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第4話 モブ、ボス部屋に辿り着く

 低く、濁った音。

 巡礼路の鐘番がこちらに気づいた合図だ。


 これを聞くと、奥の敵が一斉に起きる。

 普通に進んでいたら地獄。

 しかし、走り抜けルートではむしろ利用する。


 敵が起き上がる位置と、こちらが通過するタイミングがずれるからだ。


 このゲームは本当に性格が悪い。

 だが、性格の悪さにはパターンがある。

 パターンがあるなら、攻略できる。


「次、右に曲がる!」


 俺は叫んだ。

 ソウゴが前方を見た。


「右は行き止まりだ!」

「ひびの入った壁がある!」

「それがどうした!」

「壊せる!」

「壊せるようには見えない!」

「俺もそう思う!」


 右の小部屋へ飛び込む。


 正面には、崩れかけた石壁。

 うっすらとひびが入っている。


 ゲームなら攻撃1発で壊れる隠し通路。

 ただし、筋力が5いる。

 俺の筋力は2。

 無理だ。


 黒鉄の処刑騎士は、急所と姿勢崩しでどうにかした。

 だが、壁には急所がない。


 クソが。


「ソウゴ!」

「何だ!」

「ここを斬れ!」

「いきなり言われても――」

「斬れ! できなきゃ後ろから全部来る!」


 通路の奥から、複数の足音が迫っていた。


 巡礼者。

 獣犬。

 弓兵。

 ついでに鐘番。


 全部来る。

 全部来たら死ぬ。


 ソウゴは一瞬だけ迷った。

 だが、すぐに剣を構えた。


 白髪の少年の右手に、王冠の紋様が淡く光る。


「くっ!」


 ソウゴの剣が壁を打った。

 石壁が砕けた。


 冷たい風が吹き抜ける。

 壁の奥には、細い抜け道があった。


 さすが主人公。

 モブとは違う。


「入れ!」


 俺は真っ先に抜け道へ滑り込んだ。

 次にユーフェリア。

 最後にソウゴ。


 通り抜けた瞬間、壁がさらに崩れて道を塞ぐ。


 ショートカット成功。


「はあっ、はあっ……」


 ユーフェリアが肩で息をしていた。

 顔色は青い。


 それでも、立っている。

 思ったより根性がある。


 ソウゴは砕けた壁と、背後の敵の群れを見比べていた。


「今の道を知らなければ、完全に囲まれていた……」

「知っててもよく死ぬ」

「知ってても、だって?」

「矢が飛んでくると詰む。敵が入口に重なると詰む。そして犬がいると詰む」

「なぜ通ろうと思ったんだ?!」

「1番早いから」

「危険すぎるって!」

「雑魚と戦う方が危険だ」


 これは本当にそうだ。


 ボス戦は、パターンがある。

 1対1なら、覚えれば勝てる。


 だが雑魚戦は違う。


 敵が複数いる。

 壁がある。

 段差がある。

 カメラが暴れる。

 ロックオンが吸われる。

 変な引っかかりがある。


 勝てるはずの敵に、変な噛み合いで死ぬ。

 それが雑魚戦だ。


 だから、相手にしない。


「雑魚は倒すものじゃない」


 俺は言った。


「避けるものだ」


 まあ、正攻法ではないし、場合にもよるが。

 少なくともこの場所ではそう。


 ソウゴが唖然としていた。

 ユーフェリアも、何か言いたそうにしている。


 だが、足は止めない。

 それでいい。


 抜け道を抜けると、古い礼拝堂の2階に出た。


 下には巡礼者が6体。

 祭壇の前には、鉄鎖を引きずる大男。

 右奥には弓兵。

 左奥には犬が2匹。


 普通に降りれば乱戦。

 だが、ここも戦わない。


「手すりを越える」

「え?」


 ソウゴが聞き返した。


「下へ降りるんじゃあ……?」

「降りない。落ちる」

「落ちる!?」

「下の祭壇に乗れば落下ダメージはない」

「ダメージ?! そういう問題なのか?!」

「重要だ」


 俺は手すりを越えた。


 高さはある。

 普通なら足がすくむ。


 だが、ここは落ちる場所だ。

 死ぬ高さではない。


 たぶん。


 俺は祭壇の端に着地した。

 足に鋭い痛み。

 いや。


 ————————————

 【痛覚フィードバック調整】:戦闘終了後に処理します

 ————————————


 便利だ。

 あとで絶対ひどいことになるが、今は便利だ。


「来い!」


 俺は上へ叫んだ。

 ソウゴがユーフェリアを見た。


「ユーフェリア様、俺が先に――」

「いえ、行きます」


 ユーフェリアが法衣の裾を押さえ、手すりを越えた。


 思い切りがいい。

 ただし、着地が悪い。


「右に重心!」

「え――」


 間に合わない。


 ユーフェリアの足が祭壇の端で滑る。

 体が傾いた。


「ユーフェリア様!」


 ソウゴが今にも飛び込もうとしている。


 下には、巡礼者の群れ。


 落ちれば掴まれる。

 掴まれれば終わる。


 俺は踏み込んだ。

 彼女の手首を掴む。


 軽い。

 だが、俺の筋力は2だ。


 引き上げる力はない。

 だから引かない。


 彼女の落下方向を見越して、半歩下がる。

 勢いを殺す。

 腕ではなく、体重で受ける。


 身体制御。

 重心制御。

 姿勢補正。


 1120万ポイント分のスキルが、ここで効いた。


 ユーフェリアは俺の胸にぶつかり、そのまま倒れ込んだ。


