第37話 モブ、炉に手を突っ込む
白狼の留め具が出た。
騎士団への疑いが浮かぶ。
だが、ソウゴは即座に首を振った。
声は硬いが、はっきりしている。
「そんなはずがない。グラント卿が、こんなことをするはずがない」
「私もそう思います」
ユーフェリアも頷く。
「騎士団が、預けた装備を奪うなど……」
それが信頼か願望かは、どちらでもいい。
即断は危ない。
ユーフェリアは鍛冶屋を見る。
「こちらで預かっていた騎士団の装備が、何か混じった可能性はありませんか? たとえば、以前の修理品などが」
「ねえな」
鍛冶屋は即答した。
「今、騎士団の依頼は受けてねえ。グラントのやつは顔も出さねえし、騎士団の装備も入ってねえ。この店に騎士団の留め具が落ちてる理由はない」
ユーフェリアが黙る。
ソウゴも黙った。
グラントは騎士団長で、昨日ロウグを止めた男だ。
この鍛冶屋を紹介し、盾と剣を預かろうともした。
状況だけなら、割と怪しい。
「モブ」
ソウゴが俺を見る。
「お前は、どう思う?」
ユーフェリアも鍛冶屋も俺を見ている。
これは選択肢が出る場面だ。
疑う。
信じる。
この手の選択肢を即決するとろくなことにならない。
「保留だ」
「保留?」
「ああ。この手の選択肢は、一度保留する」
「選択肢って、そういう話では……」
「ここで決め打ちすると、悪い分岐を踏む」
「悪い分岐……」
「保留すると、追加情報が出る」
「追加情報……?」
「そして報酬がいい」
ソウゴが少し呆れた顔をする。
「結局、報酬なのか?」
「ああ。報酬がいいということは、死ににくくなる」
犯人を間違えると死ぬ。
かなり大事だ。
「それに、騎士団と敵対はしたくない」
騎士団はイベント進行に大きく関わる。
敵対すると、いくつもイベントが潰れる。
一方のロウグはゲーム本編には登場しなかった。
追加コンテンツだ。
だが、ボスの予感はしない。
良くて中ボス。
何となく。
1万時間の勘だ。
だったら、騎士団とは敵対しないルートを取る。
「俺も騎士団とは敵対したくない」
ソウゴが真っ直ぐな目で言う。
主人公だ。
だが、待てよ。
騎士団敵対ルートなら、強化グラントとの再戦があるかもしれない。
それは少し悩ましい。
グラント戦は楽しい。
「……なんか、とんでもないことを考えている気がするのですが」
とんでもないことではない。
ボス戦のことだ。
「モブ、おめぇ案外小賢しいじゃねぇか」
鍛冶屋が言う。
「だが、証拠がある以上、騎士団を疑うしかねぇだろ」
「今から探す」
俺はもう一度、荒れた店内を見る。
アイテムハイライトを意識して、他に手がかりがないか探す。
白狼の留め具だけか。
いや、違う。
炉の灰の奥に、もう1つ淡く光るものがある。
俺は灰の中へ手を入れる。
「モブ!」
「おい、まだ熱いぞ!」
結構熱い。
だが、これは攻撃判定ではないからHPは減らない。
ならいい。
灰の中から、小さな黒い革片を拾い上げる。
端には金具が残り、表面は焼け焦げていた。
「追加情報だ」
「本当に出た!?」
ソウゴが驚いている。
出る。
こういうものだ。
「これも見てくれ」
鍛冶屋に革片を渡す。
「また何かあったのかよ……」
鍛冶屋は受け取ると、すぐに眉を寄せた。
「こいつは……ロウグ商会の護衛のやつだ」
「ロウグ商会の?」
ソウゴが身を乗り出す。
「ああ。この黒革に、縁の金具。裏の打ち方もそうだ。どこにでもありそうなもんだが、間違いねえ」
「ですが、なぜそんなものがここに……?」
ユーフェリアが聞く。
鍛冶屋は鼻を鳴らした。
「俺が1人殴った」
「殴ったのですか?」
「殴った。覆面の1人が炉に近づいたときに、肩を掴んで殴った。そのときに引きちぎれたんだろうよ」
なるほど。
それなら自然だ。
鍛冶屋が強いのは当然だ。
ゲームでも、店の奥から出てきて太い腕でラリアットしてくることがある。
鍛冶屋に敵対してはいけない。
あれは死ぬ。
というか、死んだ。
「1人、倒したのか?」
ソウゴが驚いている。
「倒しちゃいねえ。吹っ飛ばしただけだ」
「十分すごいと思うが……」
「炉の前で仕事してる鍛冶屋を、ただの爺だと思ったんだろうよ。見る目のねえ連中だ」
鍛冶屋は強い。
この世界でも実証された。
鍛冶屋は白狼の留め具をもう一度手に取った。
「それにこいつも……さっきは騎士団のもんだと言ったが、妙だ」
「妙?」
「ああ。形は騎士団のもんだ。だが、古い。今の騎士団の留め方とは少し違う。盗んだか、拾ったか、それとも古い装備から外したか」
鍛冶屋が顔をしかめる。
「少なくとも、今朝ここへ落ちるようなもんじゃねえ。わざと置いたんだろうよ。騎士団に罪をかぶせるためにな」
ロウグの線がかなり濃くなった。
だが、まだ完全確定ではない。
証拠はある。
それでも本人確認はいる。
この手のイベントは、怪しくない方から行く。
先に味方の疑惑を潰した方が、分岐が安定する。
「グラントに会う」
「ロウグ商会ではなくですか?」
ユーフェリアが聞く。
「ああ」
「なぜですか?」
「怪しくない方が先だ」
「怪しくない方……」
「味方の疑惑を放置すると、後で面倒な分岐になる」
「分岐って……」
「分岐は大事だ」
ソウゴは少し考えてから頷いた。
「わかった。グラント卿に確認しよう」
「その後だ」
「その後?」
「ロウグ商会に行く」
ソウゴの目が鋭くなる。
「ああ。取り返す」
ユーフェリアも頷いた。
鍛冶屋は傷だらけのまま立ち上がる。
「俺も行くぞ」
「え、傷は大丈夫なのか?」
「大したことねえって言ったろ」
「無理はしないでください」
ユーフェリアが言う。
「こんなもんは無理に入らねぇ。何も言わずに炉へ手を突っ込むのに比べりゃあな」
みんなが俺を見た。
俺のことを言っているようだ。
だが、HPは減っていない。
無理ではない。
ユーフェリアがため息をつく。
「モブ、腕をこちらに」
言われて見ると、腕が真っ赤になっていた。
「まったく、無茶をして……でも、ありがとうございます。証拠を見つけてくれて」
ユーフェリアが俺の腕を取り、治療を始める。
なるほど。
攻撃判定ではないからHPは減らない。
だが、怪我は怪我らしい。
現実は面倒だ。




