第6話 モブ、〈愚かなる司祭、ガルム〉を倒す
ガルムが突進してくる。
獣の前脚で床を砕きながら、一直線だ。
真正面から受ければ死ぬ。
横に避けるだけでも、鎖が追ってくる。
正解は、柱へ誘導すること。
俺は背後の折れた柱へ走った。
ガルムが迫る。
重い息と爪、鎖の音が近づいてくる。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが、怖くても動ける。
1120万ポイントは、そのために使った。
俺は柱の直前で身を沈めた。
ガルムの突進が俺の頭上をかすめ、そのまま柱に激突する。
轟音とともに石が砕け、ガルムの上半身がほんの一瞬だけ沈んだ。
今だ。
俺は足元へ滑り込む。
狙うのは右後脚の腱だ。
狙いにくく、ダメージも低い。
でも、弱点だ。
ここを壊すと、ジャンプ攻撃が潰れる。
見つけたのは5周目くらいだったか。
いや、もっと後かもしれない。
とにかく、弱点だ。
俺は腱を斬る。
浅い。
もう1度入れるが、まだ浅い。
3度目を入れようとしたところで、ガルムが暴れ、蹴りが飛んできた。
俺は地面に転がった。
蹴りが背中の上を通り過ぎる。
そのまま床を転がり、立ち上がった。
呼吸が詰まる。
持久力4は、きつい。
かなりきつい。
だが、右後脚の動きが鈍った。
これでジャンプは消えた。
ガルムが祭壇の方へ下がり、口から黒い息を漏らす。
来る。
第2形態だ。
「王よ……われらを……お救いください……」
ガルムの腹が裂け、中から黒い腕が生えた。
人のものでも、獣のものでもない。
蝕の腕だ。
礼拝堂の床に黒い染みが広がる。
触れるとスリップダメージ。
初期生命力なら、2秒で死ぬ。
しかも、ガルムの攻撃範囲まで広がる。
初見では、ここでだいたい終わる。
ユーフェリアが息を呑んだ。
「なんて、穢れ……」
彼女の手が胸元で組まれる。
祈りの姿勢だ。
「祈るな!」
「っ!」
「ここで祈るとガルムが反応する!」
ユーフェリアが慌てて手を下ろした。
そう。
このボスはユーフェリアが支援魔法を使うと、専用行動が増える。
回避不可能の範囲攻撃だ。
だからゲームでは、支援を切っておく。
初見では絶対にわからない。
そして、わからないまま死ぬ。
食らえば当然俺も死ぬ。
「本当に、なんでそんなことまで……」
ユーフェリアが震える声で言った。
「1万時間やった」
俺は短く返した。
第2形態に入ると、黒い染みのせいで動ける場所が少しずつ減っていく。
そのうえ、ガルムが祈り始めたら聖印を刺して止めなければならない。
だが、倒し方そのものは変わらない。
ガルムの鎖攻撃は3発で1セット。
最初の2発を避けながら柱の前まで誘導し、最後の3発目を柱に絡ませる。
それを3回成功させれば、大ダウンが入る。
手順は覚えている。
問題は、俺の身体がそこまで持つかどうかだ。
持たせる。
そのためのスキルだ。
ガルムが鎖を振った。
1発目の横薙ぎを潜る。
続く2発目を避けながら、俺は柱の前へ移動した。
そして3発目。戻ってくる鉄塊をぎりぎりで避ける。
鉄塊が柱にぶつかり、鎖が絡んだ。
1回目。
ガルムが鎖を引き抜く。
その間にも、床を這う黒い染みがこちらへ広がってくる。
俺はまだ染まっていない石床へ移動した。
ガルムが胸元を掻きむしる。
「王よ……王よ……」
祈りモーション。
俺は走った。
胸元の聖印が露出した瞬間に剣を突き込む。
詠唱が止まった。
すぐに剣を抜いて離れる。
黒い腕が、俺のいた場所を叩き潰した。
床が割れ、石片が足に刺さる。
痛みは後だ。
今は動け。
ガルムが再び鎖を振る。
また3連だ。
1発目を潜る。
2発目を避けながら、次の柱へ寄る。
3発目の鉄塊を柱へ誘導する。
激突。
鎖が絡んだ。
2回目。
俺の息が荒くなる。
肺が熱い。
足が重い。
指先の感覚が薄い。
レベルを上げれば楽になる。
持久力を上げれば、もっと走れる。
筋力を上げれば、もっと削れる。
生命力を上げれば、1発くらい耐えられる。
だが、やらない。
やったら、この戦いの意味がない。
「モブ!」
ソウゴが叫んだ。
「顔色が悪いぞ!」
「元からだ!」
「このままでは――」
「黙って見てろ!」
ガルムがまた鎖を振る。
あと1回。
この3連の最後を柱に絡ませれば、大ダウンだ。
だが、位置が少し悪い。
俺と柱の角度がズレている。
普通なら、いったん距離を取り直して次の3連を待つ。
だが、今の俺にはもうスタミナがない。
