最初の試験は、洗濯屋の回転桶だった。新品の軸受けは高価だが、廃飛行艇の小型車輪を加工すれば代用できる。ロイドが解体し、トルヴァンが削り、エリスが術式を調整する。
完成した回転桶は、以前より静かに回った。
「《廃材転生・不死鳥式永久回転洗濯覇王》」
「再生回転桶」とトルヴァンが帳簿へ書く。
「命名権まで家賃に含まれるんですか?」
「朝飯を残した日は含まれる」
工房には笑いが戻った。
やがて、料金を払えない片腕の配達人が来た。荷車の制動具が壊れ、仕事に出られないという。エリスは無償札を取ろうとしたが、男が首を振った。
「施しは困る。払える分は払いたい」
話し合いの末、修理代の一部を配達で返してもらうことになった。本人が負担できる方法を選び、工房も材料費を失わない。
夕方までに、帳簿には初めて「支援枠」という項目ができた。通常依頼の利益の一部を積み立て、緊急修理へ回す。リンファの療院とも照合し、医療義肢は価格だけで優先を決めない。
「工房が私以外の判断で動いています」
エリスは少し複雑そうに帳簿を見た。
「嫌か?」とロイド。
「効率は上がりました。ですが、工具の購入欄に上限があるのは納得できません」
「同じ太さの分解針を十二本買う必要はない」
「先端角が全部違います!」
議論の末、工具予算は一割だけ増えた。食費は削られなかった。
閉店後、再生部品を保管棚へ移していると、洗濯桶から外した古い制御輪が淡く震えた。
一度回る。止まる。また同じ速度で回る。
魔力を切っても、その動作だけを繰り返した。
制御輪の歯の隙間には、白い結晶が薄く広がっていた。
トルヴァンが槌を下ろす。「これは再生して使う物じゃないな」
エリスは頷いた。
初めて作った再生規格の最上段へ、使用禁止を示す黒い印が加わった。




