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第52話 モブ、足が滑って呑み込まれる

 目が光った。


 大きな水たまりだと思っていたものが、ぬるりと持ち上がる。

 水が背中からぼたぼたと落ち、横に広がった頭と太い脚が現れた。


 巨大カエル。


 正式名は、たぶん沈み蛙。

 いや、湿地蛙だったかもしれない。


 どっちでもいい。

 カエルだ。


「……カエル?」


 ソウゴが呟いた。


「ああ」

「大きいですね……」


 ユーフェリアが一歩下がる。


 大きい。

 だが、水路の徒よりずっとわかりやすい。


 攻撃を見て、避けて、殴ればいい。

 ステルスゲーは終わりだ。


 ただし、臭い。

 湿った石と濁った水に、カエルの匂いまで混ざっている。


 現実はこういうところがクソだ。


「モブ、どうする?」


 ソウゴが剣を抜く。


「戦う」

「倒せるのか?」

「ああ」


 巨大カエルが、ぐう、と低く鳴いた。

 喉が大きく膨らむ。


 攻撃前の溜めが長く、動きも大きい。


 ボスではないが、普通の雑魚よりは強い。

 そして何より、攻撃がわかりやすい。


「練習台にピッタリだ」

「練習台?」


 ソウゴが巨大カエルを見る。


「ああ。ソウゴが戦え」

「俺が?」

「死にゲー初心者にはちょうどいい」

「大きいぞ?」

「大きいから見やすい」

「そういうものなのか……」


 そういうものだ。


 俺が初期ステータスと錆びた長剣で削っても時間がかかる。

 だったらソウゴに経験を積ませた方がいい。


「危なくなったら飲め」


 俺はポーションを数本渡した。


 ソウゴが目を丸くする。


「こんなに持ってたのか?」

「ソウゴ用に買った」

「俺用?」

「死にゲー初心者には必要だ。回復をケチるな」

「……わかった」


 ユーフェリアがこちらを見る。


「私の分は?」

「一応ある」

「一応なのですね……」

「聖女は回復できるし防御壁も貼れる。ソウゴより死ににくい」

「そこは、否定しにくいところです」


 巨大カエルがまた、ぐう、と鳴いた。

 前脚が持ち上がる。


「来るぞ。横に避けろ」


 太い前脚が横薙ぎに振られ、ばしゃんと水を跳ね上げた。

 ソウゴは横へ避ける。


 少し遅いが、十分間に合っている。


「後ろ脚を狙え。跳べなくする」

「わかった!」


 ソウゴが横へ回り込み、剣を振る。

 刃が後ろ脚に入った。


 浅い。

 だが、ダメージは通っている。


「もう一回」

「ああ!」


 二撃目でカエルの体が大きく揺れた。

 悪くない。


 巨大カエルがソウゴへ向き直る。

 ソウゴも正面から外れるように横へ動いた。

 今度は言わなくても動いた。


「上手です、ソウゴ様」


 ユーフェリアが言った。


「まだだ。褒めると油断する」

「もう少しくらい褒めてもいいでしょう」

「倒してからでいい」


 ソウゴが苦笑した。


「聞こえてるぞ」


 その直後、巨大カエルが跳ねた。

 大きな体がソウゴの頭上へ持ち上がる。


「影から出ろ!」


 ソウゴが足元を見て、巨大な影の外へ飛び出した。


 どすん、と石床が揺れ、水が派手に跳ねる。

 ソウゴには当たっていない。


「今のはわかりやすかった」

「大きいからな」


 ソウゴがすぐに横へ回る。

 後ろ脚へ一撃、二撃。

 さらに三撃目を入れた。


「深追いするな」

「でも、三回入ったぞ」

「三回目は危ない。今は通っただけだ」

「……なるほど」


 欲張らない。

 避けて、見て、確実に殴る。

 死にゲーの基本だ。


 巨大カエルが口を開いた。


「ソウゴ、横!」


 赤い舌が飛び出した。

 今までの攻撃より速い。


 ソウゴが横へ跳び、舌がさっきまで立っていた場所を叩いた。


 べちゃ、と嫌な音がする。


「今のは何だ!?」

「舌だ」

「それは見ればわかる! 当たるとどうなる!?」

「呑み込まれる」

「やばいじゃないか!」

「いや、レバガチャでノーダメだ」

「レバガチャって何だ!?」


 説明している暇はない。

 巨大カエルが再びソウゴへ向き直り、前脚を振り上げる。


 ソウゴは今度は指示を待たずに横へ避け、そのまま後ろ脚へ回り込んだ。

 一撃だけ入れて、すぐに離れる。


「モブ、今のは?」

「いい」

「よし!」


 ユーフェリアが笑った。


「今度はちゃんと褒めましたね」

「できたからな」


 ソウゴの動きはかなり良くなっている。

 見てから避ける。欲張らない。危ない攻撃からは離れる。


 練習台としては十分だ。


 巨大カエルがまた口を開いた。


 ソウゴも気づく。


「舌だ!」


 自分から横へ動いた。

 赤い舌が伸び、ソウゴの横を通り過ぎる。


 だが、そのまま戻らない。

 石床を滑るように軌道を変えた。


 ソウゴではない。

 俺だ。


「モブ!」


 ユーフェリアの声が飛ぶ。


 見えている。

 横へ避ければいい。


 足を踏み出した瞬間、濡れた靴が石床を滑った。


「……あ」


 さっきまで水路に浸かっていた。

 床も濡れている。


 現実はクソだ。


 舌が足首に巻きつき、一気に体を引っ張った。


「モブ!」


 ソウゴが駆け出す。


 巨大カエルの口が迫る。

 暗い。臭い。


 俺はそのまま呑み込まれた。

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