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第39話 モブ、商会長と会話する

「ロウグ商会へ行く」


 俺は言った。


「けど、正面から行くと逃げるんじゃないか?」


 ソウゴが聞いてくる。


「ああ」

「じゃあ、なんで正面から?」

「会話イベントを踏む」

「会話イベント……?」

「踏んでおいた方が報酬が増える」


 ソウゴは少し困った顔をする。

 ユーフェリアも額に手を当てている。


 だが、これは大事だ。

 商人イベントは、だいたい強硬策になる。


 証拠を見せる。

 言い逃れされる。

 追及する。

 逃げられる。

 隠れ家に行く。


 そういう流れだ。


 会話で倒せる商人は、だいたい商人ではない。

 商人系NPCは証拠を見せても倒れず、むしろ嫌な顔で反撃してくる。


 だが、そこで会話を飛ばすと後の報酬が減る。

 隠し会話や追加証拠、協力者、称号。

 そういうものがある。


 だから踏む。

 踏んでから殴る。


 いや、殴るかどうかは状況次第だ。

 たぶん。


「では、まず正面から話をするのですね」


 ユーフェリアが確認する。


「ああ。だが話をするだけだ。蹴るな」

「蹴りませんよ!?」


 グラントも頷く。


「正面から行くなら、私も同行しよう。騎士団として、証拠の確認に立ち会う」

「助かる」

「ただし、ロウグは簡単には認めんだろうな」

「それでいい。イベントを踏むだけだ」

「……そうか」


 グラントは少しだけ苦笑した。


 俺たちはロウグ商会へ向かう。

 王都の表通りに建つ大きな建物で、窓は磨かれ、随所に金の装飾が入っている。

 人の出入りも多い。


 表の顔はかなりきれいだ。

 戦闘イベントは起きないタイプの建物だ。

 商人イベントという感じがする。


 中へ入ると、番頭らしい男が慌てた。

 ユーフェリア、ソウゴ、グラント、鍛冶屋、それに俺。


 客としてはかなり変だ。


「ロウグ商会長に会いたい」


 グラントが言う。

 番頭は顔を引きつらせたが、すぐに奥へ走っていった。


 待つ。

 また待機時間だ。

 現実にはスキップがない。


 しばらくして、ロウグが現れる。

 昨日と同じ笑顔に、上等な服。指にはいくつも指輪をつけ、香水の匂いも強い。


 金を持っているNPCだ。


「これはこれは、グラント卿。聖女ユーフェリア様、ソウゴ様、名誉騎士殿まで。何か御用でしょうか」


 白々しい。

 かなり白々しい。


 ソウゴの拳が握られる。

 ユーフェリアは静かに息を整え、鍛冶屋は何も言わない。

 だが、目が怖い。


「ロウグ商会長」


 グラントが机の上に白狼の留め具を置く。


「今朝、鍛冶屋が襲撃された。そこで見つかったものだ」


 ロウグの笑顔は崩れない。


「ほう。騎士団のものでは?」

「古い型だ。以前、廃棄を貴商会に任せた備品の一部と見られる」

「なるほど。では、廃棄品がどこかへ流れたのでしょう。古い金具など、いくらでも出回りますからな」


 さらりと言った。


 やはりだ。

 会話では倒れない。


 グラントが黒い革片も出す。


「こちらは、貴商会の護衛の肩当てと見られる」

「見られる、ですか」

「鍛冶屋が確認した」


 鍛冶屋が低く唸る。


「俺が何度も直した。間違いねえ」

「なるほど。では、その護衛を連れてきてください」


 ロウグは穏やかに言った。


「当商会の護衛だというなら、名前があるはずでしょう。本人を確認し、話を聞く。それが筋では?」


 嫌な正論だ。


「覆面だった」


 ソウゴが言う。


「つまり、誰かはわからないと」


 ロウグは小さく首を傾げた。


「それでは困りますな。黒革の肩当てなど、王都にはいくらでもあります。当商会のものだと断じるのは、少々無理があるのでは?」

「あなたがやらせたのではないのか」


 ソウゴが声を上げた。


「ソウゴ様」


 ユーフェリアが小さく制する。


 だが、ロウグは笑った。


「お怒りはごもっとも。しかし、私を責める前に、まずは騎士団の管理を問うべきでは? 騎士団の廃棄備品が、なぜ襲撃現場に落ちていたのか。そちらの方が重大ではありませんかな」