もう1セット走り回る余裕はない。
なら、これで決める。
1発目を潜る。
2発目を避ける。
そのまま俺は柱の前へ走った。
近い。
近すぎる。
3発目の鉄塊が迫る。
当たれば死ぬ。
判断が少しでも遅れれば、体が潰れる。
怖い。
でも、知っている。
この鎖は、振り抜きの瞬間だけ少し沈む。
理由は知らない。
モーションがそうだからだ。
俺は床を蹴り、ジャンプした。
タイミングはシビアだ。
初心者にはまず無理な回避方法。
鎖が足元を掠め、風圧で身体が浮きそうになる。
だが越えた。
着地して、すぐ前転する。
背後で鉄塊が柱に激突した。
鎖が絡んだ。
3回目。
ガルムが鎖を引く。
柱が耐える。
鉄鎖が軋み、ガルムの体が大きく前へ崩れた。
大ダウン。
「今だ」
俺は走った。
もう足はほとんど動かない。
だが、入力は通る。
身体が悲鳴を上げても、俺の命令は通る。
ガルムの頭が下がる。
裂けた口と濁った瞳の上、人間だった頃の額に小さな聖印が残っている。
こいつの本当の弱点だ。
俺は額の聖印へ剣先を合わせた。
筋力2。
技量3。
初期装備。
それでも、ここなら刺さる。
剣先が、ガルムの額の聖印を貫いた。
「おお……王よ……」
ガルムが最後にそう呟いた。
「どうか……われらを……」
声が消える。
黒い腕が崩れ、鎖が床に落ちた。
礼拝堂に、重い沈黙が戻った。
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【愚かなる司祭、ガルムを撃破しました】
【〈獣冠のレガリア〉の封印が解除されました】
【称号:『手出し無用』を獲得しました】
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俺は剣を抜いた。
その瞬間。
「……ぐっ」
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【痛覚フィードバック調整:戦闘が終了したので処理を開始します】
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「あがぁっ!」
痛い。
本当に痛い。
普通に倒れる。
受け身を取る体力もない。
床が近づく。
まずい。
そう思ったところで、誰かが俺の体を支えた。
ソウゴだった。
「やっぱり、無茶してたんじゃないか」
「……だが、ノーダメだ」
「のー……?」
これは石片とかの痛みだ。
ゲームにはないやつ。
ボスの攻撃なら死んでた。
だからセーフ。
かなりセーフ。
ユーフェリアが駆け寄ってくる。
「傷を見せてください」
「HPは減ってない」
「ツベコベ言ってないで見せなさい」
抵抗する気力もない。
ユーフェリアの手が俺の肩に触れ、温かい光が傷に染み込んでいく。
痛みが少しずつ遠のいた。
さすが聖女だ。
モブとは違う。
「あなたは、本当に何者なのですか」
ユーフェリアが小さく言った。
俺はガルムの死骸を見た。
黒い燐光がほどけ、祭壇の上に小さな冠が浮かんでいる。
〈獣冠のレガリア〉。
次のルートを開くための鍵だ。
俺はそれを見て、息を吐いた。
「ただのモブだ」
ソウゴの腕を雑に外し、ふらつきながら祭壇に近づく。
俺は〈獣冠のレガリア〉へ手を伸ばした。
だが、その直前で止まる。
嫌な予感がした。
こういう重要アイテムは、たいてい主人公が取る。
つまり、俺では反応しない可能性が高い。
最悪、イベントが潰れる。
俺はソウゴを見た。
ソウゴも俺を見る。
しばらく沈黙が続く。
そして、俺は言った。
「拾え」
「……いいのか?」
「お前が主人公だろ」
「俺が、主人公……」
ソウゴが複雑そうな表情で祭壇へ歩き、〈獣冠のレガリア〉に手を伸ばす。
冠が淡く光った。
やはり反応した。
次の瞬間、視界に文字が浮かぶ。
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【第一のレガリアが継承されました】
【進行条件を満たしました】
【蝕の王が、あなたを注視しています】
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注視。
認識から、一段階進んだ。
いい。
最高に嫌な感じだ。
俺は笑った。
この世界は、ちゃんと俺を殺しに来ている。
だったら、こっちも本気で攻略するだけだ。
レベル1のまま。




