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自己肯定感最強令嬢に『選ばせますわ!』と迫られた俺は、もう逃げられない  作者: 綾見 晴


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第2話 訪れない平穏と止まらない求愛

 舞踏会から一夜明けて。

 空は雲一つない晴天で、鳥の囀りが爽やかな朝の訪れを告げる。実に平和で穏やかな一日の始まりだ。

 ただ一つ──


「……帰りたい」


 カイラス・リッツバーグの心だけが、穏やかではなかった。

 なお、まだ学園寮を出て五分である。

 

 朝日を浴びてわずかに赤く透ける黒髪を気怠げに掻きながら、カイラスは重たい足取りで学園へ続く石畳を歩いていた。

 留学から帰国し、今日が学園への編入初日。本来なら、新しい学園生活に期待に胸を膨らませているべきなのだろう。

 しかし、カイラスの脳裏を占めるのは、鮮やかな白金色の髪とルビーの瞳を持つ、一度見たら忘れられない美しすぎる顔。

 そして、何より焼き付いて離れないのは。


『必ずあなたに──わたくしを選ばせますわ!』


 そう、自分へと告げられたあの宣誓だ。


「あ゙ーー……ほんっと、何で俺なんだよ」

 

 カイラスは決して鈍くはない。故に直接的な言葉がなくとも、アフロティーナの『選ばせる』という言葉が何を意味しているのか、正しく理解できた。できてしまった。

 だからこそ、どうして自分なんだという困惑しかない。

 相手は代々王国外交を担ってきた名門侯爵家のご令嬢。対して自分はしがない子爵家の次男坊。留学前だって、親しくもなかった。王族から婚約破棄されたからって、次の相手として選ぶメリットなんて、何一つ見つからない。


「やっと見つけた、って意味も分からん……」


 分からないことだらけで、考えれば考えるほど頭が痛くなる。

 いっそ夢だったら。なんて、現実逃避をしようにも──


「ねぇ、あの方って──」


「そうそう、昨日の舞踏会の──」


「アロン殿下からアフロティーナ様を奪ったって──」


(さすがにそれは冤罪すぎるだろ……!)


 周りから突き刺さる視線と囁かれる声が、あれは現実だと無慈悲にも告げていた。さらには、ありもしないことまで噂される始末。カイラスは絶望した。


「勘弁してくれ……」


 平穏な学園生活を送るはずだったのに……! そんな願いは初日、いや昨日の時点で叶わないと決まってしまったのだった。

 校舎が近付くにつれ生徒が多くなる。あの舞踏会はほとんどの生徒が出席する一大行事。つまりあの出来事を知らない生徒はほぼおらず、視線も囁きも問答無用に増えていった。カイラスの心を置き去りにして。


「…………帰りたい」


「あら、もうお帰りになりますの?」


「うわッ」


 灰色の瞳から色が消えかけた時、カイラスは後ろからかけられた声に思わず飛び上がった。

 振り返らなくても分かる。すぐ後ろに、此度の元凶がいることが。いっそ無視しようかと頭をよぎるが、こんな衆目を集める中で逃亡を図るのは愚策だろう。

 どう見ても学園でも目立つ存在であろう相手と、編入初日の自分。周りがどちらの味方をするかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 覚悟を決めてゆっくりと振り返った先には、朝日すら霞む美貌を惜しげもなく晒しながら優雅に微笑む元凶──アフロティーナ・ヴェルシェ侯爵令嬢がそこにいた。


「ごきげんよう、カイラス様」


 婚約破棄された翌日とは思えないほどの晴れやかな笑顔で、その瞳はカイラスだけを映している。白金色の髪は風に踊り、太陽の光に反射して宝石のような煌めきを放つ。

 あまりにも眩い姿に、カイラスはキュッと目を細めた。


「……ごきげんよう、ヴェルシェ嬢」

 

「まぁ。他人行儀で呼ばないでくださいな。わたくしのことは、アフロティーナとお呼びになって?」

 

「はは、遠慮しておきます」

 

「でしたら、ティーナでもよろしくてよ」

 

「いや何でだよ」


 思わず敬語が外れたカイラスに、アフロティーナは嬉しそうにくすくすと笑みをこぼす。


「ん゙んっ、……失礼いたしました」

 

「いいえ、そのように畏まらないでくださいませ。カイラス様にはありのままでいてほしいもの」


「そういうわけには」


「では、その代わりにアフロティーナと呼んでくださいますか?」


「だから何でだよ! ──って、あーもう!」


 終始会話の主導権を握られ、ついにカイラスは頭を抱えた。あの腐れ縁と同じくらいやりづらい──いや、それ以上に厄介な相手だ。


(なんっでこんなに強引なんだよっ)

 

