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第49話 モブ、聖女に詰められる

 全員が固まった。


 ソウゴ。

 ユーフェリア。

 グラント。

 鍛冶屋。


 全員だ。


 反応が同じ。

 わかりやすい。


「……レガリアの場所を知っているのですか?」


 最初に口を開いたのは、ユーフェリアだった。


「ああ」

「なぜですか」

「一万時間やったからだ」

「それは説明ではありません」


 ユーフェリアの声が少し硬い。

 これは、いつものツッコミではない。

 聖女の顔だ。


「モブ。さすがに説明が必要です」


 その通りだ。

 かなりその通り。

 普通は知らない。

 ユーフェリアたちは初回プレイだ。

 レガリアの場所も、そこへ行く道も、イベント順も知らない。

 知らなくて当然だ。

 だが、俺は知っている。


「俺はネタバレ配慮はしない」

「誤魔化さないでください」

「誤魔化しているわけではない」

「モブ」


 ユーフェリアが一歩詰めようとした。


 その時、ソウゴが口を開いた。


「ユーフェリア様」


 声は静かだった。


 ユーフェリアが振り向く。


「ソウゴ様?」

「気になるのは、俺も同じです」


 ソウゴは俺を見た。

 それから、ユーフェリアを見る。


「でも、俺たちのやることは、モブが何者かを明らかにすることじゃなくて、レガリアを集めることです」


 ユーフェリアが黙った。

 ソウゴは続ける。


「モブが何者なのか。なぜ知っているのか。それは、たぶん大事です。でも、今ここで止まって問い詰めることじゃない」


 いい。

 かなりいい。

 主人公だ。

 イベント優先度を意識できている。


「俺は、行きます」


 ソウゴが言った。


「レガリアがあるなら」


 ユーフェリアはしばらくソウゴを見ていた。

 だが、やがて小さく息を吐いた。


「……わかりました」


 渋々だ。

 かなり渋々。


「ただし、いつか必ず説明してもらいます」

「一万時間やった」

「それ以外で、です」

「難しい」

「難しくても、です」


 厳しい。

 だが、今は進める。


「いい主人公だ」


 俺は言った。


 ソウゴが少し照れた顔をする。


「褒めてるのか?」

「ああ」

「なら、ありがとう」

「進行役として優秀だ」

「そこは普通に褒めてほしかったな」


 グラントは少し考え込んでいた。


「モブ殿。次のレガリアがあるという場所は?」

「沈鐘の礼拝堂だ」


 地下水路の奥には崩れた聖堂があり、水の底で鐘が鳴る。

 そこに二つ目のレガリアがある。


「沈鐘の礼拝堂……」


 グラントが低く呟いた。


「そうだ。古い巡礼地だ」

「よく知っていますね、モブ。今の教会が成り立つ前からあったそうですよ」

「それは知らない」

「それは知らないのですか……?」

「フレーバーテキストにはなかった」


 ユーフェリアがため息をつく。


「それは、モブの……文献か何かですか」

「似たようなものだ」


 〈終蝕のレガリア〉は多くを語らない。

 フレーバーテキストだけではわからない情報も多い。

 だが問題ない。

 場所がわかる。

 進行もわかる。

 レガリアは、ある。


「それで……今から行くのですね」


 ユーフェリアが言った。


「ああ」

「どういう状況かわかってますか?」

「ああ」

「戦ったばかりです」

「ああ」

「ロウグ商会長も亡くなっています」

「ああ」

「鍛冶屋さんの店も壊れています」

「ああ」

「それでも?」

「ああ」


 むしろ、かなりいいタイミングだ。

 錆びた長剣は戻った。

 投擲用の石もまだある。

 ソウゴとユーフェリアもいる。

 地下通路も開いている。

 ここまで来た。

 なら、行ける。


「一度、街に戻るべきではありませんか」


 ユーフェリアが言った。


「怪我人もいます。鍛冶屋さんの店もあります。ロウグ商会の件もあります」

「それは騎士団イベントだ」

「騎士団に任せるとしても、私たちは休むべきです」


 正論だ。

 かなり正論。

 だが、正論はいつも正しいとは限らない。


「戻ると遠い」

「遠い?」

「次の場所がここから近い」


 ユーフェリアが黙った。

 ソウゴも黙った。

 グラントの目が細くなる。


 正規ルートだと遠い。

 王都の西門から出て、水門を回り、鍵を探して、雑魚を倒し、橋を下ろす必要がある。

 かなり面倒だ。


 だが、ここからなら近い。

 ロウグの逃走路は、古い水路につながっている。

 古い水路は、沈鐘の礼拝堂につながっている。

 ショートカットだ。

 使わない理由がない。


「ここから、沈鐘の礼拝堂へ続くのか」

「ああ」

「この地下通路が?」

「ああ」

「……ロウグの逃走路が、古い巡礼地につながっているとはな」

「商人系NPCは、だいたい変な抜け道を持っている」

「その理屈はわからんが、道があるなら利用できる」


 理解が早い。

 かなり優秀だ。


「なあ」


 鍛冶屋が素材の山を見ながら、ふと顔を上げた。


「何だ」

「騎士団がいきゃあいいんじゃねぇか?」


 鍛冶屋はグラントを見る。


「こいつらより、騎士団長や騎士どもが行った方が安全だろ」


 もっともな疑問だ。

 普通ならそうする。

