第55話 モブ、動いて避ける
まずい。
カロンは俺を見ていない。
青銅の覆面が向いているのは、全面を覆った水の上で水路の徒と戦っているソウゴだ。
第二形態でも〈MIKIRI〉は成功した。
攻撃直前まで棒立ちし、最後の一瞬だけローリングする。
攻撃後はカロン自身が起こした波に紛れて二撃入れ、また止まる。
ゲームなら、これが正解だ。
だが今は、俺が止まっている間もソウゴたちは動いている。
ソウゴが水路の徒の剣を避ける。
ばしゃっ。
踏み込んで斬る。
ばしゃっ。
ユーフェリアを守ろうと素早く移動する。
ばしゃっ。
そのたび、カロンの覆面がわずかに動く。
俺が静かでいればいるほど、あいつらの方が目立つ。
ついに、カロンがソウゴへ向かって歩き出した。
「ソウゴ! そっちへ行くぞ!」
「何!?」
ソウゴが振り向く。
それだけでも足元に波紋が広がった。
そのとき、水路の徒の一体がソウゴの横を抜けた。
俺に狙いをつけたらしく、水を蹴りながらこちらへ走ってくる。
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
カロンが止まった。
今度は青銅の覆面が、水路の徒へ向く。
撞木が持ち上がった。
だが水路の徒は気づかない。
そのまま俺へ向かってくる。
カロンが撞木を振り下ろした。
ドガァッ!
水路の徒が石床へ叩き潰される。
「……」
カロンは敵味方なんて見ていない。
最後に拾った波紋へ攻撃しているだけだ。
ゲームでは、ボス部屋にいるのはプレイヤーと、水しぶきを上げない聖女だけだった。
だから考える必要すらなかった。
だが、今は違う。
俺が〈MIKIRI〉を続ければ、カロンはソウゴを狙う。
あいつが撞木を一発でも食らえば、たぶん終わる。
ゲームで正解だった攻略を続けると、護衛イベントが失敗する。
なら。
俺は思い切り水を蹴った。
ばしゃん!
カロンの頭が止まる。
もう一度、水を蹴る。
ばしゃっ!
青銅の覆面が俺へ向いた。
よし。
「モブ、何してるんだ!?」
「釣ってる!」
「釣る!?」
俺があいつらより大きな波紋を出し続ければいい。
問題は、それをやると〈MIKIRI〉が使えないことだ。
カロンが撞木を振り上げる。
俺は走った。
ばしゃ、ばしゃ、と足元から水が跳ねる。
そのたび、カロンの身体が俺を追って動く。
これだ。
ゲームでは絶対にやらない。
水面を走れば波紋が出る。
波紋が出れば、カロンはそこへ照準を修正する。
右へ逃げれば右へ、左へ逃げれば左へ、撞木がどこまでも追ってくる。
だから普通は避けずに、盾で受ける。
もしくは、追尾が切れる最後の一瞬まで棒立ちしてローリング回避する。
〈MIKIRI〉だ。
今からやるのは、どちらでもない。
追尾させたまま避ける。
普通はできない。
カロン戦はそういう風にできていない。
だが、やるしかない。
ソウゴが死ねば進行が止まる。
なら、俺が死ぬのと何が違う。
カロンの撞木が俺を追う。
外じゃない。
内だ。
距離を取れば、カロンは少し向きを変えるだけで俺を追える。
だが懐なら、俺が一歩横へ動くだけでカロンは大きく身体を回さなければならない。
追尾性能は高い。
だが、旋回速度に限界はある。
そこを抜く。
俺はカロンへ向かって走り、撞木の下へ潜ってそのまま足元を回る。
カロンの身体が俺を追って旋回する。
走る。
まだ追ってくる。
もう一歩。
撞木が振り下ろされ始める。
走る。
まだ追ってくる。
まずい。
想像より速い。
さらに内へ入る。
カロンが回る。
撞木が迫る。
追ってくる。
まだ切れない。
当たれば死ぬ。
走る。
背後にある。
空気が押される。
撞木がすぐ後ろまで来ている。
追ってくる。
背に触れる。
死ぬ。
死――
「モブッ!」
「モブーッ!」
――ッ!
「ッアアア!」
地面を蹴る。
身体を捻り、そのまま前へ飛び込む。
背中を何かがかすめた。
ドガァッ!
真横で石床が砕け、衝撃で跳ねた水が全身に降りかかった。
抜けた。
追尾を抜けた。
死んでいない。
生きている。
心臓がうるさい。
息が浅い。
指先が震えている。
怖い。
当たり前だ。
今、死ぬところだった。
だが、身体は動く。
そういうスキルを取った。
1000万ポイントを、強さではなく、動かすためだけに使った。
HPは減っていない。
まだゲームは続いている。
なら、次だ。
ゲームでこんな避け方をするヤツはいない。
〈MIKIRI〉の方が圧倒的に簡単だ。
安全で、安定して、再現性もある。
今のは攻略法ですらない。
カロンの追尾性能を限界まで引っ張って、最後の数フレームを奇跡的にローリングで回避しただけだ。
だが、できた。
なら、できる。
カロン自身が起こした大波で、水面が乱れている。
俺は立ち上がり、そのまま懐へ入った。
一撃。
二撃。
離れる。
波が収まり始める。
いつもなら、ここで止まって次の〈MIKIRI〉に備える。
だが、止まればソウゴたちが狙われる。
俺はまた水を蹴った。
ばしゃん!
カロンが俺を向く。
いい。
今度はもう少し深く入れる。
さっきは外へ膨らみすぎた。
最初から懐を回れば、もう少し余裕を作れる。
「も、モブ……」
ソウゴの声が聞こえた。
「なんで……なんであの状況で、笑ってるんだ……」
カロンが再び撞木を持ち上げる。
俺は足元を見て、次に踏み込む位置を決める。
「あなたは、本当に一体、何を……」
何を。
俺は何を。
決まってる。
「これが、死にゲーだ」
俺は笑った。




