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第50話 モブ、ステルスゲーをやる

 地下水路はかなり暗かった。

 石の壁は濡れている。

 天井から水が落ちる。


 ぽた。

 ぽた。


 足元には黒い水が溜まり、どこまで深いのかわからない。

 かなり嫌だ。


 水場はクソだ。

 足場が見えないし、ローリングの距離が狂う。

 滑る。

 落ちる。

 死ぬ。


 それに、水に入ると音がする。


 じゃぶ。

 じゃぶ。


 かなりうるさい。


 普通なら、敵に見つかる。

 普通なら。


「この先にレガリアがあるのですね」


 ユーフェリアが水路の奥を見る。

 白い衣が、暗い水路の中で少し浮いて見えた。

 聖女は暗所でも聖女だ。

 便利だ。


 いや、光源になるほどではない。

 ならないでほしい。


「道はわかるのか?」


 ソウゴが聞く。


「ああ」

「かなり暗いけど……」

「覚えている」

「……本当に、知ってる場所なんだな

「ああ。かなり死んだ」

「そこは聞くたびに不安になる」


 なぜだ。

 死んだ回数は信用になる。

 たぶん。


 奥から低い音がした。


 ごん。


 沈鐘だ。

 水の底から響いてくる。


 この先に礼拝堂がある。

 そして、二つ目のレガリアがある。


 だが、その前に水路だ。

 敵や水位、視界、感知範囲を考える必要がある。

 かなり面倒なステージだ。


「ステルスゲーだ」

「なんですかそれは」


 ユーフェリアがすぐに聞き返した。


 いい反応だ。


「見つからないように進むゲームだ」

「ゲームではありません」

「似たようなものだ」

「似ていません」


 似ている。

 かなり似ている。


 この水路は、敵を全部倒して進む場所ではない。

 見つからずに進む場所だ。


 敵の正面を避け、感知範囲に入らないようにする。

 水の中を、じゃぶじゃぶ歩いて進む。

 つまり、ステルスゲーだ。


「俺の後ろについてくるんだ」


 俺は言った。


 ソウゴが水路の奥を見る。


「敵は?」

「無視する」

「無視?」

「ああ」


 ソウゴが眉を寄せる。


「地下墓地の時みたいに、走って逃げるのか……?」

「違う」

「違うのか」

「敵に見つからないように歩く」

「見つからないようにって……」


 ソウゴの言葉が止まった。


 前方の暗い水路の奥に、白い影がいくつも見える。


 水路の徒だ。

 巡礼者の服に、白くふやけた腕。

 顔のない頭。


 複数体が水路の中に、ゆらゆら立っている。


 ソウゴが剣の柄に手をかけた。

 ユーフェリアも息を呑む。


「抜くな」

「でも、あれだけいるぞ」

「見つからなければいい」

「いや、見えてるだろ」

「こっちが見えているのと、向こうに見つかるのは違う」

「違うのか?」

「違う」


 ここはステルスゲーだ。

 戦う場所ではない。


 敵の配置と向きを見て、感知範囲を避けて進む。

 それだけだ。


「水路の徒は、視界に入らなければ襲ってこない。検知範囲が狭いからな」

「検知範囲?」

「敵が反応する範囲だ」


 俺は濡れた石の床にしゃがんだ。

 指で水を払い、それから泥と苔の混じった床に簡単な図を描いた。


 丸。

 水路の徒。


 前方に細い扇形。

 感知範囲。


 横と後ろは空白。


「こうだ」


 俺は丸の前を指した。


「ここに入ると見つかる」


 次に横を指す。


「ここは見つからない」


 後ろを指す。


「ここも見つからない」


 ユーフェリアが図を見た。

 それから、水路の徒を見る。


「……そんなことがあるんですか」

「ある」

「目の前ではないとはいえ、近づけば普通は気づくのでは?」

「普通はな」

「普通ではないのですか」

「ステルスゲーだからだ」

「また説明になっていません」


 説明になっている。

 かなりなっている。


 だが、信じていない。

 なら、見せるしかない。


「見てろ」

「え?」


 俺は水に入った。


 じゃぶ。

 じゃぶ。


 冷たい。

 かなり冷たい。


 靴の中に水が入る。

 最悪だ。


 だが、今はいい。


 俺は壁沿いに進み、水路の徒の正面には入らない。

 横から背後へ回り、ゆっくり近づく。


 水路の徒のすぐ後ろまで近づいた。

 近い。

 かなり近い。

 手を伸ばせば、巡礼服に触れる。


 だが、反応しない。


 ソウゴとユーフェリアが固まっているのが見える。


 俺はさらに半歩寄った。

 ほぼ背中にくっついている。


 水路の徒は動かない。


 顔のない頭が、ゆっくり右へ回り始めた。

 振り向きだ。


 俺はそれに合わせて、すすすっと左へ回る。

 水路の徒の背後を取り続ける。


 頭が左へ戻る。

 俺も右へ回る。


 背後。

 常に背後。


 安全。

 たぶん。


「完全に不審者ですね……」


 ユーフェリアの声が小さく聞こえた。


 何を言っている。

 これは攻略だ。

 かなり正しい攻略だ。


 俺は水路の徒の背後で息を吸った。


「あーっ!」