 グラントの目が少し細くなる。


「それとも、鍛冶屋殿が何かを隠している可能性は? 預かった品を失い、その責任を他者へ向けたい。そう考える者がいないとは限りません」

「てめぇ……」


 鍛冶屋が一歩前へ出る。


 俺は手を上げた。


「止まれ」

「あ?」

「会話イベント中だ」

「何だそりゃ」

「まだ殴るところじゃない」

「……なんだそりゃあ」


 鍛冶屋は歯を食いしばったが、止まった。

 ラリアットで殴るタイプの鍛冶屋が、まだ殴っていない。

 進歩だ。


 ロウグが俺を見る。


「それに、名誉騎士殿でしたかな」

「ああ」

「昨日も申し上げましたが、その剣と盾に価値があるなら、適切な管理が必要です。もし盗まれたというなら、それは不幸なことです。しかし、だからといって当商会を疑われても困ります」

「盗んだのはお前か」

「いいえ」


 即答だった。

 嘘かどうかはわからない。


「そうか。わかった」


 ロウグが意外そうに俺を見る。


 嘘か本当かなど、どっちでもいい。

 イベントを踏むのが重要だ。

 嘘だったらイベントが進む。

 本当でも、違う形でイベントが進む。


「では、こちらで倉庫を確認させてもらう」


 グラントが言う。

 ロウグは少しだけ眉を上げた。


「倉庫? 当商会の倉庫を、ですか?」

「ああ」

「正式な令状は?」


 グラントが黙る。


 ロウグは笑った。


「騎士団長ともあろう方が、証拠不十分のまま商会の倉庫を調べると? それは少々、乱暴ではありませんかな」


 嫌な正論その2だ。


「もちろん、正式な手続きを踏んでいただければ、こちらも協力いたします。ただし、その間に商会の業務が止まる。取引先に迷惑がかかる。教会への支援にも影響が出るかもしれません」


 ユーフェリアの表情が硬くなる。


 また教会への融資と寄付だ。

 ロウグは、そこを突いてくる。


「私は争いを望みません。皆様のためにも、ここは冷静に、正しい手続きで進めましょう」


 言葉だけなら正しい。

 だが、その正しさで時間を稼いでいる。


 見事だ。

 かなり嫌な商人だ。


 ソウゴは悔しそうに唇を噛み、ユーフェリアも黙っている。

 グラントもすぐには動けない。

 鍛冶屋だけは今にも殴りそうだ。


 俺は頷いた。


「わかった」

「モブ!?」


 ソウゴが驚き、ユーフェリアもこちらを見る。

 ロウグの笑顔が少し深くなった。


「ご理解いただけて何よりです」

「ああ。会話イベントは完了だ」

「……会話?」

「次に行く」


 ロウグの笑顔が一瞬だけ止まる。


 俺は背を向けた。

 ロウグ商会を出る。

 背後でロウグが何かを言ったが、聞かない。


 表通りを少し離れたところで、俺たちは足を止める。


 ソウゴがグラントに言う。


「グラント卿、正式な手続きを踏んでもらえませんか?」

「正式な手続きを踏めば、時間がかかる。そもそも通るかもわからぬ」


 ソウゴが拳を握る。


「悔しいな。あんなふうに言われて、何もできないなんて」

「できる」

「え?」

「次のイベントだ」


 俺は言った。


「ロウグが犯人なら、このあと証拠を動かす」

「どこに?」

「隠れ家だ」


 イベント会話は終わった。

 次は探索だ。


「隠れ家へ行く」

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