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第45話 革の小盾の怪物

 俺は笑っていた。


 相手は小さく、細い。

 手にしているのは軽そうな革の小盾だけで、剣すら持っていない。

 そんな男が、護衛たちを次々と倒していた。


 おかしい。

 だが、あり得ないほどではない。

 雑魚どもが油断したのだろう。

 狭い場所で詰まり、足を滑らせた。

 そんなところだ。


 だが、俺は違う。


 肩に担いだ鉄棒を握り直す。

 これで何人も黙らせてきた。剣に当てれば折れる。盾を叩けば腕ごと沈む。

 革の小盾など、正面から叩けば終わりだ。


「小さい盾で、よく暴れたな」

「軽いからな」


 小盾の男が答えた。

 妙な返事だった。


「それで俺の棒を受ける気か?」

「受けない」

「賢いじゃねぇか」


 俺は笑って鉄棒を振り上げた。

 横薙ぎ。

 広く、重く、逃げ場ごと潰す。


 だが、小盾の男は下がらなかった。

 前へ出て、低く転がり、鉄棒の内側へ入ってくる。

 そのまま俺の脇を抜け、盾を胴へ叩きつけた。

 ばしん。

 軽い。

 かゆい程度だ。


「そんなもんで倒れるかよ」


 鉄棒を戻し、そのまま縦に振り下ろす。

 地面が砕け、破片が飛んだ。

 小盾の男は走らない。

 歩いて、ほんの少しだけ位置をずらす。


 何だ。

 気味が悪い。

 普通なら大きく逃げ、背中を見せて距離を取る。

 なのに、こいつは必要な分だけしか動かない。

 鉄棒の先がぎりぎり届かない場所に、いつもいる。


 苛立った。

 踏み込み、もう一度鉄棒を叩きつける。

 今度こそ潰す。


 その瞬間。

 コツン。

 左の樽で小石が鳴った。

 ほんの一瞬、意識がそちらへ向く。

 そのせいで踏み込みが半歩ずれ、叩きつける位置もずれた。


 小盾の男が右へ抜け、膝を殴る。

 ばしん。

 膝当ての上だ。

 痛くはない。

 ただ、少し響いた。


 もう一発来る。

 ばしん。


「ちっ」


 舌打ちする。

 革の小盾による軽い打撃のはずなのに、嫌なところへ入ってくる。


 俺は蹴りを出した。

 近づいた相手を潰すための蹴りだ。

 小盾の男はまともに受けず、当たらない場所へずれる。

 空振りした足で、わずかに体勢が崩れた。

 そこへ盾が来る。

 ばしん。

 膝。

 ばしん。

 また膝。

 さらに一発。

 ばしん。


「しつこいぞ!」


 鉄棒を振り回す。

 近くにいれば当たる。当たれば終わる。

 小盾の男は荷箱の陰へ逃げた。

 鉄棒が荷箱を砕き、木片が飛び散る。

 その隙間から、また低い姿勢で入り込んできた。

 ばしん。

 左膝。


「っ!」


 思わず声が漏れた。

 すぐに歯を食いしばる。


「クソがっ!」


 左膝は昔、深く斬られた場所だった。

 傷はとうに治っている。歩けるし、戦える。膝当てでも覆っている。

 ただ、寒い日は疼き、長く戦えば重くなる。

 今の一撃は、たまたま古い傷へ嫌な角度で入っただけだ。

 そうに決まっている。


 鉄棒を振る。

 小盾の男は避け、また懐へ入ってくる。

 ばしん。

 今度は右手だった。

 鉄棒を握る指が痺れる。


「……っ」


 続けて手首を叩かれた。

 ばしん。

 嫌なところばかりだ。


 鉄棒を振る。

 外れる。

 コツン。

 また小石の音が鳴り、意識がわずかにずれた。

 その一瞬に盾が飛んでくる。

 ばしん。

 利き手。


「てめぇ……!」


 鉄棒を両手で握り直す。

 力で潰せばいい。

 細かい動きなど関係ない。

 大きく振る。

 当てる。

 砕く。


 だが、小盾の男には当たらない。

 後ろへ逃げるわけではない。

 鉄棒の内側、足元、荷箱の影、岩の横。

 当てづらい場所ばかりを選んでいる。


 鉄棒を振る。

 がきん。

 岩に当たり、振り抜けない。

 その瞬間に盾が来た。

 ばしん。

 手。

 ばしん。

 手首。

