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自己肯定感最強令嬢に『選ばせますわ!』と迫られた俺は、もう逃げられない  作者: 綾見 晴


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第8話 純粋な好意と理解不能な好意2

「カイラス様にゼノス殿下。ごきげんよう」


 聞き慣れてしまった艶やかな声に仕方なく振り返れば、そこには優雅な足取りで近付いてくるアフロティーナの姿があった。

 カイラスに会えた嬉しさを隠そうとはしない様子で、堂々とした淑女の礼をゼノスへと向ける。


「やぁ、アフロティーナ嬢。テストの結果を見たよ、相変わらず優秀なようだね」


「ありがたきお言葉、光栄に存じます。殿下もいつも通り学年の主席で大変素晴らしいですわ。この国の将来が安泰で喜ばしい限りです」


 お互いを称え合う二人の姿は、まるで絵画から抜け出してきた王子様とお姫様のような光景。しかしお姫様はその視線をさっさと横にずらし、すぐ隣の男へと一点集中する。


「ところでカイラス様。掲示板にお名前がございませんでしたが、お身体の具合でも悪かったのですか?」


「いや、これが実力だよ」


「そうですわね、能ある鷹は爪を隠すと言いますものね」


「出す爪がないって言ってるんだが」


 相変わらず都合よく脳内変換されてカイラスが頭を痛めていると、アフロティーナは傍で硬直しているエリシスの存在に気が付いた。


「あら、エリシス様。ごきげんよう」


「ご、ごきげんよう、アフロティーナ様」


 五年前のことがトラウマになっているのか、エリシスはゼノスの時以上に緊張の面持ちで頭を下げる。あのお茶会を知る者からすると、二人のやり取りにハラハラしてしまうのは仕方のないことで。カイラスの他に、ごく数名の生徒が固唾を飲んで見守る。

 そんな周囲の警戒心など知らぬとばかりに、アフロティーナは頬に手を当ててふふ、と懐かしそうに微笑んだ。


「こうして揃いますと、あの日のお茶会のことを思い出しますわね」


「おい、」


「はいっ、わたしも思いました」


「へ?」


 わざとトラウマを掘り起こそうとするアフロティーナを止めようとしたカイラスだが、エリシスのあっけらかんとした返しに、あまりにも間抜けな声が漏れた。

 拍子抜けした展開に目を点にするカイラスに、ゼノスは安心させるようにその肩を軽く叩いた。


「そう警戒しなくて大丈夫だよ、君の心配するようなことにはならないから」


「いや、ですが」


「あ、えっと本当に大丈夫です! あれはわたしの不注意でしたし、アフロティーナ様が言うことは正しかったですから。それにあの後、わざわざ謝罪にも来てくださいましたし」


「……そうなのか?」


「えぇ。わたくしもつい言い過ぎてしまったと反省しましたので」


 何でもないようにあっさりと頷くアフロティーナと、その言葉に緊張を消しふわりと顔を緩めるエリシス。二人の間には、本当に蟠りがないと分かる。まさかあんなに高慢だったアフロティーナが、自分より身分の下の令嬢に頭を下げていたとは。予想もしなかった真相に勝手に張っていた肩から力が抜けた。ついでに、全てを知っていたであろうゼノスのことは、一度だけ睨みつけておく。


「それで、皆さまで何かお話しでもしてましたの?」


「え? あぁ、いや話をしてたってほどでは」


「……わ、わたしがカイラス様にぶつかってしまって、謝罪をしていました」


「……エリシス様。ですからきちんと周りを見て動くようにと、あれほど言いましたのに」


「も、申し訳ありませんっ」


 蟠りは消えたとて、二人の力関係は変わらないらしい。アフロティーナに叱られてしゅんとする姿は、さながら飼い主に叱られた子犬のよう。その姿に、少しだけほっこりとした雰囲気が漂った。

 自分に対してもこれくらいの熱量ならいいのにと、カイラスは少し呆れたようにアフロティーナを眺める。そんなカイラスをエリシスはちらりと盗み見て、少しだけ下唇を噛むと三人から少し離れた。


「……それでは、わたしはこれで失礼します。カイラス様、先程は本当に申し訳ございませんでした」


「あ、あぁ」


 もう一度頭を下げ、最後にカイラスの顔を潤んだ瞳で見つめると、スカートを翻して去ろうとしたのだが。

 