「ッ!?」


 大きい声を出した。


 水路に声が響く。

 ソウゴがびくっとした。

 ユーフェリアも目を見開いた。


 だが、水路の徒は反応しない。

 顔のない頭は、ゆらゆら揺れるだけだ。


 襲ってこない。

 こっちを見ない。

 音には反応しない。


 俺はそのまま背後から離れ、正面には入らず横を抜ける。

 壁沿いに戻る。


 じゃぶ。

 じゃぶ。

 じゃぶ。


 ソウゴとユーフェリアのところまで戻った。


「見ただろ」

「見たけど……」


 ソウゴの顔が引きつっている。


「本当に反応しなかった……」

「まったく。驚かせないでください」


 ユーフェリアも、水路の徒と俺を交互に見ていた。


「本当に音には反応しないのですね」

「ああ」

「聴覚がなくなっている、ということでしょうか」

「わからない」

「わからない……」

「正面に入ると襲ってくる。音では襲ってこない。触ると襲ってくる。そう覚えればいい」

「……反応が限られているんですね」

「ステルス用の敵だ」

「すてるす用……」

「そういう配置だ」


 ユーフェリアは何か言いたそうだった。

 だが、飲み込んだ。


「わかりました。視界と接触に注意します」

「それでいい」


 納得はいらない。

 理解すれば進める。


 水路の徒は音に反応しない。

 視界に入ると反応する。

 触ると反応する。


 それだけだ。

 それだけで進める。

 逆に言えば、それを間違えると死ぬ。


「では、行きましょう」


 ユーフェリアが言った。


「ああ」


 ソウゴが水に足を入れる。


「冷たっ」


 ユーフェリアも水に入る。

 白い衣の裾が水面に触れた。


 触れたはずだ。

 だが、濡れない。


 水が、ユーフェリアの足元だけ避けるように揺れた。


 白い衣は濡れていない。

 靴も濡れていない。


 水の上を歩いているわけではない。

 ちゃんと水の中にいる。


 だが、濡れていない。


「なぜ濡れない」

「……加護です」


 ユーフェリアは少し困ったように言った。


「便利だ」

「ええ、まあ、便利ですね」

「水場ギミック無効か」

「何を言っているかわかりませんが、違います」


 そこだけは早かった。


 ソウゴが自分の濡れた足元を見る。


「俺たちにも、かけられないんですか?」

「すみません。この加護は、他の方には……」


 ユーフェリアが申し訳なさそうに言う。


「自分対象のパッシブ加護か」

「何を言っているかわかりませんが、違います」


 また早い。


 だが、仕様としてはそうだ。

 対象は自分のみ。

 任意発動ではない。

 常時発動。

 かなり強い。


「良かったな」

「え?」


 ユーフェリアが顔を上げた。


「何が、ですか」

「濡れなくて」


 ユーフェリアが少しだけ目を見開いた。

 それから、ほんのわずかに頬を緩める。


「……そうですね」

「ああ」


 濡れないのはいい。


 水に濡れると服が重くなる。

 足も冷える。

 動きも鈍る。

 滑る。

 死ぬ。


「濡れない方が死ににくい」

「……」


 ユーフェリアは深いため息をついた。


「そういう意味だと思いました」

「そういう意味だ」

「でしょうね」


 何をため息をついているのかわからない。


 水場はクソだ。

 濡れないなら、それだけでかなり有利だ。


 俺たちは水路を進んだ。


 じゃぶ。

 じゃぶ。

 じゃぶ。


 前方の水路の徒は動かない。

 横を抜ける。

 背後を抜ける。

 正面には入らない。

 触らない。


 それだけ。

 それだけでいい。


 ソウゴは剣を抜かない。

 ユーフェリアも祈りを使わない。


 このステージでは、余計なことをしないのが正解だ。


 ユーフェリアは水路の徒を見つめていた。

 顔が少し悲しげだ。


 元は人。

 たぶん巡礼者。

 蝕みに沈んだもの。


 聖女としては、放っておくのが苦しいのだろう。

 だが、今は進む。


「終わったら祈ればいい」


 俺は言った。

 ユーフェリアが少し驚いた顔でこちらを見る。


「……はい」

「今は祈るより、見つからない方が先だ」

「わかりました」


 よし。

 理解が早い。


 俺は次の水路の徒を見る。


 向き、距離、正面、横、背後、感知範囲を確認する。

 覚えている。


 たぶん、ここも同じだ。

 ここが違うと死ぬ。


 まあ、死ぬのは慣れている。

 いや、現実では死ねない。

 だから慎重に行く。


 俺は指で示す。


 左の壁沿いを進む。

 水路の縁で、水深は浅い。


 水路の徒の背後を抜ける。

 近い。

 かなり近い。


 だが、正面ではない。

 なら安全。

 たぶん。


「行くぞ」


 二人が頷いた。


 俺たちは水の中を、ゆっくり進み始めた。


 じゃぶ。

 じゃぶ。

 じゃぶ。


 水路の徒は動かない。

 まだ、こちらを見ていない。


 ここはステルスゲーだ。

 そして厄介なことに。


「制限時間がある」

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