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自己肯定感最強令嬢に『選ばせますわ!』と迫られた俺は、もう逃げられない  作者: 綾見 晴


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第11話 選びたくない男と選ばせたい女

 結局、カイラスは一限目の講義をサボってしまった。二限目が始まった直後になんとか教室に滑り込み、後ろの席へ静かに着席する。教壇に立つ教師と一度目が合うが、特に咎められることはなく講義は進んでいった。


(……殿下だろうな)

 

 おそらく、あの後ゼノスが何らかの手を回したのだろう。

 未来の君主に手紙の代読させたのに加えて、サボりの揉み消しまでさせてしまうなんて。ゼノスを崇拝する他の側近候補や近衛たちの耳に入ったらどうなることか。


(……これ以上嫌なことを考えるのはやめよう)


 悲惨な未来を勝手に想像し、思わずゾッと背筋が凍った。二の腕を無意識にさすると、隣に座る生徒から訝しげな視線が突き刺さる。カイラスは誤魔化すように小さく咳払いし、教科書へと視線を落とした。

 教科書の規則的に並んだ文字も、教員の単調な声も、今のカイラスの頭には何も入ってこない。まだ夢を見ているような、どこか現実味がない時間をただただ過ごす。

 講義の終わりを告げる鐘の音だけが、ここは現実であることを突きつけていた。


 午前の授業が終わり、皆が食堂へと向かい教室を出ていく。そんな中、カイラスは一人で学園の庭園へとやってきた。食欲がないのもあるが、行っても悩みの種に絡まれる可能性が非常に高い。だからこの荒んだ心を鎮めるために、少しでも癒しとなるだろう空間で、ゆっくり過ごそうと思っていたのに。


「……カイラス様?」


「…………なんでいるんだよ」


 今一番会いたくなかった相手の姿に、思わず天を仰いだ。

 庭園は昼時間でもぽつぽつと人はいる。その中でも奥まった場所に教員が趣味で管理している花壇があり、生徒はほぼ近寄らない穴場スポットだった。そこなら一人になれるだろうと足を進めたところ、まさか教員から小さな小包を受け取るアフロティーナと鉢合わせてしまうなんて。

 相手も予想外だったのか、キョトンと目を瞬かせるも、次の瞬間には嬉しそうに顔を綻ばせる。そして教員にお礼を言うと、少し小走りにカイラスのもとへとやって来た。


「まさかこのような場所でお会いできるだなんて。運命ですわね」


「……偶然っていうんだよ」


「偶然も積み重なれば、それはもう運命ですわ」


 ふわりと笑うその顔に、カイラスは不意に目を奪われた。庭園の片隅で色とりどりの花に囲まれ、その香りを纏わせるアフロティーナ。柔らかく笑う彼女は、いつもの強烈さは鳴りを潜め、まるで花の精霊のような神秘的な美しさを宿していた。

 こちらの話を聞かないのはいつものことだ。それなのに、いつもと少し印象が異なるだけで、どこか気まずさを感じた。誤魔化すように下げたカイラスの視線は、小包を持つしなやかな指へと無意識に向かう。

 視線の先をたどったアフロティーナは、持っていた小包を胸の前で掲げてみせた。


「こちら、気になりますの?」


「──っ、いや、なんでも」


 まさか指の感触を思い出していた、なんて言えるわけない。取り繕うとするカイラスに小首を傾げながらも、アフロティーナは小包を少し開けて中身を見せた。

 

「こちらはハーブですわ。この国ではほとんど栽培されていない珍しい種類で、育てていらした教員から分けていただきましたの」


 摘みたてのハーブの匂いが、仄かに香ってくる。

 

「今度、このハーブを使った紅茶をよく飲まれる他国の要人とお父様が会食をなされる予定ですので、話の種になればと思いまして」


 それはどことなく、芳醇さがあり。


「そういえば、この紅茶は芳醇な葡萄を思わせる香りがするそうですわ。リッツバーグ領も葡萄酒が有名でしたわね」


 嗅ぎ慣れた匂いを彷彿とさせ、叫び出しそうになった。


 落ち着いたはずの心臓が、再び激しい音を立てて跳ね上がる。頭の奥がガンガンと殴られるように痛み、微かに呼吸が乱れていく。

 まだ異変に気付かないアフロティーナは、いつものようにカイラスを誘おうとした。


「カイラス様、昼食はもう摂りましたか? まだでしたらわたくしと一緒に、」


「──いかない」


 遮るように放たれた声は、自分でも驚くほど低く、そして氷のような冷たさだった。

 楽しげに言葉を紡いでいたアフロティーナはピタリと動きを止め、静かにカイラスを見据える。こちらを観察するような、心まで見透かそうとするような瞳に、カイラスの言葉が止まらない。


