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第7話 モブ、注目を浴びる

 〈獣冠のレガリア〉を継承したあと、俺たちは地下巡礼路を戻った。


 といっても、来た道をそのまま引き返したわけではない。

 ガルムの礼拝堂の奥には、古びた昇降機がある。

 ボス撃破後に解放される、聖堂直通のショートカットだ。


 床の鉄板に3人で乗ると、錆びた鎖が軋み、昇降機がゆっくりと上がり始めた。


「……まさか、昇降機があるなんてな。でも、良かったよ」


 ソウゴが、心底ほっとしたように息を吐いた。


「またあの魔物の群れの中を、突っ切らなきゃならないと思ってたから」

「帰りはショートカットがある。当然だ」

「しょーと……?」

「近道だ」

「ずいぶん都合が良すぎる話じゃ……」

「都合がいいんじゃない。設計がいいんだ」


 俺は言った。


「行きは殺す。帰りは楽にする。それが良い死にゲーだ。不便と高難度は違う」

「……君の言うことは、たまに妙に説得力があるな」

「たまにじゃない。だいたい正しい」

「だいたい意味がわからないんだが……」


 ソウゴは疲れた顔で言った。

 その腕には、〈獣冠のレガリア〉が抱えられている。


 獣の牙を模した、黒銀の小さな冠だ。

 ゲームでは装備品ではなく、イベントキーアイテム扱いだった。

 それと、教会に渡すかどうかでイベントが少し分岐する。


「それ、教会には素直に渡せ」


 俺は言った。

 ソウゴが振り返る。


「え? あ、ああ。当然そうするつもりだが……」

「ソウゴ様を疑っているのですか! そのような欲深い方ではありません!」


 ユーフェリアが即座に声を上げた。


「失礼ですよ、モブ!」

「悪かったな」


 欲深くて。


 そう、俺は渡さなかった。

 1周目の話だ。

 それで後悔した。


 レガリアは、渡すか渡さないかでイベントが分岐する。

 渡さなければ別ルートに入り、隠し会話が増え、後半の一部イベント条件も変わる。

 そっちにもメリットはある。


 だが、初回はそっちじゃない。


 初回攻略で大事なのは、教会ルートでもらえる報酬だ。

 あれがあると、プレイヤーの死亡率がかなり下がる。

 つまり、ソウゴの死亡率がかなり下がる。


「いや、俺は気にしてないさ」


 ソウゴが苦笑した。


「君がそう言うなら、きっと理由があるんだろう」

「ああ。渡した方が、いい装備が手に入る」


 ソウゴが黙った。

 ユーフェリアも黙った。


「……装備、ですか?」

「ああ。序盤にしてはかなり優秀だ。特に主人公用としては安定択」

「安定とは……?」

「死ににくくなる」


 ソウゴが腕の中のレガリアを見下ろした。


「主人公ってことは、俺が?」

「そうだ。お前が死ぬと進行が詰む」

「またそれか」

「重要だ」


 ユーフェリアがこめかみを押さえた。


「まったく……ソウゴ様を心配してくれているのでしょうが……言い方の問題です」

「言い方はともかく、俺はだいたい正しい」

「でも、ぜんぜん意味はわかりません!」


 ユーフェリアが軽く頭を振ったあと、真剣な表情になった。


「モブ」

「何だ」

「貴方は、なぜ平気なのですか?」

「何がだ」

「蝕みです。あの司祭の穢れにあれだけ長く触れていました。それなのに、貴方には蝕みの気配がありません」


 そうか。

 そういう設定だった。


 継承者と聖女は蝕まれない。

 だから2人であそこに行ったのだ。

 俺はそのどちらでもないのに、蝕まれない。

 理由がないとおかしい。


「たぶん」

「たぶん?」

「プレイヤーだからだ」


 ユーフェリアが大きくため息をついた。


***


 昇降機が止まった。


 目の前には、大聖堂の裏手へ続く扉がある。

 ここを開ければ、ガルムの礼拝堂から聖堂まで一気に戻れる。

 いいショートカットだ。


 俺は扉を押し開けた。


 大聖堂へ戻ると、空気が変わっていた。

 さっきまで死体と瓦礫しかなかった場所に、騎士と神官たちが集まっている。


 負傷者を運ぶ者。

 祭壇の周囲を調べる者。

 黒鉄の処刑騎士の残骸を見て、呆然としている者。


 そして、俺たちを見るなり全員の視線が止まった。


「ユーフェリア様!」


 神官の1人が駆け寄ってくる。


「ご無事でしたか!」

