第46話 モブ、初期武器を取り返す
中ボスが倒れた。
大きな体が地面に沈み、そのまま動かない。
死んではいない。
たぶん。
だが、戦闘不能だ。
よし。
俺は息を吐く。
腕も肩も痛い。HPは減らなくても、体は疲れる。
革の小盾を見る。
耐久値はほとんど残っていない。形も少し歪んでいる。
修理は必要だ。
だが、仕事はした。
「モブ……」
ソウゴが呆然としていた。
「盾だけで……本当に倒した」
「盾だけじゃない。地形と小石も使った」
「そこは重要なのか?」
「ああ」
かなり重要だ。
筋力2では火力がない。
だから地形も、音も、部位反応も、硬直も使う。
そうしないと倒せない。
そして倒せた。
なら正しい。
「すごいです、モブ」
ユーフェリアが言った。
「でも、もう少し自分を大事にしてください」
「大事にした。死んでいない」
「それは最低条件です」
そうなのか。
俺としてはかなり高い条件だ。
鍛冶屋が倒れた中ボスを見下ろす。
「こいつを革の小盾で倒すとか、正気じゃねえな」
「盾しかなかった」
「普通は盾しかなくなった時点で逃げるんだよ」
「逃げると初期武器が戻らない」
「やっぱり正気じゃねえな」
「ロウグのせいだ」
「まあ、それはそうだな」
そうだ。
ロウグのせいだ。
錆びた長剣があれば、もっと楽だった。
初期武器縛りも保てたし、革の小盾で中ボスを殴り倒す必要もなかった。
ロウグは許せない。
「モブ」
ソウゴが俺を見る。
「盾でも戦えるんだな。守るだけじゃなくて、弾いて、崩して、殴って、倒す」
「攻撃力があるからな」
ソウゴは自分の手を見る。
剣を握る手が、まだ少し震えている。
怖がっているわけではない。
たぶん、考えている。
「俺も、できるようになるだろうか」
「いずれな。だが、今はまだ早い」
「まずは亀盾を使えるようになる方が先か」
「ああ。パリィは失敗すると死ぬ。まずは普通に受けても死なないようにする」
ソウゴが荷置き場にある結晶亀の大盾を見る。
今のソウゴには重すぎる。
だから鍛冶屋に、もっと扱いやすい小盾へ作り直してもらっている。
まだ完成していない。
今は、そちらが先だ。
「なら、まずレベルを上げる。筋力と持久力を上げて、あの盾をちゃんと使えるようになる」
「ああ」
「それからパリィだ」
「順番としては正しい」
まずは受けても死なないようになる。
弾くのはそのあとでいい。
死ぬ技は、死ななくなってから覚えればいい。
ソウゴは静かに頷いた。
「……よし。俺、もっと周回する」
ユーフェリアの目から光が消えた。
「ソウゴ様まで……」
大丈夫だ。
周回は裏切らない。
たぶん。
ユーフェリアは深くため息をついた。
「では、私も死なせません」
「何をだ」
「継承者たるソウゴ様を」
ユーフェリアはソウゴを見て、それから俺を見る。
「そのソウゴ様を死なせないと言いながら、いつもフラフラしているモブも」
「フラフラはしていない。最適な位置取りだ」
「倒れそうな位置取りです」
違う。
倒れそうに見えるだけだ。
たぶん。
「私は守られるだけの聖女ではありません。癒やすこともできますし、力を与えることだってできます。なんなら眠らせることだって」
「いい。死ににくくなる」
「……もう少し感動的に受け取ってほしかったです」
「かなり感動している。死亡率が下がるのは大きい」
「やっぱりそういう受け取り方なんですね」
だが、本当に大きい。
ソウゴ自身が死ににくくなろうとしているし、ユーフェリアも守られているだけではない。
このルートは悪くない。
