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第8話 モブ、褒美を断る

 オルディス大司教。


 こいつはかなり偉い。

 そして、ただの会話要員だ。

 ボスには無関係なのに、そのくせ話は長い。


「まさか、第1のレガリアがこれほど早く継承されるとは……」


 オルディス大司教はソウゴを見た。

 そして、その腕の中の〈獣冠のレガリア〉へ視線を移し、うっすらと笑った。


「聖王国に、希望が戻りましたな」


 周囲の神官たちが頷き、騎士たちも安堵したように息を吐いた。


 うん。

 いい感じだ。

 あとは主人公と聖女に任せればいい。


 俺はまた1歩下がる。


「そして」


 オルディス大司教の視線が、俺に向いた。


 最悪だ。


「あなたが、ガルムを討った下級兵ですか。モブ殿」


 大司教に真顔でモブ殿と呼ばれた。

 訂正はしない。

 訂正はしないが、変な感じはする。


「違う」


 俺は即答した。


 ユーフェリアが耳元で言う。


「違わないでしょう」

「討ったのは事実だが、重要なのはレガリアの継承だ。俺じゃイベントは進まない」

「それはそうですが……」


 オルディス大司教は、俺をじっと見た。

 値踏みするような、人間というより正体不明の道具を見るような目だ。


 あまり好きではない。


「黒鉄の処刑騎士を倒し、ガルムを討つ。しかも、下級兵の身で」

「オススメはしない」

「そうでしょうな」


 大司教が聖女に聞く。


「聖女様。モブ殿は、蝕まれては?」

「いえ。今のところは」


 大司教は目を細める。


 まずい。

 納得していない。

 長くなる流れだ。


「それは何よりです」


 終わった。

 理由を追求してこないようだ。


 いい。

 かなりいい。

 ショートカットはできないが、話が早いタイプだ。


「ではモブ殿、あなたは、どこでその技を?」

「1万時間やった」

「……何を?」

「ボス戦だ」


 オルディス大司教が黙った。

 ユーフェリアも黙った。


 ソウゴが横で小さく言った。


「その説明が通じないことに、いい加減気づいてくれよ……」

「だが、事実だ」


 俺の1万時間はウソじゃない。


 オルディス大司教は軽く咳払いをした。


「とにかく、あなたの功績は大きい。聖王国は、あなたに相応の報いを与えるでしょう」


 褒美か。


 その言葉には、少しだけ反応した。

 金や地位、レアアイテム、権限。

 普通なら、ここで何かをもらっておくべきなのだろう。


 だが、俺には100兆ポイントがある。

 たいていのことは、ポイントで何とかなる。

 少なくとも、俺自身を強化する必要はない。

 いや、強化してはいけない。


 初期ステ縛りだからだ。


 なら、優先すべきは重要NPCの保護と強化だ。

 死なれるとイベントが進まなくなる。


 まず、聖女ユーフェリア。

 地下巡礼路では思わず助けてしまったが、彼女は基本的に死なない。

 瀕死になればタゲが外れ、バリアと回復魔法で勝手に攻撃を防いで復帰する。

 護衛イベントでも死ぬのはいつもプレイヤーだ。

 生存保証がかなり強いヒロインだ。


 問題はソウゴ。

 主人公は死ぬ。

 雑魚でも、罠でも、ボスなら当然死ぬ。


 この世界でゲームオーバーがあるのかは知らないが、少なくともソウゴが死ねば進行が詰む可能性が高い。


 なら、優遇すべきは俺でもユーフェリアでもない。

 ソウゴだ。


 それに、下手に俺が褒賞を受け取ると面倒なイベントが増えそうだ。

 騎士への取り立て、式典、貴族との面会、教会からの監視。

 そういうものは、だいたい長い。


 俺はもう、イベントを楽しむ段階は過ぎている。

 初見でもないし、考察勢でもない。


「褒美はいらない」


 俺は言った。

 大聖堂がざわついた。


 オルディス大司教の眉が、わずかに動く。


「いらない、とは?」

「俺の分はソウゴに回せ」


 ソウゴが驚いた顔でこちらを見る。


「俺に?」

「ああ」

「なぜだ。ガルムを倒したのは君だろう」

「お前が死ぬと困る」

「またそれか」

「かなり重要だ」


 オルディス大司教は、俺をじっと見ていた。

 値踏みするような目をしていたが、すぐに表情を柔らかくする。


「……なるほど」


 大司教は静かに頷いた。


「自らの功を誇らず、〈継承者〉の助けとなることを望む。なんと殊勝な心がけか」


 違う。

 完全に違う。

 俺はただ、主人公の死亡率を下げたいだけだ。


「モブ殿。あなたの無欲と忠義、しかと受け取りました」


 忠義ではない。

 攻略だ。

 だが、訂正してもボス戦は増えない。

 イベントも長引く。

 だからしない。


 オルディス大司教はソウゴへ向き直る。


「ソウゴ様。では、聖王国教会は〈継承者〉たるあなたに、正式な支援を約束いたしましょう。まずはレガリア奉納の儀を。そののち、教会宝物庫より、あなたに相応しき装備をお渡しいたします」


 ソウゴが呟く。


「……装備、か」


 俺を見るソウゴに、黙って頷く。


 ユーフェリアが小さく息を吐いた。


「ですが……」


 オルディス大司教が、それを遮るように言う。


「聖女様、継承者が表に立つことこそ、人々の希望となる」


 まあ、そうだろう。

 教会としても、功績はソウゴに集まった方が都合がいい。

 『正体不明の下級兵がガルムを倒した』より、『継承者が第1のレガリアを得た』の方が民にも説明しやすい。


 俺は表に出なくていい。

 ソウゴは強化される。

 教会は継承者を祭り上げられる。


 全員にメリットがある。

 完璧だ。


 ただ、面倒なイベントが始まりそうな気配だけはある。

 1万時間やった末の勘だ。


「大司教猊下。少しよろしいか」


 その声に、騎士たちの列が割れた。


 1人の男が前に出る。

 背が高く、白銀の鎧を身につけている。

 腰には長剣を差し、肩には聖王国騎士団の紋章。

 顔には古い傷がある。


 見るからに強そうだ。

 そして、俺の勘が言っている。


 これは戦闘イベントだ。

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