あなたの身体は、あなたの研究材料ではありません
義肢停止の七日間が終わる朝、エリスは右腕だけを再装着した。
反応速度は以前の七割。最大出力は六割。リンファが設定した警告器は黄色を示している。
「遅いです」
銀の指を開閉しながら、エリスは険しい顔をした。
「その速度で困る生活動作は?」とリンファ。
「精密分解時の操作感が、私の思考に追いつきません」
「思考を少し待たせなさい」
「天才の思考速度を下げる治療法はありません」
「朝食を食べると少し遅くなる」
トルヴァンの一言で、パンとスープが作業台へ置かれた。エリスは上品な顔で不満を示しながら、片手用の固定具を使って食べ始める。
三日かけて四肢を一本ずつ戻す予定だった。だがエリスには、別の計画があった。
軍用義手と自分の義手に共通する空き溝。そこへ白晶石を装着したとき、動作固定が起こるかを確かめる。危険は理解している。だからこそ、自分の身体なら他人を傷つけずに試せる。
昼、全員が工房を離れた隙に、エリスは右義手の感応回路へ白晶石の薄片を差し込んだ。
最初の十秒は正常だった。
十一秒目、義手が分解針を掴む。十二秒目、同じ歯車へ針を入れる。十三秒目、外した部品を元へ戻す。
直前の作業を繰り返していた。
「予想どおりです」
エリスは停止命令を送る。義手は止まらない。白晶石が生体信号ではなく、最も安定した動作を優先している。
警告器が橙へ変わった。
それでも彼女は観察を続けた。固定周期、魔力消費、装着部への逆流。あと十秒だけ測れば、十分な記録になる。
分解針が滑り、銀の指先が自分の胸元へ向いた。
扉が開き、リンファが飛び込んできた。後ろからロイドが絶縁布を投げ、トルヴァンが主魔石を切り離す。義手はようやく停止した。
「触れる。外すわ」
リンファの声は震えていた。エリスが頷くと、三人は義手を接続環から外した。
白晶石の薄片は、中央まで白く濁っていた。
「再現できました」とエリスが言う。「固定化は部品単体ではなく、生体信号との共鳴で――」
「黙りなさい」
リンファの声は、これまでで最も低かった。
処置を終えたあとも、彼女はすぐ話さなかった。怒鳴ればエリスが理屈で防御することを分かっているようだった。
「他人に同じ実験を頼まれたら、許可した?」
「いいえ。危険性が確定していません」
「では、なぜ自分ならいいの」
「私の身体だからです」
「あなたの身体は、あなたの所有物よ。でも、使い潰していい研究材料ではない」
「所有しているなら、使用方法を決める権利もあります」
「あるわ。危険な選択をする権利もある。でも、選択と衝動は違う。あなたは記録も残さず、助けも呼べない時間を選び、止められなくなる可能性を隠した。それを同意とは呼ばない」
エリスは反論しようとした。しかし、自分が患者へ要求してきた説明項目を思い浮かべる。目的、危険、代替案、途中で中止する方法。今回はどれも、未来の自分へ渡していなかった。
「私が止めなければ、誰が調べるんですか」
「一緒に調べる人を作るのよ」
リンファは怒っていた。それは治療師としての義務だけではない。エリスが傷つく可能性に、個人として腹を立てている。
「あなたが死ななくてもいい方法を考えるために、私たちはいる。勝手に役目を奪わないで」
工房に沈黙が落ちた。
エリスは停止した義手を見た。「……実験計画書を作ります」
「私とロイドとトルヴァンが読む」
「技術的理解が不足しています」
「なら理解できるように書いて」
厳しい条件だった。天才だけが分かる言葉を、他者が止められる設計へ変える必要がある。
夕方、四人で最初の人体試験規則を作った。単独禁止。危険と中止条件の事前共有。本人が中止を言えない場合の代理停止権。そして、エリス自身も被験者として保護対象に含める。
署名欄で、エリスの筆が止まった。
やがて右手ではなく、口にくわえた筆で自分の名を書く。
その夜、リンファが療院から持ち帰った記録に、さらに不穏な情報があった。
白晶石による固定化症状を持つ患者が、王立魔導技術院の関連施設へ集められている。
治療ではなく、「長期観察」の名目で。