俺は荷置き場へ向かう。
砕けた荷箱の向こうでは、布がめくれたままになっていた。
結晶亀の大盾も、作りかけの小盾も、鉱山結晶もある。
その隣には、錆びた長剣。
俺はまず、それを手に取った。
柄を握る。
いつもの重さだ。
錆びていて、汚れていて、見た目も悪い。
攻撃力も低い。
それでも、これだ。
初期武器。
俺の初期武器。
腰に戻すと、落ち着いた。
装備欄が元に戻った気がする。
現実には装備欄なんてないが、それくらい大事だ。
「戻ったのですね」
ユーフェリアが静かに言う。
「ああ」
「よかったです」
「かなりよかった」
ソウゴもほっとした顔をしている。
「その剣、本当に大事なんだな。錆びてるし、弱そうなのに」
「ああ。初期武器だからな」
ソウゴは少しだけ笑った。
「そっか。なら、取り返せてよかった」
「よかった」
本当によかった。
鍛冶屋は結晶亀の大盾や作りかけの小盾を一つずつ確認し、歯を見せた。
「多少欠けちゃいるが、まあ大丈夫だ。小盾の続きもできるし、大盾も無事だ」
「よし」
「ただし、店を直してからな」
「時間がかかるのか」
「当たり前だろうが」
「小盾はどれくらいかかる」
「普通なら1か月」
「1か月」
死ぬ。
精神的に死ぬ。
鍛冶屋がにやりと笑った。
「だが、俺がやるなら3日だ」
「3日」
「で、今は腹が立ってる。1日で仕上げてやる」
「いい鍛冶屋だ」
「今だけ褒めても遅えよ」
装備強化ルートは生きている。
これでソウゴはさらに死ににくくなる。
「ロウグは?」
ソウゴが低い声で聞いた。
さっきのロウグの言葉を思い出しているのだろう。
聖女と継承者は捕らえる。
俺と鍛冶屋は殺して構わない。
うまく扱えば、よい商売になる。
あれはかなり嫌だった。
ソウゴが怒るのもわかる。
「逃がしていいのか?」
「逃げた先にはグラントがいる」
ソウゴが目を見開く。
「地下通路ですね」
ユーフェリアがすぐに気づいた。
「ああ。強そうな護衛も一緒だ」
「なら、急ごう」
ソウゴが地下通路へ向かおうとする。
「急がなくていい」
「でも、グラント卿が戦ってるかもしれない」
「あの護衛は強い。だが、グラントならたぶん勝つ。ソウゴが横から入ると乱戦になる。乱戦は事故る」
ソウゴが足を止めた。
「……わかった。まず状況を見る」
今のソウゴは、ちゃんと止まれる。
騎士団長は強い。
第二形態まである。
強そうな護衛は、だいたい第一形態で終わる。
なら、グラントの方が強い。
だからあそこに置いた。
配置は合っている。
俺は革の小盾を見る。
耐久値はほとんど残っていない。
借り物だ。
修理して返さないといけない。
「この盾は弁償か」
「グラント卿なら笑って許してくださると思いますけど」
「装備は大事だ。壊したなら直して返す」
「そこは妙に真面目なんですね」
鍛冶屋が鼻を鳴らした。
「そいつも俺が見てやるよ」
「助かる」
「その代わり、うちの店を直す手伝いはしろよ」
「石を補充してからでいいか」
「今それ言うか?」
言う。
石は大事だ。
ソウゴが苦笑し、ユーフェリアは深くため息をつく。
元気そうだ。
問題ない。
そのとき、奥の通路から低い音が響いた。
金属がぶつかる音。
続いて、重い足音。
鍛冶屋が地下通路の方を見る。
「……どうやら、向こうも始まったようだな」
地下通路ではグラントがロウグたちを待ち受けている。
次のイベントだ。
俺は錆びた長剣の柄に手を置く。
初期武器が戻ってきた。
それだけで落ち着く。
「行くぞ」
俺は言った。
「ロウグのイベントを終わらせる」