 ばしん。

 指。

 鉄棒が揺れ、握りが甘くなる。


 歯を食いしばる。

 こんな小盾の軽い打撃で、得物を落としてたまるか。


 コツン。

 また小石が鳴った。

 一瞬、視線が動く。

 小盾の男が踏み込んだ。

 ドゴッ。


「ぐっ!」


 盾が右手の指に入った。

 鉄棒が手から抜け、重い音を立てて地面へ落ちる。


 自分の手を見る。

 指が痺れている。

 うまく握れない。

 足元には鉄棒が転がっている。


 小盾の男はそれを拾わない。

 蹴り飛ばしもしない。

 ただ、俺を見ている。

 次の動きを待つように。


「……拳でも戦える」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 鉄棒がなくても戦える。

 殴れば潰せる。掴めば折れる。

 体格も力も、こっちが上だ。


 拳を握る。

 小盾の男が少しだけ姿勢を低くした。

 俺は踏み込み、右拳を振る。

 小盾の男は外へずれた。

 拳を受けず、盾を添えて方向だけを変える。

 拳が流れ、空を切った。

 ばしん。

 左膝。


「ぐっ……!」


 まただ。

 なぜ、そこばかり来る。


 この膝の古傷は誰にも言っていない。

 さっき一度当てられ、そのとき声が漏れただけだ。

 それだけで、こいつは見破りやがった。


 ばしん。

 また左膝。

 今度は少し下、膝当ての縁だった。

 響く。

 いや、響くように当ててきやがる。


 拳を振る。

 当たらない。

 ばしん。

 また左膝。

 今度はさっきとは少し違う位置へ入り、さらに痛みが増した。

 回数を重ねるごとに正確になっている。


「てめぇ、何者だ……!」


 小盾の男は答えない。

 ただ、盾を構えている。


 軽い革の小盾。

 弱い打撃。

 なのに、嫌な場所だけを叩いてくる。


 他の奴らにもそうだった。

 鼻。

 顎。

 手。

 膝。

 そこを叩けば人間がどうなるかを、戦いながら見ていた。


 いや、見ているだけじゃない。

 気づいた瞬間から使っている。

 一度効けば、次にはもう狙ってくる。


 背筋に冷たいものが走った。


 強い騎士は知っている。

 強い傭兵も知っている。

 力のある魔物も知っている。

 だが、これは違う。


 こいつは弱い。

 打撃は弱い。

 盾も弱い。

 体も弱い。

 なのに、嫌だ。

 ひどく嫌だ。

 逃げ場がない。


 俺は踏み込んだ。

 左膝が痛むが、構うものか。

 拳を振る。


 小盾の男は下がらない。

 前へ出て、低く懐へ入ってくる。


 来る。

 やめろ。


 ばしん。

 左膝。


「っ、ぐぁ……!」


 膝が、がくりと落ちた。

 耐えろ。

 立て。

 だが、力が入らない。

 片膝をつき、顔が下がる。


 その瞬間、狙いが変わった。

 まずい。

 顎だ。


 ドゴッ。

 頭が揺れ、視界が白くなる。


 腕を伸ばす。

 掴め。

 掴んで潰せ。

 だが、小盾が手を滑らせ、指が空を掴んだ。


 また来る。

 やめろ。


 ドゴッ。

 二発目。

 奥歯が鳴り、体が後ろへ揺れる。


 まだだ。

 落ちてたまるか。


 最後の力で拳を振る。

 小盾の男がわずかに下がった。

 拳が空を切り、体が流れる。

 戻れない。


 次が来る。

 わかるのに、止められない。


 小盾の男が踏み込む。


「やめ……っ!」


 顎。

 ドゴッ。

 三発目。


 音が頭の中で響いた。

 足の痛みが消える。

 手の痺れも消える。

 洞窟の音が遠くなる。


 最後に思った。

 よかった。

 これで終わりだ。

 この化け物との戦いも。


 視界が暗くなる。

 地面が近づく。


 倒れる直前、小盾の男が横へずれた。

 倒れる体にすら当たらない。

 徹底している。


 化け物め。


 そこで意識が切れた。

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