 強い味方を連れていく。

 数で押す。

 盾役を増やす。

 回復役を守る。


 だが、レガリアは普通ではない。


「それは、難しいのです」


 答えたのはユーフェリアだった。


「レガリアに近い場所ほど、蝕みが濃くなります。継承者と聖女には耐性がありますが、普通の方は長く近づけません」

「騎士でもか?」

「はい。強さとは別です」


 グラントも静かに頷いた。


「むしろ大勢で入れば、一人の異変が周囲に広がる」

「蝕みは、恐怖や傷から広がることもあります」


 ユーフェリアが続ける。


「大勢で入れば、それだけ乱れも増えます。祈りで抑えきれなくなるのです」

「嫌なイベントだ」


 俺は言った。

 ユーフェリアがこちらを見る。


「イベントではありません」


 違うらしい。


「じゃあ、グラントだけならどうだ」


 鍛冶屋が言った。


「騎士団長だろ。こいつ一人いるだけで、だいぶ違うんじゃねぇか?」


 グラントが苦笑した。

 ユーフェリアの表情は硬い。


「グラント卿ほど強い方が蝕まれれば、被害は計り知れません」

「強い敵になる」


 俺は補足した。


「白狼騎士団長・蝕み版だ」

「なんですかその言い方は」

「かなり強い」

「わかっています」

「多段斬りと広範囲衝撃波がありそうだ」

「何の話ですか」

「それは……強そうだな」

「ソウゴ様まで……」


 確かに強そうだ。

 確実に強ボスだ。

 戦ってみたくなってきた。


「またろくでもないことを考えている気がするのですが……」


 ろくでもないことはない。

 だが、今ではない。


 鍛冶屋は顔をしかめた。


「つまり、強い奴を連れてけばいいってもんじゃねぇのか」

「はい」


 ユーフェリアが頷いた。


「レガリアへ近づける者は限られています。だから、継承者と聖女が選ばれたのです」

「じゃあ、モブはどうなんだ」


 ユーフェリアが俺を見た。

 ソウゴも俺を見る。

 グラントも見る。

 鍛冶屋も見る。


「たぶん」

「たぶん?」

「プレイヤーだからだ」


 鍛冶屋が眉を寄せた。


「ぷれ……何だって?」

「よくわかりませんが、大丈夫です」


 ユーフェリアが言った。


「いや、よくわからねぇのに大丈夫なのか?」

「今のところは」

「今のところなのかよ」


 ユーフェリアは少し困った顔で俺を見る。


「モブは、レガリア取得時に近くにいました。レガリアを守る蝕みの徒とも戦いました。それでも、モブからは蝕みの気配がしないのです」

「実績だ」


 俺は言った。


「実績という言い方は少し違います」

「でも実績だ」

「……否定しきれないのが困ります」


 鍛冶屋は深く息を吐いた。


「わかった。俺はついていかねぇ。騎士団もついていかねぇ。お前ら三人で行くんだな」

「ああ」

「死ぬなよ。小盾を作る相手がいなくなる」

「それは困る」

「こっちの台詞だ」


 グラントが俺を見る。


「ソウゴ様と聖女殿を頼む」

「死なせない」


 グラントは頷いた。

 それから、少しだけ表情を緩める。


「そして、モブ殿も死ぬな」

「俺はモブだ」

「ならば、なおさらだ」


 意味がわからない。

 だが、悪くない。


「死なない」

「それでいい」


 ユーフェリアが小さく頷いた。


「私も死なせません」

「俺は一撃で死ぬ」

「だったら当てさせません」

「ボス戦では手を出すな」

「出します」

「出すな」

「出します」

「汎用ボス以外出すな」

「よくわかりませんが、譲歩してくれたのは伝わりました」


 ユーフェリアが満足げにうなずく。


 俺は石袋を確認した。

 残量はそこそこ。

 十分ではない。

 だが、足りる。

 たぶん。


 ソウゴが地下通路の奥を見る。

 暗がりから湿った風が流れ、水の匂いが漂っている。かすかに、鐘の音のようなものも聞こえる。


 ごん。

 ごん。

 低く、沈んだ音。


「モブ」

「ああ」

「俺、行くよ」

「ああ」

「怖くないわけじゃない。でも、俺がやることなら、行く」


「いい」


 かなりいい。

 主人公だ。

 進むと決める。

 進行役としてかなり優秀だ。


 ユーフェリアも頷いた。


「私も参ります」

「ああ」

「ただし、無茶は止めます」

「誰の」

「主にモブのです」

「俺か」

「当然です」


 なぜだ。

 俺はかなり安全に動いている。

 死んでいない。

 つまり正しい。

 たぶん。


 俺は地下通路の奥を見た。


 沈鐘の礼拝堂。

 次のレガリア。

 ボスはいる。

 ギミックもある。

 初見殺しもある。


 だが、俺は初見ではない。


 かなりやった。

 かなり死んだ。

 だから行ける。


「行くぞ」


 俺は言った。


「次のレガリアだ」


 ソウゴが頷く。

 ユーフェリアも頷く。

 グラントは俺たちを見送る。

 鍛冶屋は素材の山を見ながら、すでに仕事の顔をしている。


 俺は錆びた長剣の柄に触れた。


 初期武器。

 戻った。


 石袋。

 残量そこそこ。


 仲間。

 ソウゴ。

 ユーフェリア。


 悪くない。

 かなり悪くない。


 俺たちは、地下水路へ続く暗がりへ足を踏み入れた。

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