 しかも本人に全くの悪意がないのが、なおさらタチが悪い。そして、そういう相手に自分がことごとく弱いことも、悔しいながらも自覚している。

 最短距離で詰めてくるアフロティーナに押されつつ、カイラスは観念したように一つため息を吐いた。敬語は投げ捨て、相手が触れてこない昨日のことをあえて切り出す。


「……昨日の、舞踏会でのことだけど」


「はい」


「『選ばせる』って、なんの冗談だ」


「あら。わたくし冗談なんて言いませんわ」


 そう返したアフロティーナは、笑顔はそのままに少しだけ目を細めてカイラスを見つめた。


「……どうして俺が選ぶんだよ。あなたなら俺に命令できるだろ」


「わたくしはカイラス様に、わたくしを選んでいただきたいのです。そうでなくては意味がありませんわ」


「本当に……何で俺なんだか」


「カイラス様は、わたくしの特別ですもの」


 大切な宝物を見つめるような慈愛を込めた眼差しを向けられ、ますます分からなくなる。

 アフロティーナと最後に会ったのは五年前。留学に行く前に第一王子が主催したお茶会での席だった。あのお茶会はカイラスにとっては、正直いい思い出ではない。それはきっと、アフロティーナも同じはずだ。なぜなら──

 

 ──留学前に最後に見たアフロティーナの顔は、怒りに顔を歪ませる、今とは真逆の顔だったのだから。

 

(……まぁ、理由なんてもういいか。どうせ分かったところで何も変わらない)


 正直、こんな美人に熱烈な好意を向けられて、嬉しくない男なんていないだろう。個人的にはもう少し、いやだいぶ大人しい子の方が好ましくはあるが。誰もが認める美しすぎる容貌は、そんなもの関係ないとじわじわ理性を侵食しようとしてくるから厄介だ。

 しかしいくら好意を向けられたとしても、カイラスの答えは『選ばせる』と言われた時点で決まっていた。

 アフロティーナから一歩距離を取ると、真っ直ぐに告げる。


「悪いけど、俺はあなたを選ぶつもりはない」


「えぇ。そうおっしゃると思っておりました」


「……え?」


 アフロティーナの気持ちには応えられない。そう伝えたはずが、悲しむどころか納得したように頷かれ、カイラスはぽかんと目を瞬かせた。

 言外に振られたというのに、全く気にした様子もなく挑戦的な笑みを浮かべる。


「元より長期戦のつもりでしたもの。一度や二度断られた程度では諦めませんわ」


「待て待て、選ばないって言っただろ! 長期戦ってどういう」


「わたくし言いましたわよ。覚悟なさいませ、と」


 赤く色づいた唇が弧を描き、その瞳は獲物を捕らえようとする肉食獣のような熱を帯びる。それはまるで、逃がしはしないと訴えかけてくるようで。カイラスの背筋に冷たいものが走った。


「これから、嫌というほどわたくしを意識していただきますので」


「は、」

 

「どうか存分に美しいわたくしを見て、わたくしを選んでくださいな」


「本当に勘弁してくれッ、俺は平穏に生きたいんだ!」


「それは諦めた方がよろしいかと」


 二人のやり取りを野次馬よろしく見ている生徒たちに、舞台に立つ役者のように優雅に手を振るアフロティーナ。途端上がった歓声に、カイラスの顔は死んだ。

 留学中だって、面倒事には関わらないよう徹底していた。目立たず、騒がれず、静かに、平穏に卒業する。それがカイラスの理想だったのに。

 そんな理想は、慈悲もなく一刀両断された。


「何を言われようと選ぶ気はないからな!」


「えぇ。今は、ですわね」


「この先もだ! 第一、俺のタイプじゃない!」


「あら」


 意外そうに目を瞬かせるアフロティーナは、こてんと可愛らしく首を傾げる。


「ですが昨夜、わたくしに見惚れていたではありませんか」


「な……ッ」


「ちゃんと気づいてましてよ」


 言葉に詰まったカイラスに、離れた一歩をさらに埋めたアフロティーナは、下から覗き込むように見上げた。

 情熱的な瞳に上目遣いで見つめられて。そして、ふわりと漂う甘い香りが鼻腔をくすぐり、カイラスの頬が微かに色を乗せる。


「わたくしのこと、好きでしょう?」


「ッ、そんなわけあるか!」


(くそッ、顔はめちゃくちゃいいんだよなこいつ……!)


 自分の魅せ方を完全に熟知するアフロティーナに、カイラスが勝てる余地はなかった。


「ふふ、素直じゃありませんのね」


「からかうなっ」


「わたくしはいつでも本気ですのに。あぁ、そうですわ。先ほど、わたくしはタイプじゃないとおっしゃってましたけれど」


「な、なんだよ」


「タイプにさせるだけですので、問題ありませんわ」


「あーもういい! 俺は行くからな!」


 これ以上付き合っていたら、確実に相手のペースに呑まれる。カイラスはアフロティーナの視線を振り切り、半ば逃げるように校舎へと足早に向かった。傍から見ればすでに呑まれていたが。

 すでに前途多難な学園生活は、まだ始まってすらいない。

 

 そしてこの後。教室へ行く途中も、休憩時間も、お昼時間も、放課後も。行く先々に白金色が突撃して来ることになるとは、まだ知る由もなかった。


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