第40話 モブ、作戦を伝授する
「隠れ家へ行く」
ロウグ商会での会話を終え、俺たちは騎士団の詰所に集まった。
会議イベントだ。
「隠れ家?」
ユーフェリアが聞く。
「隠れた家だ」
「それはわかります」
わかるのか。
じゃあなぜ聞く。
「そんなもの、あるかどうかわからないでしょう」
「いや、あるはずだ」
グラントが口を挟んだ。
「え?」
「ロウグについて調査したことがある。そのときに、奴が隠れ家を持っているという情報を得た」
「調査、ですか」
「ああ。違法で悪辣な取引の被害者から嘆願があった。だが、決定的な証拠がなく、隠れ家の場所もわからないまま今日に至る」
グラントが渋い顔をする。
わかる。
悪徳商人はしぶとい。
「場所はわかる」
「何?」
商人NPCが使う隠れ家で、ここから近いのは1か所しかない。
俺は机の地図を指す。
「ここに洞窟がある。そこが隠れ家だ」
「洞窟ねぇ。おいグラント、知ってるか?」
「いや。我々は把握していない」
それはそうだろう。
騎士団は街道を歩く。
だが、プレイヤーは探索する。
道を外れ、隅から隅まで歩いて、何もなさそうな壁まで調べる。
そして発見する。
「では、我々が向かおう」
グラントが地図を見る。
「騎士団に濡れ衣を着せられたのだ。大義名分はある」
「騎士団は動かすな」
ソウゴとユーフェリアが俺を見る。
グラントも少し目を細めた。
「理由は?」
「大人数で行くと逃げる。ロウグは商人だ。戦闘開始前に逃走するタイプだ」
「それはあり得るな。隠れ家を捨て、別の場所へ移るかもしれん」
「ああ」
「では、騎士団は動かさない方がいいと?」
「違う。少なすぎると数的不利になる。数的不利は事故る」
グラントが腕を組む。
「ふむ」
俺は机の上にあった紙を引き寄せ、炭筆を取った。
「逃走ルートだけ塞ぐ」
洞窟の構造を描いていく。
正面の横穴から、崩れた旧坑道、水路、苔むした段差、奥の荷置き場。
さらに隠し通路と、洞窟の外へ抜ける細い裂け目まで書き込む。
グラントの目が細くなった。
ソウゴが息を呑み、ユーフェリアも黙って地図を見る。
鍛冶屋は紙を覗き込んで低く唸った。
「いいか。表から大勢で行けば逃げる。裏から入れば待ち伏せがある。水路を塞がないと、荷物だけ残して逃げられる。隠し通路も放置できない」
商人系NPCは、逃走経路が1つでも残っているとだいたい消える。
かなり面倒な場所だ。
「西側の細道に2人。水路に1人。ここの段差にも1人」
地図を順番に指す。
「ここは見張るだけでいい。踏み込まない。逃げてきたら止める」
最後に地下通路を指した。
「ここはグラントが塞ぐ」
「私が?」
「ああ。ここが一番危ない。逃げ道でもあり、増援路でもある」
「なるほど」
グラントは地図を見て頷いた。
「わかった」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ユーフェリアが声を上げる。
「モブを信用していないわけではありませんが、本当にこの地図は正確なのですか?」
「正確だ」
「だとしたら、なぜここまで詳しく洞窟のことを知っているのですか?」
「1万時間やった」
「出た! わかりませんから?!」
ユーフェリアがグラントを見る。
「グラント卿も、何か言ってください!」
グラントは姿勢を正した。
「『全力を以ってモブ殿の道を切り開くこと』。そう我々は誓った」
ユーフェリアが固まる。
「ならば、我々は応えるのみだ。たとえそれが茨の道であろうとな」
いい。
かなりいい。
ルート開通NPCとして完璧だ。
「納得するのですか!?」
「いや、だが、モブ殿ならば……」
「そこで納得するのが一番おかしいです!」
なぜだ。
パッシブ称号効果だ。
たぶん。
「剣を交えた者同士、通じるもんがあるんだろ」
鍛冶屋が口を挟む。
「わかりません!」
「いや、俺にはわかる。漢と漢ってやつだ。グラントはモブの異常さを肌で知ってる。だから信じる」