 ──エリシスの諦めようとした熱を、同じ熱を持つ者が気付かないわけがない。


「貴女、その気持ちを隠すおつもりなの?」


 エリシスの背に向けて投げられた声は、あの日と同じく場の空気を変えるには十分だった。


「な、何のことですかっ?」


 慌てて振り返り必死にはぐらかそうとするエリシスは、図星を突かれたと丸わかりである。そして逃げるようにじりじりと後ずさるも、アフロティーナはその分カツカツと距離を詰めてエリシスを見下ろす。その様子は、まるであのお茶会の再来のようだった。


「相手を想う気持ちは、きちんと言葉にして伝えるべきですわ」


「それは……」


「伝えられず募るだけの想いは、苦しいだけですもの」


 そっと目を伏せて悲しげな表情を浮かべ、言葉を重ねる。

 それはカイラスが留学していた数年間。彼が不在だったことと、アロンと婚約させられたこと。彼女が長年味わってきた経験からの、切実な本音だった。


「伝えられる状況にあるのに伝えないなんて美しくないこと、わたくしには到底できませんわ」


「……でも、」


「まぁ隠せる程度の気持ちでしたら、伝えなくても良いのかもしれませんわね」


(おい待て待て、さっきから余計なことばかり言うなよ……!)


 忘れてはならないが、このやりとりは全てカイラスの目の前で行われている。

 突然の展開に全く脳の理解が追いつかない。だが、自分にとって都合が悪いことが起こりそうだということは分かる。

 というかこういうのは普通、本人がいないところでやるものじゃないのか⁉︎ と狼狽する当事者を置き去りにして、事態は無慈悲にも進んでいく。


 アフロティーナの煽りに、エリシスは視線を下げて胸の前でキュッと手を握りしめた。

 

「…………わ、わたしだって」

 

 震える小さい声で言葉が紡がれる。

 

「声が小さいですわ。その程度の想いなのかしら」


 さらなる煽りに、エリシスの恋心の導火線がついに火花をあげて点火した。


「──わたしだって、カイラス様が好きです!」


 声高に宣言するエリシスに、先ほどまでの子犬のような雰囲気はない。


「五年前からずっと、ずっと大好きなんです!」


 エリシスらしいどこまでも真っ直ぐで、純粋で、至極真っ当な告白。誰もが応援したくなるような、健気な想いの吐露だった。

 それをアフロティーナに向けて行っている。カイラスの目の前で。


「は、え、ちょっと待て、」

 

「隠せる程度なんかじゃありません! この想いは、アフロティーナ様にだって負けていません!」


「おい、少し止まってくれ」

 

「あら。わたくしに負けないなんて、随分と傲慢ですこと。わたくしの想いはこの美しさと同じで世界一ですのに」


「お前は本当に何言ってるんだ、いいから話を」

 

「くぅっ……で、でも、わたしにだってチャンスはあります!」


「嘘だろ、俺の声聞こえてないのか……?」

 

「なんて身の程知らずなのかしら。いいこと? 彼に最後に選ばれるのはわたくしですわ!」

 

「いいえ、わたしです!」


 バチバチと火花を散らし、完全に二人の世界に入り込み牽制し合う二人の少女。まさに恋のライバル誕生の瞬間だ。

 その二人から想いを寄せられているはずなのに完全に蚊帳の外に追いやられた当事者は、引き攣った顔で叫ぶことしかできなかった。

 

「頼むお願いだ待ってくれ俺を置いて話を進めるなっ!」


 悲痛感漂う渾身の叫びは、恋する乙女たちに届くことはない。水面に浮かぶ泡のように、淡く儚く消えていった。哀れな男の姿を目の当たりにした周囲の生徒は、「うわぁ……」と全員揃って同情の眼差しを向けたのだった。


 そんな三人の、とても告白現場とは思えぬコントのようなやり取り。それを最も間近で観覧していたゼノスは、顎に手を当てて神妙な顔で事態を分析していた。

 

「……うーん、自らライバルを作るのか。やはりアフロティーナ嬢のことは何一つ読めないなぁ」


 普通、恋敵なんていない方がいいだろうに。あえて焚き付けて、わざわざ敵を作るなんて。一生かけても理解できる日は来ないのだろうなと、結論付けた。

 この先、今まで以上にカイラスの周りは騒がしくなるのは確実だろう。怒涛の展開に置いてきぼりにされた平穏を望む友人に、面白いことになったなと思うのと同時に、少しだけ心配になるゼノスだった。

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