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第34話 モブ、亀盾を強化する

 鍛冶屋の場所は知っている。

 王都の大通りから外れた細い路地の奥。赤い屋根の薬屋を曲がり、壊れた水桶の横を通った先、煤けた石壁の前にある。


 ゲームで何度も来た場所だ。

 強化する。

 素材が足りない。

 売る。

 買う。

 また強化する。

 そして金が足りない。


 無駄に往復する。


「ここか?」


 ソウゴが古い看板を見上げる。

 看板は煤け、文字も少し剥げている。入口の扉も歪んでいた。


「良い鍛冶屋はボロい」

「ボロいのか!?」

「そうだ」

「どんな偏見ですか」


 ユーフェリアが冷静に言う。


 偏見ではない。

 強い鍛冶屋ほど、だいたい見た目が地味で、妙に奥まった場所にある。初見では通り過ぎる。

 だが、そこにいる。

 そういうものだ。


 扉を開けると、炉の火がぱちぱちと爆ぜ、奥から槌の音が響いてくる。


 かん、かん。


 鍛冶屋の音だ。

 いい音だ。

 眠くなる。


「モブ、なぜ少し落ち着いた顔をしているんだ?」

「鍛冶屋だからだ」

「鍛冶屋だと落ち着くのか?」

「眠くなる」

「眠くなるのか!?」


 ソウゴが驚く。

 ユーフェリアが小さく首を振った。


「本当に、どういう感覚なのですか……」


 奥の炉の前に、腕の太い男がいる。

 髪も髭も白いが、背中は曲がっていない。太い腕で槌を振り下ろし、目にもまだ力がある。


 強いタイプの鍛冶屋NPCだ。


「何の用だ」


 鍛冶は槌を止めずに言う。


「グラント卿の紹介で参りました」


 ユーフェリアが丁寧に答える。


「忙しい」


 即答だった。

 グラントの名前は効かないのか。


「モブ」


 ユーフェリアが俺を見る。


「名誉騎士の徽章を」


 なるほど。

 称号報酬をもう1度使うのか。


 俺は懐から、グラントにもらった白狼の徽章を取り出して差し出す。


「これだ」

「そこに置いとけ」


 鍛冶屋は見もしない。

 称号報酬が効かない。

 職人には効かないタイプか。


 いや、鍛冶屋の視線が、ソウゴの背中で止まった。


 青白い結晶を帯びた大盾を見て、槌が止まる。


「……なんだ、その盾は」


 効いた。

 称号ではない。

 盾が効いた。


 ソウゴが大盾を降ろし、床に置く。

 ごとり、と重い音が響いた。


 鍛冶屋が近づいてくる。

 徽章には目もくれず、盾だけを見ている。


「ほう」


 青白い結晶が甲羅のような曲面を覆い、その奥には黒い芯材が見える。

 鍛冶屋が表面に触れ、指で叩く。


 こん、こん、と低い音がした。


「鉱山結晶か? どうなってんだ、これ」

「結晶亀の大盾だ」

「結晶亀?」


 鍛冶屋が眉を上げる。


「お前ら、あれとやり合ったのか」

「ああ」

「生きて帰ったのか」

「ああ」

「なら大したもんだ」


 鍛冶屋は次にソウゴを見る。


「ずいぶん重そうだな」

「ああ。少し重いけど、持てる」

「持てるのと、使えるのは違う」


 その通りだ。


 装備は持てればいいわけではない。

 必要筋力が足りなければ性能が出ない。

 結晶亀の大盾は物理カット率も魔法攻撃のカット率も高いが、今のソウゴには重すぎる。

 構えが遅れ、受けが流れ、盾そのものに振り回される。


 大盾だから必要筋力はかなり高い。

 両手持ちでもランダムステ振りではまだまだ先だ。


 だが小盾にすれば別だ。


「これを小盾にしたい」


 鍛冶屋が眉を上げる。


「小盾?」

「筋力8が両手で持てるくらいだ」

「何言ってんだ?」


 鍛冶屋がソウゴを見る。


「つまり、この兄ちゃんが両手で構えて、盾に振り回されねえくらいってことか」

「ああ」


 理解が早い。

 良い鍛冶屋だ。


 ソウゴが自分の手を見る。


「両手で盾を持つのか?」

「ああ」

「それだと、剣が振れないが……」