「わからないでください!」
漢と漢かは俺にもわからない。
だが、そういう補正もあるのかもしれない。
グラントが少しだけ表情を改め、ユーフェリアへ向き直る。
「ただし、我らが誤った道へ進みそうになった時は、聖女殿に正しい道を照らしていただきたい」
「私が、ですか?」
「はい。モブ殿の道は、時に我らには見えぬ。だからこそ、光が必要だ」
ユーフェリアは少し戸惑ったあと、静かに頷いた。
「……わかりました。私にできることなら」
「ああ」
俺も頷く。
「光源は大事だ」
「今、そういう話ではありません」
「道を間違えると死ぬ」
「……そこは、少しだけ同じかもしれません」
ソウゴは地図をじっと見ていた。
「俺は……」
小さな声だ。
だが、まっすぐだった。
「俺は、何をすればいい?」
「何度も言っている。主人公だ」
「主人公……」
「お前がいないと進まない」
ソウゴが息を呑む。
「進むのは、お前だ」
しばらく地図を見つめたあと、ソウゴが強く頷いた。
「ああ。進む」
主人公が進めば、イベントは進む。
詰まない。
「じゃあ、俺は何だ?」
鍛冶屋がニヤニヤしながら太い腕を組んでいる。
「鍛冶屋は鍛冶屋だ」
「おい、それだけかよ?」
「あと、誤操作するとブン殴ってくる」
鍛冶屋に話しかけようとして攻撃する。
敵対して殴り返される。
あるあるだ。
鍛冶屋は一瞬黙り、それからにやりと笑って腕をまくった。
「そりゃあいい」
かなり太い。
誤操作したら死ぬ。
たぶん。
グラントは地図を見ながら確認する。
「大部隊は動かさない。見張りに必要な者だけを配置し、踏み込むのは我々少数」
「ああ」
「ロウグ本人はどうする?」
「どっちでもいい」
俺は答える。
「装備が戻ればどうでもいい」
「我々としては捕らえておきたいのだが」
「俺は1発ブン殴っておきてぇ」
「まかせる」
そこで思い出す。
「ボス戦になったら別だ」
ソウゴが苦笑し、ユーフェリアが小さくため息をつく。
グラントはなぜか少し楽しそうだった。
「では行こう。隠れ家へ」
鍛冶屋も立ち上がるが、少しふらついた。
ユーフェリアが支えようとすると、手で制する。
「俺も行く」
「駄目です。怪我をしているのですよ」
「俺の仕事を盗られたんだぞ。黙って待ってられるかよ」
「だが、死なれると困る」
鍛冶屋が眉を上げる。
「心配してくれてんのか?」
「小盾が手に入らなくなる」
「やっぱり腹立つな、お前」
「モブ!」
ユーフェリアが俺を睨む。
だが、事実だ。
小盾も錆びた長剣も鉱山結晶も、鍛冶屋がいないと困る。
「鍵や扉はどうすんだ」
「鍵や扉?」
「洞窟には古い鉄扉と錠前があるんだろ。開けられるのか」
鍛冶屋は鼻を鳴らす。
「錠前を直すのも鍛冶屋の仕事だ。開け方くらい知ってる」
普通なら敵を倒して鍵を手に入れ、それから扉を開ける。
そこを飛ばせる。
ショートカットだ。
「なら必要だ」
「ガハハ、現金な野郎だぜ!」
鍛冶屋が俺の肩をばんばん叩く。
痛い。
HPは減っていないが、減ってもおかしくない威力な気がする。
ユーフェリアがまだ心配そうな顔をしている。
「心配ない。鍛冶屋はたぶんソウゴより強い」
「え!?」
「ラリアットがある」
「らりあっと……?」
「またツベコベ言ってる……」
だが事実だ。
鍛冶屋と敵対すると死ぬ。
鍛冶屋が腕をまくり、にやりと笑った。
「若いのより強いかは知らねえが、逃げ足だけの商会護衛にやられるほど老いちゃいねえよ」
「頼もしい」
「任せろ」
グラントが立ち上がる。
「決まったな。では、私も準備をする。あとで落ち合おう」
準備か。
俺は投擲用の石袋に手を入れる。
1スタックある。
剣も盾もない。
だが、石はある。
グラントもソウゴもユーフェリアもいる。
鍛冶屋までいる。
悪くない。
味方が増えた。
報酬がいいルートだ。
だがもうひとつやることがある。
「グラント、もう1つ頼みがある」
「何かな?」
「盾を貸してくれ」




