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第56話 ボス戦を、邪魔させない

 大鐘が鳴った。


 ごおん、と腹の底まで震わせる音とともに、水位が一気に上がっていく。

 さっきまで水面から出ていた石床も沈み、ソウゴの足元まで水に覆われた。


 水路の徒が踏み込んでくる。

 ソウゴはその剣を横へかわし、二撃だけ入れて離れた。


 深追いしない。

 モブに教わった通りに戦う。


 もう一体が横から迫る。

 ユーフェリア様を背にかばいながら位置を変えると、ばしゃっ、と足元から水が跳ねた。


 そのとき、何かがおかしいことに気づいた。

 ソウゴは水路の徒から目を離さないまま、視界の端を見る。


 カロンが、こちらを向いている。

 穴一つない青銅の覆面が、さっきまで戦っていたモブではなく、まっすぐソウゴへ向いていた。


「……?」


 カロンが巨大な撞木を引きずりながら、こちらへ歩き出す。


「ソウゴ! そっちへ行くぞ!」

「何!?」


 ソウゴが振り向く。

 その一歩でも、ばしゃっ、と水が跳ねた。

 カロンの青銅の覆面が、さらにこちらへ向く。


 来る。


 巨大な撞木を引きずりながら、カロンがソウゴへ歩き出した。


 そのとき、水路の徒の一体がソウゴの横を抜けた。

 こちらではなく、モブへ狙いを変えたらしい。

 ばしゃ、ばしゃ、と派手に水を蹴りながら走っていく。


 カロンが止まった。


「……え?」


 青銅の覆面が、水路の徒を追う。

 撞木が持ち上がった。


 水路の徒は気づかない。

 そのままモブへ向かって走る。


 ドガァッ!


 巨大な撞木が振り下ろされ、水路の徒が石床へ叩き潰された。


 ソウゴは目を見開いた。

 モブを助けたわけではない。

 カロンにとって、水路の徒も敵なのか。


 いや、何か違う。


 カロンは倒れた水路の徒には興味を失い、再び顔を動かしている。

 その先にいるのは――。


 ばしゃん!


 モブが思い切り水を蹴った。

 カロンの動きが止まり、青銅の覆面がモブへ向く。


 もう一度。


 ばしゃっ!


 完全にモブへ向き直る。


「……何をしてるんだ?」


 ソウゴには、まだ意味がわからなかった。

 ただ、一つだけわかる。


 モブは今、自分からカロンの注意を引いている。

 そして、さっきまでとは戦い方まで変わった。


 第一形態では、モブは動かなかった。

 撞木が振り下ろされる最後の瞬間まで立ち止まり、それから避けていた。


 なのに今は、水を跳ね上げながら走っている。

 わざとだ。


 カロンの撞木が、その背中を追う。


「モブ!」


 当たる。


 そう思った。


 モブはカロンの懐へ飛び込み、その足元を回る。

 カロンも身体ごと旋回し、撞木がどこまでも追っていく。

 モブがさらに内へ入る。

 それでも追う。


 巨大な撞木が、ついに背中へ触れたように見えた。


「モブッ!」

「モブーッ!」


 ソウゴとユーフェリア様の声が重なる。


「ッアアア!」


 モブが地面を蹴り、身体を前へ投げ出した。


 ドガァッ!


 真横へ撞木が落ちた。

 石床が砕け、跳ね上がった水がモブの全身へ降りかかる。


 生きている。


 ソウゴは息を呑んだ。

 モブは水に手をついたまま、すぐには立ち上がらない。

 肩が大きく上下し、遠目にも指先が震えているのがわかった。


 彼も怖いのだ。

 一度でも当たれば死ぬ。

 それを一番よく知っているのは、モブ自身のはずだった。


 立ち上がったモブの顔を見て、ソウゴは目を疑った。


 笑っている。


「なんで……なんであの状況で、笑ってるんだ……」


 水路の徒の剣が迫る。

 ソウゴは慌てて意識を戻し、横へかわして二撃返した。

 そのまま距離を取ると、また足元で水が鳴った。


 ばしゃっ。


 カロンの覆面が、わずかにこちらへ動く。

 それを見た直後、モブが強く水を蹴った。


 ばしゃん!


 カロンがモブへ戻る。


 そこで、ようやくわかった。


 カロンは水を見ている。


 正確な仕組みまではわからない。

 だが、こちらが動いて水を跳ねさせるとカロンはこちらを向き、モブがそれより大きく水を立てればモブへ戻る。


 さっきから、ずっとそうだ。


 ソウゴはモブを見る。


 第一形態で使っていた、ぎりぎりまで動かない避け方。

 モブはあれをやめた。

 水を立て続けるために。

 カロンを自分たちへ向かせないために。

 そのせいで、モブはさらなる死線に立っている。


(俺は……)


 自分は継承者だ。

 レガリアを手に入れ、この先へ進まなければならない。

 本来なら、あの怪物と戦うのも自分なのだ。


 だが今の自分では、あそこには立てない。

 あの撞木を一撃でも受ければ終わる。

 モブのように避けることもできない。


 悔しくないわけではない。

 それでも、惨めだとは思わなかった。


 モブはずっと、自分を主人公と呼んでいる。

 何でも知っていて、自分よりずっと強いくせに、それでもソウゴが必要だと言う。

 ソウゴが死ねば困ると、本気でそう思っている。


 そして今、そのために自分から危険な戦い方を選んでいる。


 なら、自分がやることも決まっている。

 モブの願いは、モブの言う「ボス戦」をすること。

 そして、目の前の水路の徒は、どうやら「ボス戦」ではない。

 だから自分にまかせてくれた。


 だったら、自分は水路の徒を止める。

 死なずに、ユーフェリア様も守る。

 これ以上、モブのところへ余計な敵を行かせない。

 モブのボス戦を、邪魔させない。


 それで彼の力になれる。


「それが、俺のやるべきこと……!」


 水路の徒が剣を振るう。

 ソウゴは動きを見て横へかわし、二撃だけ返した。


 三撃目も入る。

 だが、欲張らない。


 離れた直後、敵の剣がさっきまでソウゴのいた場所を薙いだ。


「……危なかった」


 それでも、避けられた。


 モブのようには戦えない。

 今はまだ、それでいい。


 その向こうで、また撞木が落ちる。

 モブが紙一重で抜ける。


 ユーフェリア様もそれを見ていた。

 祈りを続けながらも、撞木が迫るたびに表情が強張る。


「あなたは、本当に一体、何を……」


 モブが笑った。


「これが、死にゲーだ」


 理解できない。

 少なくとも、まだ全部は。


 だが、あれほど怖がっているのに、それでも笑って戦える何かがモブにはある。


 ソウゴはもう一度、目の前の敵へ剣を向けた。


 そのとき、もう一体の水路の徒が大きく横へ回った。

 狙いはソウゴではない。

 ユーフェリア様だ。


「ユーフェリア様!」


 考えるより先に身体が動いた。

 水路の徒とユーフェリア様の間へ踏み込む。


 避けきれない。


 刃が肩を裂いた。

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