第42話 モブ、隠れ家に侵入する
街道を外れ、草の伸びた細道を進む。
崩れた石垣と枯れた井戸を越えると、その裏に岩肌が見えてきた。
普通なら、ただの岩場にしか見えない。
だが、近づけばわかる。
草に隠れて、人1人が通れる程度の横穴が開いている。
隠れ家の入口だ。
「こんなところに……」
ソウゴが息を呑む。
「普通なら見つからないでしょうね」
ユーフェリアも小声で言う。
そうだ。
普通なら見つからない。
だが、プレイヤーは普通ではない。
草の裏も、滝の裏も、岩の陰も、怪しい壁も全部調べる。
何もなくても調べる。
だいたい本当に何もない。
だが、今回は当たりだ。
「入口に2人いる」
鍛冶屋が低く言う。
洞窟の前、岩陰に護衛が2人立っている。
黒い革の肩当てをつけた、ロウグ商会の護衛だ。
当たりだ。
ここで騒がれると、中に伝わる。
こちらへ誘き寄せてから倒す。
俺が小石に手を伸ばしたとき、ユーフェリアが1歩前に出た。
「私が眠らせます。声を上げられる前に」
「できるのか」
「できます。祈りは、傷を癒やすだけではありません」
ユーフェリアが静かに手を合わせる。
淡い光が地面を這うように広がり、洞窟の入口へ伸びていく。
護衛の1人が、はっと顔を上げた。
「何だ……?」
次の瞬間、膝から崩れ落ちる。
もう1人も壁に手をつき、そのまま眠った。
かなり静かだ。
「便利だな」
「便利ではありません。加護です」
「便利な加護だ」
「そういう言い方をしないでください」
だが、便利だ。
雑魚処理に使える。
ただし、強い相手や警戒している相手には通りにくいらしい。
今回は不意打ちで、相手も入口番だったから通った。
ボスには通らない。
たぶん。
「ユーフェリア様、すごいですね」
ソウゴが素直に言う。
「ありがとうございます。でも、何度も使えるものではありません。特に相手が強く警戒していると、祈りが弾かれることもあります」
制限があるのは信用できる。
万能はだいたい罠だ。
「次の敵は俺がやる」
「無理はしないでください」
「しない」
「無理の基準が伝わっているか不安です……」
不安でも進む。
入口の護衛を寝かせ、俺たちは洞窟へ入る。
中は暗く湿っていて、岩肌には古い木材が組まれていた。
鉱山跡の横穴だ。
「埃っぽいな」
鍛冶屋が鼻をすする。
足元には荷車の跡があり、壁には松明が並んでいる。
奥からは複数の人間の気配もする。
ここだ。
ロウグが証拠を隠すなら、ここしかない。
「この先に古い鉄扉がある」
記憶を頼りに進むと、崩れた旧坑道の手前に錆びた鉄扉が見えてきた。
鍵がかかっている。
普通なら敵を倒して鍵を手に入れ、ここまで戻って開ける。
面倒だ。
「鍛冶屋」
「あ?」
「頼む」
「俺を何だと思ってる」
「鍛冶屋だ」
「間違っちゃいねえな」
鍛冶屋は腰から細い鉄具を取り出し、錠前へ差し込む。
かちゃ。
かちゃり。
すぐに鍵が開いた。
「本当に開けられるんだな」
ソウゴが驚く。
「錠前を直すのも鍛冶屋の仕事だ。開け方くらい知ってる」
現実は便利だ。
扉の奥には、本道を避ける横道がある。
ここを使えば見張り2人との戦闘も飛ばせる。
戦闘を飛ばせれば、それだけ死ににくい。
俺たちは横道を進む。
狭く湿った道で、天井も低い。
その先に、荷置き場が見えてきた。
木箱や樽、布をかけられた荷が積まれ、その間を何人もの護衛が動いている。
俺は手で全員を止め、物陰から中を確認する。
右に2人、左に1人。
奥には4人いる。
さらに、大きな木箱の前に背の高い男が立っている。
手にしているのは棍棒ではなく、太く長い鉄棒だ。
一般護衛より明らかに強い。
中ボス配置だ。
そのさらに奥に、ロウグがいる。
上等な服に指輪、強い香水の匂い。
だが、昨日より顔色が悪い。
護衛たちに荷物を運ばせている。
