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第33話 モブ、乱戦を避ける

 ロウグの護衛たちが、じり、と距離を詰める。

 狙いはわかりやすい。

 ソウゴの結晶亀の大盾と、俺の錆びた長剣だ。

 金で買えないなら、次は力。

 かなりわかりやすいイベントだ。


「何をしている」


 低い声が響いた。

 人だかりが割れ、白狼の徽章をつけた鎧姿の大男が歩いてくる。


 グラント=ヴァイスハルト。

 聖王国騎士団長だ。


「グラント卿……」


 ロウグの顔がわずかに引きつる。

 護衛たちの足も止まった。


 当然だ。

 グラントは俺より強い。

 かなり強い。

 この護衛4人では敵わない。

 そこは確実だ。


 グラントは俺たちの前に立つ。


「ロウグ商会長。街路で何をしている」

「いえ、私はただ、貴重な戦利品を適切に管理すべきだと申し上げていただけです」

「結晶亀の討伐者を、街路で脅してか?」


 ロウグの表情がわずかに動く。

 周囲もざわめいた。


 グラントはもう結晶亀のことを知っているのか。

 それとも、今の会話から判断しただけか。

 どちらでもいい。


 さすが騎士団長。

 イベント理解が早い。


「結晶亀の討伐は、騎士団としても正式に記録すべき功績だ。そして、その戦利品は、聖王国騎士団の名誉騎士であるモブ殿が得たものでもある」


 ロウグの目が動いた。


「名誉騎士……?」


 グラントが俺を見る。


「モブ殿は、聖王国騎士団名誉騎士だ」


 周囲がさらにざわめく。


 ロウグが俺を見る。

 さっきまでの、ソウゴのただのおまけを見る目ではない。

 面倒なおまけを見る目だ。


 なるほど。

 称号報酬が効いた。

 装備していないのに効く。


 パッシブ称号か。


「その盾も、剣も、彼らが正当に持つものだ。騎士団の名において、無断の接収も強制買取も認めない」

「……強制などと。私はただ、交渉を」

「護衛に剣を触らせてか?」


 ロウグが黙る。

 護衛たちも剣の柄から手を離した。


 グラントはまだ剣に触れてすらいない。

 それでも十分だった。

 武力差が見えている。


 俺が戦うより早い。

 安全だ。

 かなり安全だ。


 いいNPC配置だ。


「ロウグ商会長」


 グラントの声が低くなる。


「この場は退かれよ。教会への献金や融資については、正式な場で話せばいい。街路で剣をちらつかせる話ではない」

「……承知しました」


 ロウグは笑う。

 笑っているが、目は笑っていない。


「本日は、失礼いたしました」


 ソウゴの盾を見る。

 次に、俺の錆びた長剣へ視線を移す。

 それから、ゆっくりと頭を下げた。


「また、改めて」


 黒塗りの馬車が去っていく。

 護衛たちも続き、人だかりも少しずつ散っていった。


 ソウゴが息を吐く。


「助かりました、グラント卿」

「無事で何よりだ」


 グラントはソウゴに頷き、ユーフェリアに一礼する。

 そして俺を見る。


「モブ殿。災難だったな」

「称号報酬が効いた」

「……称号報酬?」

「ああ。名誉騎士が仕事をした」


 グラントが一瞬だけ目を丸くする。

 それから、少し笑った。


「そうか。ならば、授けた甲斐があった」

「パッシブ効果だった」

「ぱっしぶ……?」


 グラントが困惑する。

 ユーフェリアは小さく息を吐いたが、今回は何も言わなかった。


 ツベコベ判定ではないらしい。


 グラントの表情が少し真面目になる。


「だが、気をつけた方がいい。ロウグは諦めがいい男ではない」

「再戦か」

「そういう意味ではない」

「ではDLCか」

「それも違います」


 ユーフェリアが即座に言った。


 違うのか。

 だが、嫌なイベントが増えたのは確かだ。

 周回前に寄り道が増える。


 最悪だ。


「モブ殿。盾と剣は、しばらく目立たぬようにした方がいい」

「無理だ」

「なぜだ?」

「盾はソウゴが装備する。剣は俺の初期武器だ」

「……そうか」


 グラントは何かを飲み込んだような顔をする。

 理解したわけではなさそうだが、受け入れたらしい。


「ならば、せめて鍛冶屋へ行け。盾は良い品だが、持ち主に合わせた調整が必要だ。剣も、かなり酷使しているように見える」


 鍛冶屋で装備を調整して、耐久も回復できる。

 いい。

 かなりいい。


「鍛冶屋か」


 装備を調整すれば、ソウゴはさらに死ににくくなる。

 周回だけなら必要ないが、今回のようなトラブルでは役に立つ。


「騎士団が懇意にしている鍛冶屋がいる。この街一番の鍛冶屋だ。よければ私が依頼しておこう。どうかな?」

「それはありがたい!」


 ソウゴが目を輝かせる。


「ええ。モブ、グラント卿にお願いしましょう」


 騎士団御用達の鍛冶屋なら悪くない。


「では、盾と……剣を」


 グラントが右手を差し出す。


「断る」


 グラントの手が止まった。

 ソウゴとユーフェリアも、揃って俺を見る。


「モブ、なぜですか?」


 理由は簡単だ。


「預けるイベントはだいたい長い」

「イベント……?」


 ユーフェリアが額に手を当てる。


 だが事実だ。

 装備を預けると、日を置けと言われる。

 時間を細かく飛ばして、何度もNPCに話しかける。

 下手をすれば、別のイベント進行まで要求される。


 錆びた長剣は初期装備だ。

 縛りプレイに必須なので、長時間なくなると困る。

 それに、錆を全部落とされてピカピカのロングソードにされても困る。

 必要装備要件を満たさなくなる。


「モブ殿には、モブ殿の考えがあるのだろう」


 理解が早い。

 優秀なNPCだ。


 いや、人間か。


「名誉騎士の徴があれば、紹介状は必要ない。直接訪ねても話は通るだろう」


 名誉騎士の徴は、イベントアイテムでもあったらしい。

 売らなくてよかった。


「では、場所だけでも教えよう」

「場所は知ってる」


 この街一番の鍛冶屋なら、あそこだ。


「……これは失礼した。差し出がましい申し出だったな」

「とんでもない! グラント卿、モブがモブなだけです」


 ユーフェリアが慌てて割り込む。


「ふふ、そうだな。モブ殿は、我らよりも遥か先を見据えているのだろうな」


 違う。

 ただ知っているだけだ。

 だが、納得してくれるならそれでいい。


「じゃあ鍛冶屋に行く」


 ソウゴがほっとした顔をする。


「よかった。休めそうだ」

「休まない」

「え?」

「鍛冶屋のあと石だ」


 ソウゴが遠い目をする。

 グラントは不思議そうに俺たちを見ている。

 ユーフェリアは、深く深くため息をついた。


 装備を調整して、投擲用の石を補充する。

 それから、あと75周。


 やることは多い。


 死にゲーは、街に戻ってからも長い。

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