 同時に、下から巡礼者の手が伸びる。

 指先が、彼女の法衣をかすめた。


 ギリギリだった。


「……ありがとう、ございます」

「礼はあとだと言った」

「2回目です」

「じゃあ2回目もあとだ」


 上からソウゴが飛び降りてくる。

 着地は綺麗だった。


 やはり主人公。

 初期スペックが違う。


「ユーフェリア様!」

「私は大丈夫です」


 ユーフェリアはすぐに立ち上がった。


 震えてはいる。

 だが、目は死んでいない。


 その目が俺を見た。


 さっきまでの警戒とは違う。

 恐怖も困惑もある。

 けれど、それだけではない。


「あなたは……どうして私を助けたのですか?」

「死なれると困る」

「それは、なぜ?」

「イベントが壊れるかもしれない」

「……何を言っているかわかりません」


 ユーフェリアが小さく苦笑した。


 なぜ笑う。

 俺はかなり真面目に言っている。


 イベント進行役が死ぬのはまずい。

 特に聖女はまずい。


 後半の封印解除に必要だ。

 あと、イベントで死なないはずのキャラが死ぬと、ルートがどう分岐するかわからない。


 通常プレイならむしろありなのかもしれない。

 ただ今回は初期ステ縛りで行くと決めた。

 新ルートはさすがに避けたい。


「行くぞ」


 俺は祭壇から飛び降りた。


 敵がこちらに気づく。

 巡礼者が呻く。

 鉄鎖の大男が振り返る。

 弓兵が矢をつがえる。


「まだ走るのか!?」

「当然だ!」

「この数を背に受けて!?」

「背に受けるな。追わせろ」

「違いがわからないって!」

「気持ちの問題だ!」


 俺は礼拝堂の中央を突っ切った。


 鉄鎖の大男が鎖を振るう。

 これは当たると即死級。


 だが、振り始めが遅い。

 大振り。


 見てからでは遅いが、知っていれば抜けられる。


 鎖が床を砕く寸前、俺は祭壇の影へ滑り込んだ。

 砕けた石片が背中を打つ。


 痛い。

 あとで痛い。

 今は知らない。


 そこから燭台を大回りするように走り抜ける。

 犬が飛び出してくるが、燭台に引っ掛かる。


 ソウゴが犬を牽制した。


「斬るなと言っただろ!」

「斬ってはいない!」


 確かに、剣を向けただけで当ててはいない。

 ギリギリ許す。


 ユーフェリアが後ろで祈りの姿勢を取ろうとした。


「祈るな!」

「まだ何もしていません!」

「その姿勢がもうフラグだ!」

「ふらぐとは何なのですか!」

「死ぬ前兆だ!」


 ユーフェリアが慌てて手を下ろす。


 いい判断だ。


 礼拝堂の出口が見えた。


 狭い石扉。

 その手前に、巡礼者が2体。


 1体は倒す必要がある。

 いや、倒すというより、どかす必要がある。


「ソウゴ、左!」

「また説明なしか!」

「押せ!」

「斬るんじゃなくてか!?」

「押せ!」


 ソウゴが左の巡礼者に肩からぶつかった。

 巡礼者がよろめく。


 俺は右の巡礼者を蹴る。

 倒れない。

 だが、体勢がずれる。


 隙間ができる。


「通れ!」


 ユーフェリアが先に抜ける。

 次にソウゴ。

 最後に俺。


 背後から矢が飛んだ。


 1本目は壁。

 2本目は俺の脇腹。


 避けるには遅い。

 つまり、ローリング。


 矢は無敵時間中に俺を通り抜けた。


 セーフ。

 かなりセーフ。


 通路を抜けた瞬間、俺は石扉の横にある錆びたレバーを蹴り下ろした。


 鉄格子が落ちる。

 轟音。


 敵の群れが、格子の向こうで押し寄せた。


 腐った腕がこちらに伸びる。

 だが、もう届かない。


 俺は壁に背を預け、息を吐いた。


 肺が焼ける。

 足が痛い。

 脇腹も痛い。


 あとでまとめて請求が来る。

 嫌すぎる。


 だが、突破した。


 雑魚撃破数、ほぼゼロ。

 理想的だ。


「……今のが、あなたのやり方なのですか?」

「そうだ」

「敵を倒さず、ひたすら走り抜ける」

「そうだ」

「無茶苦茶です」

「効率的だ」


 ソウゴが肩で息をしながら俺を見た。


「君は、戦いが嫌いなのか?」

「いや」


 俺は即答した。


「ボス戦は好きだ。たが雑魚は別だ」

「ボス戦?」

「処刑騎士みたいなやつだ」

「それは、何でなんだ?」

「雑魚で死ぬのは虚無だ。ボスで死ぬのは学びがある」


 ソウゴとユーフェリアが、同時に黙った。


 何か変なことを言っただろうか。

 かなり大事な話なのだが。


 ボスで死ぬのはいい。

 攻撃を覚えられる。

 タイミングを詰められる。

 次に活かせる。


 だが雑魚の事故死は違う。


 壁に引っかかった。

 犬が変な方向に跳ねた。

 矢が見えない角度から飛んできた。


 そういう死は、学びが薄い。

 だから避ける。


 俺は立ち上がった。


 通路の先に、巨大な扉がある。


 獣の頭蓋骨が飾られた、古い礼拝堂の最奥。

 ボス部屋だ。


 ようやく着いた。


 〈愚かなる司祭、ガルム〉。


 最初の本格ボス。

 多くのプレイヤーに、「このゲーム、無理では?」と思わせた序盤の壁。


 いい。


 ようやく本番だ。

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