「盾を振れ」

「盾を?」

「ああ。剣だけが武器じゃない」


 ソウゴが一瞬黙り、何かを思い出したように俺を見る。


「……そうか。モブは、小石と蹴りで戦った」

「ああ」

「なら、俺も盾で戦えるようになる」


 戦う必要はないのだが。

 ゲームにはそういうことをやる変態もいた。

 俺もその1人だ。


「攻撃的盾ビルドだな」

「盾ビルド……」

「うまくハマれば死ににくい」

「本当か!」

「ああ。敵も倒しにくいが」

「え!?」

「だが、死ななければ勝ち筋は残る」


 ソウゴは盾を見て、少し真剣な顔になる。


「なら、覚えるよ」


 主人公が変態プレイヤーになろうとしている。

 だが死ななければ俺はなんでもいい。


 鍛冶屋が結晶亀の大盾をもう1度叩く。


「いいか。正直、こいつを削るのはもったいねえ。こんな形で残ってるもんは、二度と手に入らねぇかもしれねぇ」

「レア度より死亡率だ」

「そりゃあ装備の鉄則だけどよ。これ見ちまうとな……」


 鍛冶屋は大盾をじっくり眺める。

 やがて、その目が少し楽しそうになった。


「そうだな。おめぇら、もう1回坑道へ行って結晶を拾って来れねぇか。素材がありゃあ、新しく作るぜ。この盾を見本にしてな」


 素材か。


 俺は袋を開け、鉱山結晶を取り出す。

 1つ、2つ、3つ。


 まだある。


 さらに小さい欠片、大きい欠片、青白い結晶片、黒く曇った結晶核を並べていく。


 鍛冶屋の顔が止まった。

 ソウゴも止まる。

 ユーフェリアも止まる。


「モブ……」


 ソウゴが言う。


「いつ、拾ったんだ?」

「戦闘後だ」

「かなり疲れてたようにみえてたんだが……?」

「素材収集は基本だ」


 コモン素材でも、これをやらないと後で足りなくなる。


「聞きてぇことは山ほどあるが……」


 鍛冶屋は結晶を1つ手に取る。


「これだけありゃあ、小盾を作るには十分どころじゃねえな」


 ただ、新しく小盾を作るなら他の材料も必要なはずだ。


「鉄鉱石がない」

「うちは鍛冶屋だぞ。バカにしてんのか」

「亀尾の火酒もない」

「なにに使うんだ、そんなもん」


 知らないのか。

 結晶亀の小盾の材料だ。

 まさか、現実では不要なのか。


 現実は不便だが、ときどき便利だ。


「作れるのか」

「作れる」

「なら頼む」

「おうよ。まかせな」


 ソウゴが大盾を見る。


「じゃあ、この大盾はどうするんだ?」

「そのうち使う」

「そのうち?」

「筋力20になったら両手で持てる。筋力30なら片手だ」


 筋力ビルドなら、そこまで遠くない。

 筋力ビルドなら。


「20や30がどのくらいかわからないけど……」


 ソウゴが大盾に手を置く。


「俺、強くなるよ」


 いい目だ。


 装備のためにレベルを上げるのは楽しい。

 装備できたときには、ちゃんと達成感もある。


 筋力ビルドであってほしい。


「よくわかんねぇが、目標ができたな」


 鍛冶屋が言う。


「小盾は新しく作る。結晶亀の大盾を見本にして、結晶を芯に入れる。両手持ちで、お前でも使える重さにしてやる。そんで……」


 鍛冶屋が大盾を持ち上げ、ぶん、と振る。


「縁を厚くして、重心を前に寄せる。ブン殴れるぜ」


 ソウゴが両手で扱えて、物理と魔法のカット率も高い。

 しかも武器として使える。


 理想的だ。

 序盤の最適解になる。


 目標を1つ達成した。


「それと」


 俺は腰の錆びた長剣を抜き、鍛冶屋の前に置く。


 かなり酷使した初期武器だ。

 結晶亀にも刺し、柄を蹴って押し込んだ。

 普通なら、とっくに終わっている。


 装備耐久値は仕事をした。

 それでも現実では手入れがいる。


「こっちも見てくれ」


 鍛冶屋が剣を見る。


 しばらく黙った。


「……これは何だ」

「錆びた長剣だ」


 鍛冶屋が怪訝な顔をした。

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