「ええ。ソウゴ様と……彼も無事です」


 ユーフェリアは、少しだけ言いづらそうに俺を見た。


 こっちを見るな。

 俺はただのモブだ。


 神官はソウゴを見て、それからレガリアを見た。

 目を見開く。


「そ、それは……まさか」

「〈獣冠のレガリア〉です」


 ユーフェリアの声が、大聖堂に響いた。


「地下巡礼路の封印は破られました。〈愚かなる司祭、ガルム〉は討たれ、第1のレガリアはソウゴ様に継承されました」


 ざわり、と大聖堂が揺れた。


「レガリアが……」

「本当に……?」

「継承者が現れたのか……!」


 騎士たちがソウゴを見る。

 神官たちが膝をつく。

 負傷していた兵士までもが、顔を上げる。


 ああ。

 イベントだ。

 これは完全にイベントだ。

 しかも長いやつだ。


「……スキル検索」


————————————

【『イベントスキップ』に該当するスキルは存在しません】

————————————


 終わった。

 クソゲーめ。


 いや、違う。

 神ゲーだ。

 クソなのは現実だ。


 仕方なく、俺は静かに後ろへ下がった。

 こういう時は背景に溶けるに限る。

 モブなのだから、それが正しい。


「モブ」


 ユーフェリアが俺の腕を掴んだ。

 逃げられなかった。


「どこへ行くつもりですか?」

「トイレ休憩だ」

「と……」


 聖女の顔が少し赤くなる。


「……ガマンしてください」

「だが、スキップできないムービーは絶好のトイレタイムになる」

「またツベコベ言って……ここに居てください」


 なんてことだ。


 ソウゴは、集まった視線に戸惑っていた。

 当然だ。

 あいつはまだ、自分が世界を救う主人公だという実感がない。


 ボスを倒していないのに、いきなり人々が祈り始めている。

 俺のせいだが。


 ユーフェリアが前に出た。


「皆、聞いてください」


 その一言で、大聖堂が静まった。


 さすが聖女。

 イベント進行能力が高い。


「〈獣冠のレガリア〉は、たしかにソウゴ様に継承されました。ですが、ガルムを討ったのはソウゴ様ではありません」


 おい。

 その説明はいらない。


 俺はさらに後ろへ下がろうとする。

 ユーフェリアの手が、俺の腕をさらに強く掴んだ。


 逆らえない。

 ステータスでは聖女が上だ。


「ガルムを討ったのは、この者です」


 全員の視線が、俺に集まった。


 やめろ。


 俺を見るな。

 レガリアを見ろ。

 主人公を見ろ。

 聖女を見ろ。

 モブを見るな。


「名は……モブ」


 ユーフェリアが、ほんの少しだけ迷ってから言った。


「聖王国下級兵です」


 ざわめきが、さっきより大きくなった。


「モブ……?」

「それが名なのか?」

「下級兵にしても、変わった名だが……」

「いや、だが、聖女様がそうおっしゃるなら……」


 まあ、そういう反応になるだろう。


 だが、俺は困らない。

 周囲がどう呼ぼうと、攻略には関係ない。


「ソウゴ様……」


 神官が困惑した顔でソウゴに聞く。


「そうだ。討ったのはモブだ。黒鉄の処刑騎士も、ガルムも。俺はただ、持ち帰っただけだ」


 ソウゴが言った。


 大聖堂が、変な静けさに包まれた。

 神官が困惑する。


「モブ……殿で、よろしかったかな?」


 ユーフェリアが額を押さえた。


「……本人がそう名乗りました。少なくとも、私たちはそう聞いています」

「そうだ」


 俺は頷いた。


「ただのモブだ」


 ざわめきが、さらに広がる。


 よし。

 どうでもいい方向に混乱している。

 この隙に逃げられないだろうか。


 その時、大聖堂の奥から杖をつく音が響いた。


 こつん。

 こつん。


 白い法衣をまとった老人が、神官たちを従えて歩いてくる。

 細い体に長い白髭。

 目は鋭く、胸には聖王国教会の大きな紋章がある。


 偉そうだ。

 かなり偉そうだ。


「ユーフェリア様」


 老人が深く頭を下げる。


「ご無事で何よりでございます」

「オルディス大司教」


 ユーフェリアが、わずかに表情を引き締めた。


 オルディス大司教。


 やっぱり偉かった。

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