青白い結晶と、盾が見える。
そして、布に包まれた長いもの。
形でわかる。
錆びた長剣だ。
俺の初期武器。
ロウグは許せない。
かなり許せない。
「急ぎなさい」
ロウグが低く言う。
「騎士団が正式な手続きを踏む前に、荷を移します。あの者たちは愚かではない。いずれここへ辿り着く可能性がある」
辿り着いている。
もういる。
会話イベントを踏んでおいてよかった。
やはり、その隙に荷を動かしていた。
正解だ。
ロウグの横には、ひときわ大きな護衛が立っている。
黒い外套に大剣。
何も言わず、周囲を見ている。
鉄棒の男より静かだ。
それだけで、そちらの方が強いとわかる。
たぶん、逃走用の切り札だ。
でも雑魚。
ボスではない。
ならグラントに任せる。
配置は合っている。
「ここからは俺1人で進む」
「大丈夫ですか?」
ユーフェリアが不安そうに聞く。
問題ない。
見張りの感知範囲はわかっている。
松明の明かり、足音、視線の向き、巡回の間隔。
全部、記憶通りだ。
左の岩陰を抜け、次に荷箱の裏へ入る。
そこで3拍待てば、巡回が背を向ける。
その瞬間に進む。
それで完璧だった。
「へっくしょい!」
鍛冶屋が盛大にくしゃみをした。
洞窟中に響く。
「……すまねぇ」
鍛冶屋が鼻をこする。
現実はクソだ。
鉄棒の男がこちらを向く。
護衛たちも一斉に振り返った。
ロウグの目が見開かれる。
「なぜ……なぜ、ここに!?」
「1万時間やった」
「何を言っている!」
やはり伝わらない。
ロウグは1歩下がるが、すぐに俺たちを見回す。
ソウゴ、ユーフェリア、俺、鍛冶屋。
さらに、入口番が来ていないことまで確認した。
状況を見るのが早い。
嫌な商人だ。
「……なるほど。聖女ユーフェリア様に、継承者ソウゴ様」
ロウグの笑顔が戻る。
かなり嫌な笑顔だ。
「これは思わぬ幸運です。盾や剣どころではない。うまく扱えば、よい商売になる」
ソウゴの顔が変わり、ユーフェリアの表情も硬くなる。
俺も、ロウグを見る目を少し変えた。
装備を奪うだけではない。
人間まで商品に見えているらしい。
かなり嫌な敵だ。
「捕らえなさい。聖女と継承者は傷をつけすぎないように」
ロウグは俺と鍛冶屋を見る。
「ほかの2人は殺して構いません」
はっきり言った。
このイベントは、もう会話では終わらない。
鍛冶屋が低く唸る。
ソウゴも剣に手をかけ、ユーフェリアは祈りを構える。
俺は革の小盾を握った。
ロウグはすでに後ろへ下がっている。
大剣を持った護衛が、その前へ出た。
鉄棒の男も肩に武器を担ぐ。
「会長、こっちは任せろ」
「頼みましたよ。私は一度戻ります。荷はあとで回収します。まずはこちらの証人たちを処理しなさい」
ロウグと大剣の護衛が、奥の通路へ向かう。
地下通路。
グラントを配置した場所だ。
予定通り。
「侵入者だ! 捕らえろ!」
鉄棒の男が大声を上げる。
洞窟中に怒号が響き、奥の護衛たちが一斉に武器を抜いた。
眠りはもう間に合わない。
隠密失敗。
戦闘開始だ。
最悪だ。
だが、ロウグは予定した逃走ルートへ向かった。
作戦自体は当たっている。
俺は一瞬で周囲を見る。
横道の出口は狭く、右には樽、左には低い岩と荷箱がある。
後ろにはソウゴ、ユーフェリア、鍛冶屋。
全員いる。
「ソウゴ、ユーフェリア、鍛冶屋」
「何だ!」
「ここを守れ」
俺は横道の出口を指す。
「正面から来る敵だけ対処しろ」
「残りは!?」
ソウゴが叫ぶ。
焦っているが、逃げてはいない。
俺は革の小盾を構える。
小さくて軽く、防御性能は低い。
だが、パリィには使えるし、盾で殴ることもできる。
敵は多い。
それでも、全部を同時に相手にする必要はない。
乱戦は事故る。
なら、乱戦にしなければいい。
局所的に1対1を作る。
それだけだ。
「残りは」
俺は言う。
「倒す」




