第57話 〈沈鐘堂の鐘守、カロン〉撃破
「ぐっ……!」
「ソウゴ様!」
熱い痛みが走る。
だが、ユーフェリア様には届いていない。
自分も、死んでいない。
ならいい。
水路の徒がもう一度剣を振り上げながら近づいてくる。
ソウゴは痛む肩を押さえながら構え直した。
「動くな!」
モブの声が飛んだ。
ソウゴとユーフェリア様の足が止まる。
代わりに、モブがカロンを引き連れたままこちらへ走ってきた。
「モブ!?」
一瞬、助けに来るのかと思った。
違う。
モブはソウゴたちではなく、水路の徒へ向かっている。
そのすぐ横を、すれ違うように駆け抜けた。
ばしゃん!
大きな波紋が広がる。
カロンの覆面がモブを追い、撞木もその背中を追って軌道を変えた。
水路の徒がモブへ向き直る。
その瞬間、モブがそいつの横へ潜り込んだ。
撞木が振り下ろされる。
モブはまだ敵の隣にいる。
まただ。
また、死ぬほど危険なところへ自分から入っている。
ドガァッ!
直前でモブだけが抜けた。
水路の徒が撞木の下で潰れる。
ソウゴは傷の痛みも忘れて見ていた。
さっきカロンが水路の徒を潰したときは偶然だった。
今のは違う。
モブが狙ってやった。
カロンを自分から引き離すだけではない。
そのカロンまで利用して、自分たちを助けている。
「モブ、お前……!」
「ソウゴ!」
モブが何かを投げた。
反射的に受けようとしたが、肩が痛んで腕が上がらない。
容器が顔面にぶつかる。
ばしゃっ。
「ぶっ!?」
液体が頭から降りかかり、肩の痛みが急速に引いていく。
ポーションだ。
「乱暴だな!」
「効けばいい!」
「その通りだ! 助かった!」
モブはもうこちらを見ていない。
カロンへ向かって走り、再び大きく水を蹴っている。
そうか。
自分は、水路の徒を止めることが自分の役目だと思っていた。
それは間違っていない。
だが、それだけじゃなかった。
(俺たちを守ることまで含めて、モブのボス戦なんだ……!)
自分はモブに背中を預けられたつもりでいた。
実際、少しは預けてくれているのだと思う。
それでもモブは、カロンと戦いながら、その背中で自分たちまで守っている。
自分より、遥かに高いところにいる。
だが、不思議と悔しさはなかった。
死ぬかもしれないという緊張感。
けど、死ぬ場面でも、モブがいれば切り抜けられるという安心感。
その二つが、同時にある奇妙な感覚。
残った水路の徒へ剣を向ける。
焦らず相手を見て、攻撃をかわす。
一撃。
二撃。
いつもなら、ここで離れる。
だが、水路の徒の体勢が崩れている。
剣もまだ戻ってこない。
もう一撃、入る。
「いや、三撃だ!」
踏み込む。
三撃目。
剣が水路の徒を捉え、その身体が水の中へ倒れた。
「お見事です、ソウゴ様」
「ありがとうございます、ユーフェリア様」
息は切れている。
モブに近づけたとは思わない。
むしろ、どれだけ遠くにいるのかが少しわかった。
それでも、モブが見ているものを、ほんの少しだけ自分も見られた気がした。
二人が振り向く。
カロンとの戦いは、まだ続いていた。
モブは水を蹴り続けている。
カロンを自分へ引きつけ、追尾する撞木をぎりぎりで抜けては斬り返す。
もう何度繰り返したかわからない。
見れば見るほど異常だった。
だが、最初に感じた恐怖とは少し違う。
もう、ただ無茶をしているようには見えなかった。
モブはカロンの動きを見ている。
水面を見ている。
水路の徒を見ている。
ソウゴとユーフェリア様まで見ている。
全部を見ながら、その場で戦い方を変え、使えるものを使って勝とうとしている。
あれが、モブの言うボス戦なのだ。
やがて、カロンが大きく後ろへ下がった。
「何か来る」
ソウゴが思わず剣を構え直す。
カロンは背後の大鐘へ手を伸ばした。
また鐘を鳴らすのかと思った。
違う。
太い鎖を掴み、力任せに引く。
バギィン!
壁の金具が弾け飛び、大鐘が水の中へ落ちた。
ごおん!
カロンはその鎖を握ったまま、巨大な鐘を持ち上げた。
「嘘だろ……」
人間の何倍もある大鐘が回り始める。
1周するだけで水が壁まで吹き上がり、さらにカロンが身体を回すと勢いが増した。
「モブ! 逃げろ!」
巨大な鐘が迫る。
さっきまでの撞木とは比べものにならない。
当たれば身体ごと吹き飛ぶ。
なのに、モブは走らなかった。
「……え?」
ほんの1歩、後ろへ下がる。
大鐘が鼻先を通り過ぎた。
逆方向から戻ってくる。
今度は斜めに何歩か走る。
それだけで鐘が背中の後ろを通り過ぎる。
ソウゴは言葉を失った。
さっきまで、背中へ撞木が触れるほど追いつめられていた男が、今は歩いて避けている。
「どうして……」
ユーフェリア様が呟く。
「追ってこない」
「……え?」
「振り始めたら軌道が変わらない。こっちの方が簡単だ」
次の鐘が迫る。
モブはパッと飛んだ。
大鐘が通り過ぎる。
簡単。
ソウゴは床を砕き、水を壁まで吹き飛ばしている大鐘を見る。
どこがだ。
そう思ってから、気づいた。
見た目が大きいから危険なのではない。
敵が何をしているのかを見る。
仕組みを知る。
避け方を見つける。
それがわかれば、あれほど恐ろしかったものが簡単になる。
さっきまでのモブもそうだった。
カロンが自分を狙ったから戦い方を変え、さらに水路の徒まで利用した。
相手を知って、その場で答えを見つける。
たぶん、それが死にゲーだ。
ボスを攻略するということなのだ。
カロンが大きく身体を捻る。
大鐘が水面を削りながら迫った。
モブが、今度は一目散に走り出した。
鐘が背後を通過した。
空振り。
大振りしたカロンの体勢が崩れる。
モブがカロンの目の前にいた。
錆びた長剣を両手で握り、懐へ踏み込む。
突き刺した。
深く。
カロンの身体が止まる。
腰の小鐘が、一度だけ鳴った。
ちりん。
モブが剣を引き抜く。
カロンの手から鎖が滑り落ち、大鐘が水面へ落ちた。
ごおん。
巨体がゆっくりと傾き、そのまま水の中へ倒れる。
もう動かない。
ソウゴは剣を下ろした。
隣ではユーフェリア様も大きく息を吐いている。
モブは倒れたカロンを確認し、錆びた長剣を振って水を払った。
ソウゴはその背中を見る。
自分はまだ、彼のようには戦えない。
その差がどれほど大きいのかも、今日少しだけわかった。
それでも、水路の徒を止めた。
ユーフェリア様を守った。
モブに守られながら、自分もこの戦いの中で考え、最後の一撃を選んだ。
今までわからなかったものが、少しだけ見えた気がする。
「……モブ」
ソウゴが呼ぶ。
「何だ?」
「少しだけ、わかった気がする」
「何がだ?」
ソウゴは倒れたカロンを見る。
「死にゲーとか、ボスとか。それが何なのか」
モブがソウゴを見る。
そして、笑ってうなずいた。
「いい。かなりいい」




