横浜の銀
今津清兵衛は帳面を開く代わりに、鉄之助の竹筒を店の外へ置かせた。
六月五日の朝である。
「刃を預かる気はありません。外へ置くか、お帰りください」
今津の貸席には、鉄之助、りん、志乃だけが入った。
戸口から竹筒が見える。手を伸ばしても届かない。鉄之助は腰が軽くなった分だけ、座り方がわからなかった。
「周防の注文控えに、横浜洋銀と赤石屋の印があった」
鉄之助が言う。
「それを黒田が受取書へ入れず持っていった。お前の口銭控えを見せろ」
「見せれば、私も同じ包みへ入る」
今津は笑わなかった。
「私は解禁前の先買いを三度、口約束で取り次いだ。法に守られる取引ではないと告げ、口銭も受けた。褒められる仕事ではありません」
「なら隠すのか」
「隠したい。しかし、私の帳面を使って、まだ生まれていない差益を横浜で得たように見せた者も隠したくない」
今津は帳場の鍵を開けた。
出したのは、革表紙の口銭控えと、紙紐で綴じた送金控えだった。送金控えには、荷の外側へ結んだ札も一枚ずつ残してある。どれも今津の手から離さない。
「写しは不可。順を変えない。名を声に出さない。破れば閉じます」
志乃は条件をそのまま言い直し、自分の帳面を膝へ置いた。
最初の送金は、五月九日。
赤石屋裏蔵から鯛箱五つを海運橋へ出し、品川沖を回る舟へ積んだことになっている。横浜の両替商は、同じ日のうちに荷代を洋銀へ替えたと受領を書いていた。
「出た時刻は」
鉄之助が問う。
「午後一時四十分」
「横浜の受領は」
「午後二時五十分です」
志乃が読んだ。
鉄之助は海運橋から品川までの荷を頭へ置いた。
五箱を蔵から出す。橋で受ける。舟へ下ろす。川を抜け、品川沖へ出る。そこから横浜へ回る。着けば箱を数え、受けを出し、荷代を銀へ替える。
七十分では、海運橋から品川へ着く前に時刻が尽きる。
「この舟は横浜へ行っていない」
今津が指で行を押さえた。
「汽車なら」
「新橋から横浜まで、汽車だけでも五十分余りです」
志乃が時刻を読み直した。
「控えには舟とある。新橋へ運び直した記録もない。汽車に替えても、残る二十分足らずで海運橋から五箱を運び、積み、横浜で下ろして銀へ替えることはできん」
鉄之助は次の行を見た。
五月十四日。四箱。午後三時出し。横浜で午後四時受領。
五月二十一日。三箱。午後一時出し。横浜で午後二時十二分受領。
箱の数を変えても、海は縮まらない。
りんが五月九日の荷札を光へ上げた。縄を通した穴はあるが、魚箱の上へ結んだ紙に残るはずの塩も水染みもない。
「鯛を五箱運んだ紙じゃない」
「なぜ」
今津が聞く。
「塩も魚水もない。赤石屋の裏蔵で紙を入れた空箱と同じ。魚の荷代を作るため、鯛って書いただけ」
今津の指が一度、帳面から離れた。
「横浜で銀へ替えたなら、その銀は七十分よりあとに東京へ戻る」
鉄之助は行の右端を指した。
そこには同日の受渡しがある。横浜で受けたはずの洋銀が、荷を出してから二時間後には東京の受取人へ渡ったことになっていた。
「最初から東京にあった銀だ」
赤石屋は自分の銭を先に洋銀へ替えて置き、あとから横浜の荷代に見せる控えを作った。解禁も、政府買上げもまだ先である。五十二円の差は一文も実現していない。それでも受取人には銀が渡っていた。
志乃は、火事場で写した薄い注文指示の要点を開いた。
周防が文言の直しを渡した日は、五月九日、十四日、二十一日、二十八日。最初の三日とも、今津の送金控えで銀が動いた日と重なる。
「偶然の幅は、どれほどですか」
志乃が聞く。
今津はすぐに答えなかった。
「三度なら、客へ説明を求めます。四度なら取引を止める」
「四度目があります」
志乃の指が、五月二十八日の頁で止まった。
送金控えにも同じ日がある。
赤石屋。横浜洋銀。受取符号は、主の一字。
周防主計と書かれた原物は黒田の文箱にある。この一字だけで同じ人物と決めることはできない。だが、周防が役所で文言を直した四日に、四度とも同じ符号へ銀が先置きされている。
「この帳面は、私が持ちます」
今津が言った。
「渡せ」
「渡せば、明日には官の封です。写しを禁じたのは、あなた方を困らせるためだけではありません」
志乃は自分の名を書いた紙を出した。
二月十二日の一行を清書したこと。元の主語も用途も確かめず、父の頼みで数字を整えたこと。自分で書き、署名してある。
「こちらを、あなたの帳面と一緒に置いてください」
今津が読んだ。
「お父上を売る紙になりますよ」
「私の一行を、父だけの字にはしません」
今津は紙を口銭控えの最後へ挟んだ。受取の年月日と自分の名を別紙へ書き、志乃へ渡した。
「私は原本を保持します。辰野さんの申告を預かったことだけは、あなたが持つ」
鉄之助は送金控えの古い頁をめくった。
前年十二月の行に、小宮の名があった。
今津が閉じようとした帳面を、鉄之助が掌で止める。
「これは何だ」
日付は十二月十八日。小宮が妹の長屋へ帰った日だった。
赤石屋勘定。
名簿二名分、前金。
受取、小宮佐一。
小宮が死者二人の名を売って得た薬代も、周防へ先置きされた洋銀と同じ赤石屋の勘定から出ていた。




