第4話 腐れ縁と裏の話2
カイラスとゼノスの付き合いは、二人がまだ九歳の頃。ゼノスが主催したお茶会から始まる。
当時のゼノスは、同年代の貴族子女を集めたお茶会を頻繁に開いていた。それは、単なる交流が目的ではない。一つは敵味方を選別するため。もう一つは自分の傍に置くに値する有能な人物を発掘するためだった。日々正妃からの悪意に晒される中、将来に渡って己を支えて、信頼のおける者を見つけることが喫緊の課題だったのだ。
そしてそのお眼鏡にかなったのが、カイラスである。
一方当時のカイラスは、非常に聡明な子供だった。大抵の書物は一度見ただけで覚えられ、頭の回転も早い。本人も勉強が好きだったため、幼い頃は何も気にせずに楽しく幅広い学問を学んでいた。
しかしその結果。家庭教師が神童だ何だと囃し立て、両親もそれに同調したことで、跡取りである兄との関係に亀裂が生まれてしまったのだ。尊敬していた兄から避けられ、時には睨まれ。兄が大好きだったカイラスは、酷く悲しんだ。
そして、幼いながらに理解する。
──目立つことをすると面倒ごとが増えるだけだ、と。
これが、『平穏に生きたい』と願うカイラスの始まりである。
それからは過度な期待をされないように、適度に手を抜くことを覚えた。そうすれば兄との関係は元には戻らなかったが、それ以上悪化することもなくなった。両親からは不審がられたが、兄を脅かさない平凡な次男坊でいることの方が重要だったのだ。
そしてゼノスのお茶会でも、そのスタンスは変わらない。カイラスは目立たぬよう無難な子供であることに徹していた。愛想良く、適度に相手を持ち上げ、周りに合わせる。どこにでもいる貴族の子供として、上手く周りの子息女に紛れることができていた。──途中までは。
それは、ゼノスが各家の話題を口にした時のこと。
「そういえば、フェルマール伯爵家は最近東方諸国との貿易に力を入れているそうじゃないか」
「はい、そうです!」
(……いや、東方との貿易は昨年大きな損失が出たはずだから、今年から南方貿易に切り替えていたような)
他にも。
「ドルトー辺境伯家では、鉄の採掘量が増えていると聞いたよ」
「えぇ、その通りですわ」
(……少し前に鉱山で崩落事故があったから、今は採掘停止中のはずじゃ)
そして、カイラスにも。
「リッツバーグ子爵領で作られた葡萄酒は、今年も国内外で人気があるようだね」
「……はい、ありがたいことに」
(違う。去年の葡萄が不作だったから、今年は国外への出荷は停止している)
ゼノスが話すたびに、疑念が強くなる。
全くの見当違いではない。けれど、国の情勢を学んでいればいるほど、違和感が募るような話だった。将来兄を支えるためと、国内外の情勢の勉強だけは真面目に取り組んでいたのが仇となる。
(どうして殿下はこんな間違いをしてるんだ……?)
ゼノスは大変優秀で、すでに高等教育を受けているとの噂もあった。そんな彼が、こんなに何度も間違うことなどあるのだろうか。しかも、指摘されれば「あぁ、昨年の情報だったね」と言うだけで片付くような、些細な間違いばかりを何度も。
密かに周囲を観察すると、ほとんどの子供は疑問を抱いた様子はない。しかし一部、ゼノスの見てない瞬間に卑しい笑みを浮かべる者もいた。
チリッと、首の後ろが鈍い痛みを放ち、無意識にさする。
(……ドルトー辺境伯は、確か第二王子の派閥だったな)
こんなお茶会にでも見え隠れする王族の闇に、カイラスは辟易した。
放っておくべきだ。王族の泥沼に首を突っ込むなんて、ろくなことにならないと分かり切っているのだから。
だが、もしゼノスが意図的に誤った情報を掴まされていたとしたら。あとから真実を知った時、あいつは知っていながら黙っていたのだと、不興を買う可能性がある。
王族からの不興は家にまで及ぶもの。しがない子爵家など、簡単に爵位を失って平民に身を落とすことになりかねない。すなわち両親に──兄に、迷惑をかけてしまう。
(……ダメだ。それだけは、絶対に避けないと)
しかし、カイラスはお茶会が終わるまで余計なことは言わなかった。理由は単純。目立ちたくないし、なおかつ人前で王族に指摘をするなんて余計に不興を買うに決まっているからだ。やるなら、王子が一人になる瞬間を狙うしかない。
やがてお茶会がお開きとなり、ゼノスが「有意義な時間だったよ」と笑顔で席を立つ。それを合図として、子息女たちも迎えの者たちのもとへ散っていった。カイラスも周囲に紛れるようにその場を離れ、ゼノスを追いかける。
そして、廊下を悠然と歩くその背中に声をかけた。
「──っ、殿下、少しよろしいでしょうか」
かけられた声に振り返ったゼノスは、意外そうな顔をして首を傾げる。警戒する近衛を手を上げて制し、少し離れたところまで下がらせた。それを確認すると、ゆっくりとカイラスに歩み寄る。
「君はリッツバーグ家の……どうかしたのかな?」
「差し出がましいこととは承知しておりますが、」
一度言葉を飲み込み、護衛に聞こえないよう声を抑えて続けた。
「……先ほど話していた内容に誤りがございましたので、その訂正へと参りました」
「誤りだと?」
鋭くなった紫色の眼光に、カイラスは一瞬たじろぐ。けれど、ここまで来たらやるしかない。もうどうにでもなれと、微かに震える手をギュッと握りしめて告げる。
