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第54話 モブ、動かないで避ける

 カロン戦の第一形態には、ちゃんとした正攻法がある。


 広間の半分ほどは水に沈んでいるが、ところどころに乾いた石床が残っている。

 あれを使う。


 カロンには目がない。

 代わりに、水面に生じた波紋で相手の位置を捉えている。


 水場で位置を拾わせ、攻撃を誘う。

 そこから乾いた足場へ移れば、新しい波紋は出ない。

 カロンは最後に捕捉した場所を狙って攻撃するから、それを空振りさせて殴る。


 そうやって乾いた足場を渡り歩くのが、このボスの第一形態だ。


 俺は使わないが。


 つま先で水を蹴る。


 ぱしゃ。


 青銅の覆面が、ぴたりと俺を向いた。


 捕捉された。


 カロンが長い撞木を頭上へ振り上げる。

 俺は水の中に立ったまま動かない。


「モブ、避けろ!」


 入口からソウゴの声が飛んでくる。


 まだだ。


 普通なら、とっくに乾いた足場へ逃げている。

 俺の右にも一つある。

 3歩で届く。


 だが、そっちへは行かない。


 カロンは新しい波紋が生まれるたび、攻撃地点を修正する。

 だから水の中を走り回りながら避けようとすると、最後まで撞木が追ってくる。


 逆に言えば、動かなければ照準も動かない。

 あとは、攻撃が確定する最後の一瞬だけ避ければいい。


 言葉にすると簡単だ。

 だが、実際にやるヤツはほとんどいない。


 カロンの追尾が切れてから、撞木が届くまでの猶予は一瞬しかない。

 早く転がれば、そのローリングで生まれた波紋を拾われて追尾が続く。

 遅ければ、そのまま潰される。


 海外勢は、誰が言い始めたのか、この避け方を〈MIKIRI〉と呼んでいた。

 棒立ちしたまま巨大な撞木を引きつけ、最後の瞬間だけ転がる。


 成功動画のコメント欄が〈MIKIRI〉で埋まるくらいには、見た目もタイミングも狂っている。


 まあ、慣れれば普通だ。


 撞木が振り下ろされる。


 まだ。

 まだ。


 今だ。


 横へ転がる。


 直後、さっきまで俺が立っていた場所へ撞木が叩きつけられた。


 ドガァッ!


 大量の水が跳ね上がり、水面いっぱいに大きな波が広がる。


「モブ!」

「いや、避けてる……!」

「また危ない戦い方をして!」


 ユーフェリアとソウゴの声が聞こえる。

 危ないのは確かだ。

 だがこれが最善手だ。


 俺はすぐに立ち上がり、カロンの懐へ走る。

 カロン自身が起こした波に紛れている間は、俺の波紋を見分けられない。

 つまり、攻撃のチャンスだ。


 一撃。

 二撃。


 欲張らずに離れる。


 波が収まり、水面が静かになる。

 カロンの青銅の覆面が再び俺を向いた。


 よし。


 入口の方ではソウゴが水路の徒と戦っている。

 あそこは一段高く、水がない。

 剣を振ろうが走ろうが、波紋は出ない。


 ユーフェリアもその後ろにいる。

 二人がどれだけ騒いでも、カロンは振り向かない。


 こいつが見ているのは音じゃない。

 水だ。


 カロンが撞木を横へ構えた。

 次は横薙ぎ。


 俺はまた水を蹴って位置を教え、その場で止まる。

 カロンの上半身がゆっくり捻られた。


 待つ。


 カロンが鐘を振る。


 まだ。


 撞木が俺の胴へ迫る。


 今だ。


 前へ転がる。

 頭の上を巨大な撞木が通過し、その先端が水面をえぐった。


「モブーッ!」

「ユーフェリア様、大丈夫です! なぜか大丈夫です!」


 ユーフェリアが叫んでいる。

 この攻略法は完全に被弾したように見えるのも特徴だ。


 大きな波が立った瞬間に懐へ入り、二撃だけ入れて離れる。


 これを繰り返せばいい。


 そう、繰り返しだ。

 だが、一度でも失敗すれば死ぬ。

 死を背にした繰り返し。

 この緊張感。


 カロンの攻撃を3度避け、さらに斬る。

 5度。

 7度。


 やがて、カロンが大きく後ろへ下がった。


 来る。


 腰から下がった小鐘が一斉に鳴る。


 ちりん。

 ちりん。

 ちりん。


 カロンが俺に背を向け、大鐘へ歩いていく。


「モブ、何が起きた!」

「第二形態だ」


 カロンが長い撞木を両手で握り、大鐘へ振り抜いた。


 ごおん。


 広間そのものが震えた。

 同時に壁際の水路から大量の水が流れ込み、水位が一気に上がっていく。


「水が……!」


 ソウゴたちが立っていた入口側にも水が押し寄せる。

 足首まで浸かり、乾いた場所が広間から消えた。


 これが第二形態。


 第一形態の正攻法だった足場は、もう使えない。


 ここから先、普通の攻略なら盾受け一択だ。

 どこへ動いても波紋が出る以上、走って逃げればカロンの追尾が延々とついてくる。

 だから盾を構えて真正面から受け、攻撃後の隙だけ殴る。


 当然、最低レベルの俺には無理だ。

 受ければ盾ごと潰される。


 だが、それも関係ない。

 第一形態だろうが第二形態だろうが、〈MIKIRI〉ならやることは同じだ。


 カロンがこちらを向く。


 俺は一度だけ水を蹴った。


 ぱしゃ。


 捕捉された。


 撞木が持ち上がる。

 俺は動かない。


 まだ。


 まだ。


 今だ。


 ローリング。


 ドガァッ!


 撞木が水面を叩き、大波が広間を走る。

 その波に紛れてカロンの懐へ入り、二撃だけ入れて離れた。


 問題ない。


 第二形態でも同じだ。


 波が少しずつ収まっていく。

 俺は足を止め、次の攻撃を待つ。


 だが、カロンは俺を見なかった。


「……ん?」


 青銅の覆面が、ゆっくり右へ向く。


 その先にいるのはソウゴだった。

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