第35話 モブ、錆びた長剣を預ける
「それと」
俺は腰の錆びた長剣を抜く。
「こっちも見てくれ」
鍛冶屋が剣を受け取り、しばらく黙った。
「……これは何だ」
「錆びた長剣だ」
「それはわかってる。そういう意味じゃねえ」
鍛冶屋が剣を持ち上げる。
刃から柄まで眺め、錆を見て嫌そうな顔をした。
「こいつで戦ってるのか」
「ああ」
「何でだ?」
「初期武器だからだ」
「何だそりゃ」
「重要だ」
「重要なら、なおさらまともな剣を使えよ」
「これがまともだ」
「どこがだ」
「初期武器だからだ」
鍛冶屋がソウゴを見る。
ソウゴは首を横に振った。
次にユーフェリアを見ると、そちらも静かに首を横に振る。
なぜだ。
俺は正しいことを言っている。
「耐久値を回復してくれ」
「耐久値……折れねぇように直せってことか? まあ、直すのは簡単だ。叩き直してピカピカにしてやる」
「錆は落とさないでいい」
鍛冶屋の眉が動いた。
「何だと?」
「錆は落とさないでいい」
「何でだ……?」
「錆びた長剣だからだ」
沈黙。
鍛冶屋が黙る。
ソウゴも黙る。
ユーフェリアも黙る。
炉の音だけが鳴っている。
「……お前、剣を直したいのか、直したくないのか、どっちだ」
「耐久値を回復したい」
「つまり、長持ちさせたいが、錆は落としたくねぇ。そういうことか?」
「そうだ」
「わけがわからねぇな」
「できないのか?」
「おい、誰ができねぇって言った」
鍛冶屋は錆びた長剣をひったくるように取り、改めて刃を見る。
さっきまで嫌そうだった目が、少し変わった。
「……妙な剣だな」
「妙ではない。初期武器だ」
「いや、妙だ。錆びてるくせに芯が死んでねえ」
見る目は悪くない。
錆びた長剣は弱い。
だが、普通の剣じゃない。
俺の装備品として耐久値が設定されているからだ。
「こいつを本当に錆びたまま直せってんだな。切れ味はそのままで、長持ちだけさせてぇと」
「ああ」
「変なやつだ」
「よく言われる」
「自覚はあったのですね……」
ユーフェリアが小さく言った。
鍛冶屋は刃を指でなぞる。
「錆を落とさず、刃だけ通す。柄も締める。まあ、結晶亀の盾ほどじゃねぇが、こっちも面白え仕事ではある。いいぜ。やってやるよ」
「助かる」
俺は道具袋から砥石を取り出して差し出す。
「これを」
「なんだ? 砥石か」
鍛冶屋は受け取り、指先で撫でた。
「なかなかの砥石だな。だが、こんなもん店のを使うぞ」
「店のを使うのか」
「当たり前だ。鍛冶屋だぞ」
「現実は砥石込みのシステムなのか」
「何だって?」
「いちいち買いだめたり、ドロップ回収しなくていい。便利だな」
「鍛冶屋が砥石を持ってるのは普通だろうが」
「現実にしては頑張っている」
「褒めてんのかバカにしてんのかどっちだ?」
褒めている。
砥石管理がいらないのはかなり助かる。
砥石はだいたい想定より使う。
多めに買っても足りなくなり、店と鍛冶屋を何度も往復することになる。
「それで、いつ終わる」
「3日だな」
「3日、だと」
「どっちの反応だそりゃ。遅いと思ったんだったらブッ飛ばすぞ」
「遅いと思った」
「よしブッ飛ばす」
ゲームなら即返却される。
現実はそうはいかないらしい。
「他んとこ持ってってみろ。1か月はかかるぞ」
「1か月、だと」
そんなに攻略が空いたら死ぬ。
精神的に死ぬ。
なら3日はまだマシだ。
というか、現実の鍛冶仕事としては早いらしい。
「で、俺の仕事はどうだ?」
「早いと思った」
鍛冶屋が豪快に笑い、俺の肩をばんばんと叩く。
かなり痛い。
この鍛冶屋、たぶん筋力30くらいある。
「ならいい。じゃあ3日後にまた来い」
「助かる」
ユーフェリアも鍛冶屋に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「任せろ」
そこでユーフェリアが、何かに気づいたように顔を上げた。
「紹介が遅れてしまいましたが、私はユーフェリア。そちらがソウゴ様。そして、彼がモブです」
「おう」
今更だが、俺の名前はモブではない。
ナクトだ。
だが、訂正はしない。
攻略には関係ない。
「ええと、鍛冶屋さんのお名前は……」
ユーフェリアが聞きかけると、鍛冶屋は鼻を鳴らした。
「鍛冶屋でいい。俺の名より、俺の仕事を覚えとけ」
「ですが……」
「俺は剣を打つ。盾を直す。壊れたもんを叩き直す。それで十分だ」
職業名NPCだ。
名前より役割が強い。
もちろん俺は鍛冶屋の名前を知っている。
だが、本人が鍛冶屋でいいと言うなら、それでいい。
「鍛冶屋は鍛冶屋だな」
「お前に言われると、なんか腹立つな」
「そして俺はモブだ」
「さっき聞いた」
鍛冶屋は太い腕を組む。
「じゃあもういいな。ああ、あとグラントのやつに、たまにはてめぇで見に来いって伝えておけ」
そう言うと、中断していた作業を再開した。
俺は空になった腰を見る。
錆びた長剣がない。
落ち着かない。
これが3日続くのか。
「では、少し休みましょう」
ユーフェリアが言う。
「モブも怪我をしていますし、ソウゴ様も疲れています」
「石だ」
「はい?」
「投擲用の石を補充する」
ユーフェリアが目を閉じる。
ソウゴも遠い目をした。
「モブ、今、剣も盾も預けているんだぞ」
「ああ」
「その状態で石を補充しに行くのか?」
「ああ」
「休まないのか?」
「石のあと休む」
「順番が逆なんだよな……」
そうかもしれない。
だが、石がない。
剣もない。
盾もない。
今は選択肢がかなり少ない。
だからこそ石がいる。
石があれば敵の注意をずらせる。
逃げるための選択肢も増える。
逃げられれば死なない。
「行くぞ」
「石を補充しに、ですか?」
「ああ」
俺は鍛冶屋の扉へ向かう。
「おい、モブとか言ったな」
背中に鍛冶屋の声が飛んできた。
「何だ」
「明日来い」
「明日?」
「一晩でやってやる」
ショートカットだ。
いい。
かなりいい。
「ありがとう」
返事はない。
鍛冶屋はもう槌を振っている。
かん、かん、という音を聞きながら、俺は店を出た。
明日には小盾と剣ができる。
それまでに投擲用の石を補充する。
休憩はその後だ。
順番は大事だ。
死にゲーは、街でも油断できない。