「こんなこと、いつまで続けるつもりなんだ」


「……主語がありませんわ。何のことをおっしゃっておりますの?」


「この、選ばせるとかいう茶番だよ」


「茶番だなんて。わたくしは本気だと、いつもお伝えしてますのに」


 アフロティーナは一度目を伏せると、次の瞬間には鮮烈な熱を宿した瞳をカイラスへと向けた。


「いつまで、でしたわね。ならば答えは一つです。カイラス様にわたくしを選んでもらうまで、ですわ」


「選ばないって言ってるだろ」


「選ばせると言いましたわ」


 一歩も引かない強引で一方的な主張に、今までにない嫌悪感が込み上げる。


 ──彼女のせいじゃない。


「もう放っておいてくれないか」


 ──全く嬉しさがなかったわけじゃない。


「何を言われようと選ぶつもりはない」


 ──それでも、やっぱり『選ぶ』のが怖い。


「だからもう、諦めてくれ……」


 最後の言葉は消え入りそうなほど小さく、懇願するような切実さを孕んでいた。

 いつになく強い拒絶と、そして真っ白な顔に苦悶の表情を乗せるカイラスに、アフロティーナは慌てて手を伸ばすが──


「カイラス様っ、顔色が悪いですけれど、なにか──」


 白くしなやかな指先が、自分の頬に触れようとした時。

 その姿が、激しい怒りの感情を乗せてこちらを睨む兄の姿と重なった。


「──やめろッ!」


 パシッ、と乾いた音が庭園に落ちる。

 振り払われた手入れの行き届いた綺麗な手が、行き場をなくして空を切った。

 突然の衝撃に目を丸くするアフロティーナに、カイラスは悲鳴のように声を荒げた。


「何なんだ本当にッ、お前の執着は意味がわからない!」


「何度断っても強引に迫ってきて、いい加減迷惑だ!」

 

「──もう、俺に選ばせるなッ!」


 はぁ、はぁと肩を激しく上下に揺らし、カイラスはアフロティーナを睨みつける。完全に余裕をなくしたその様は、癇癪を起こした子供のようだった。

 激しい怒りの感情を正面から浴びたアフロティーナは、なにも反論しない。カイラスに瞳を向けたまま、ただただそれを黙って受け止めた。

 そしてカイラスが全て吐き終わった後、静かに目を閉じる。


 時間にして六秒。


 風に揺れる木々の囁きが。

 小鳥の歌うような囀りが。

 どうしてか、痛いくらいに鼓膜を揺らす。

 

 そしてゆっくりと現れたルビーの瞳は、真っ直ぐにカイラスを見つめた。


「カイラス様」


 それは、酷く凪いだ声。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」


 いつかの、他の生徒たちに囲まれた時と同じように、殊勝に頭を下げる。けれど、すっと顔を上げた後、カイラスの手を取ることはない。


「本日は、これで失礼いたします」


 最後にいつものように美しい笑みを浮かべながら、いつもとは違い潔く引き下がる。アフロティーナはそれ以上何も言わず踵を返すと、振り返ることなく去っていった。

 その背が完全に見えなくなってから、カイラスはズルズルと倒れ込むようにその場に蹲った。

 

「…………くそっ、最悪だ、」


 それは、自分に対して向けた言葉。

 アフロティーナに言ったことは、完全に八つ当たりだった。過去を思い出して動揺していたのだとしても、当たっていい道理はない。五年前のお茶会であんなに偉そうな説教を垂れたというのに、自分がこのザマとは。

 

 彼女の言葉を借りるなら、全くもって美しくない行為だっただろう。


「……結局、誰かを傷つけるんだな」


 ルビーの瞳の奥。そこに、五年前と同じ揺らぎを見つけた。

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