「っ、はい。我が領の葡萄酒ですが、昨年葡萄が不作だったことが原因で、今年は国内への流通しか行っておりません」
「……」
「ですので、国外の話は昨年の情報かと思います。万が一お耳に入っていなかったらと思い、」
「……」
「伝えに、参った……の、です、が……」
「……」
ゼノスの反応がない。カイラスの話に相槌をすることもなく、ただただ黙って聞いていた。しかしその視線だけは、値踏みするかのようにカイラスの全身を巡る。
(や、やばいっ、指摘すること自体ダメだったのか⁉︎)
無言の圧にダラダラと冷や汗が止まらない。脳内には爵位剥奪からの平民落ちした家族の姿が、走馬灯のように駆け巡る。
できるだけ傷を浅くしなければと、焦ったカイラスは勢いよく頭を下げた。
「で、殿下、申し訳ございませんっ、過ぎた真似をしました! どうか子爵家には情けを──」
「うん、合格だ!」
「……はい?」
カイラスの喉から、間の抜けた声が漏れる。
恐る恐る顔を上げると、鋭かった眼差しは霧散し、満足気な笑みを浮かべていた。
困惑するカイラスに、ゼノスは嬉々として語る。
お茶会は、敵と味方の選別をするために行っていること。そして一番の目的は、有能な人材を見つけるためだということを。
「だから、試していたんだよ。僕の話を聞いて、君たちが何を考えて、どんな行動を起こすのかをね」
「……試していた」
「そう。僕にとって必要な者とそうでない者。それらを迅速に見定めるには、このやり方が実に効率がいいんだ」
ゼノス曰く。
──自身の家の状況も分かっていない無能など不要。
──王族を嘲笑するような無礼者など不要。
──何もせず見ているだけの傍観者など不要。
──人前で王族の誤りを指摘する恥知らずなど不要。
そう淡々と選別方法を語る姿は、九歳とは思えぬほど次期国王候補としての風格をすでに醸し出している。
「君は、自分の家の状況を正しく把握していた。間違いを口にした僕を嘲わない。きちんと場も弁えて、人がいなくなったのを見計らい、きちんと指摘に来た」
けれど、カイラスを見つめる紫の瞳は、年相応の輝きを見せていた。
「完璧だね。君みたいな子を探していたんだよ」
「じゃ、じゃあうちのもですけど、他のフェルマール家やドルトー家の話がおかしかったのも、全部わざとだったんですか……」
「もちろん。あの場にいた全員を試していたのだから──待て」
悪びれもなく頷いたゼノス。だが次の瞬間、カッと目を見開くと、カイラスの肩をガシッと力強く掴んだ。
「っな、なんです⁉︎」
「君、他家の間違いにも全部気付いてたのか?」
「え? は、はい、全体的に情報が少し古いと思いましたけど……」
「フェルマール伯爵家は?」
「と、東方諸国の貿易は、昨年海賊被害のせいで大きな損失があったため、今年から南方貿易に切り替えています」
「ドルトー辺境伯家は?」
「鉄の採掘量は最近までは右肩上がりでしたが、二ヶ月前に鉱山で崩落事故があったため、今は採掘を停止しています」
尋問のように詰められ、カイラスは困惑しながらもお茶会の時に感じた違和感を丁寧に指摘していく。
そして全ての答えを聞くと、ゼノスは新しいおもちゃを見つけた子供のようにパッと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、本当にいい拾い物をしたよ……! カイラスといったね。よし、今から僕の部屋に行こう。すぐに行こう」
「はい⁉︎ え、ちょっ、殿下⁉︎」
右手を掴まれ、そのまま強引に引きずられるカイラスは咄嗟に近衛に視線を向ける。しかし、さっと視線を逸らされ、助けはないと悟り絶望しながら連行されたのだった。
こうして、ゼノスのお眼鏡に適ってしまったカイラス。あの日から十年経っても、不本意ながらも腐れ縁は切れずに続いている。今では王族相手に軽口を叩いても許されるくらい親しくなり、さらには「側近になれ」と就職先の勧誘まで行われることになるとは。あの時は夢にも思わなかった。
ちなみにカイラスの望む平穏な生活は、もう当時の時点で破綻している。それでも無駄な抵抗で平穏を望み続け、ゼノスに「無理だよ」と笑顔で切り捨てられていた。
(こうして殿下とテーブルを囲むと、やっぱりあの時のことを思い出すんだよなぁ)
苦い思い出のような、そうでもないような。でも、確実に自分の人生を変えた日のことを、今でも鮮明に思い出せる。
そして、お茶会といえばもう一つ。
(……お茶会って、俺にとって鬼門なのかもしれないな)
アフロティーナと留学前に最後に会ったのもまた、ゼノスが主催したお茶会だった。カイラスが十四歳、アフロティーナが十二歳の時。その頃には頻繁にゼノスから呼び出されており、カイラスはほぼ全てのお茶会に強制参加させられていたのだ。
(殿下は何か知ってるんだろうか……。あいつの、俺への異様な執着の理由を)
当時のアフロティーナは、すでにその美しさは国内外で評判だった。教養も高く、父親のヴェルシェ侯爵は王国外交を担う重鎮。加えて母親は他国の王族の縁者という、家柄も文句なし。当時はいずれ王子のどちらかと婚約するのでは、という噂まで囁かれるほどだった。
けれど他者に対して異様に厳しく、高圧的な物言いも多い。己に絶対の自信を持っていることも相まって、その姿は高慢な令嬢そのものだった。




