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第32話 モブ、商会長に絡まれる

 ショートカットを抜け、俺たちは王都へ戻る。


 まず投擲用の石だ。

 かなり減った。

 小石袋が軽すぎて、不安になる。


「まず石だ」

「まず休憩じゃないのか?」


 ソウゴが言う。

 背中には、青白い結晶を帯びた結晶亀の大盾を背負っている。

 かなり目立つ。


 物理カット率も魔法攻撃のカット率も高い。

 重いが、マシュマロほどではない。

 つまり良装備だ。


「石を補充してから休む」

「順番が逆だと思うんだが……」

「石がないと死ぬ」

「休まなくても死ぬだろ」


 それもある。

 だが、石が先だ。


 東門をくぐると、街の空気が戻ってくる。

 人の声と馬車の音。

 石畳を行き交う足音。

 どこかから焼いたパンの匂いもする。


 腹が鳴った。


 現実はクソだ。

 腹が減る。

 だが、今は石だ。


「おい、あれ……」

「盾か?」

「鉱山結晶か?」

「嘆きの廃鉱のものじゃないか?」


 通行人の視線が、ソウゴの背中に集まる。

 かなり目立っている。


 トロフィーとしては優秀だ。


「ソウゴ様」


 ユーフェリアが小声で言う。


「少し、人目を引いています」

「ああ……そうみたいだ」


 ソウゴが少し困った顔をする。

 だが、悪い顔ではない。

 恥ずかしさと、誇らしさが混じっている。


 いい。

 かなりいい。


 成功体験は大事だ。

 成功した直後が一番危ないが。


 そのとき、黒塗りの馬車が道端に止まる。

 金の縁取りがされた、いかにも高そうな馬車だ。

 護衛も4人いる。


 かなりわかりやすい。


 イベントだ。

 しかも寄り道系。

 面倒なやつだ。


 馬車の扉が開き、上等な服を着た男が降りてくる。

 指にはいくつも指輪。

 香水の匂いも強い。

 腹もかなり立派だ。


 金を持っているNPCだ。


「これはこれは、聖女ユーフェリア様。それに、継承者ソウゴ様」


 男はにこやかに頭を下げる。

 ユーフェリアの表情が、少しだけ硬くなる。


「ロウグ商会長……」


 知り合いか。

 なら面倒だ。


「ご無事の帰還、何よりでございます」


 ロウグ商会長の視線が、ソウゴの背中で止まる。

 盾を見ている。


 目が細くなった。

 笑顔は崩れないが、目の奥だけが変わる。


「これは……見事な盾ですな。嘆きの廃鉱の鉱山結晶を用いたものですかな?」


 現物を見て価値を嗅ぎつけたらしい。

 さすが商人だ。


「廃鉱で得たものです」


 ソウゴが答える。


「ほう。あの廃鉱で。いやはや、実に美しい。これほどの結晶を用いた盾は、王都でもそう目にできるものではありません」


 ロウグが1歩近づく。


「ぜひ、私どもで買い取らせていただきたい」

「買い取り?」

「ええ。もちろん、相応の金額を出します」


 ロウグが指を鳴らす。

 護衛の1人が小箱を開けた。


 中には金貨が並んでいる。

 かなりある。


 周囲がざわめく。

 ユーフェリアが眉を寄せ、ソウゴは目を見開く。


 俺は金貨を見る。

 店で使える通貨だ。

 これだけあれば、投擲用の石を10スタック買っても余る。


 だが、盾を失えばソウゴの死亡率が上がる。


 それはだめだ。


「売らない」


 ロウグの目が俺へ向く。


「ほう。君は?」

「ただのモブだ」

「……モブ?」


 ロウグが一瞬、困った顔をする。

 それから、すぐに笑顔へ戻った。


「なるほど。護衛の方かな?」

「モブだ」

「その盾の所有者は、ソウゴ様では?」

「そうだ」

「では、なぜ貴方が盾について口出しするのかな?」

「ソウゴが死ぬと進行が止まる」


 ロウグが笑顔のまま固まる。


 ソウゴが少しだけ肩をすくめた。


「すまない。盾は売れない」

「なぜです?」

「必要だからだ」

「必要なら、もっと良い盾を用意しましょう」


 ロウグはすぐに食いつく。


「ロウグ商会には、王都でも有数の武具商とのつながりがあります。金もあります。あなた方の旅にふさわしい品を、必ず」


 もっと良い盾。


 それなら話は別だ。

 ソウゴが死ににくくなるなら、装備更新はあり。


「紺碧の大盾はあるか」

「……はい?」

「黒山羊の牢盾」

「聞いたことがありませんな」

「聖樹根の盾」

「それは、たしか伝承上の……」

「白炉の魔盾は」

「いや、それも……」

「ないのか」


 ロウグの笑顔が少し歪む。


「もちろん、名のある盾は他にもございます」

「今のソウゴが装備できて、亀盾より死ににくくなる盾が、お前の手元にはない」

「……死ににくく」

「ああ。なら売らない」


 重要なのは値段でもレア度でもない。

 死亡率だ。


 そこを間違えると死ぬ。


「失礼ながら」


 ロウグがソウゴの盾へ、もう1度視線を向ける。


「その盾は、廃鉱のどこで?」

「結晶亀との戦いのあとに残っていた」


 ソウゴが正直に答える。

 周囲がざわめいた。


「結晶亀?」

「あの坑道の?」

「本当に討ったのか……?」


 ロウグの目が、今度こそ変わる。


「結晶亀を……討たれたのですか?」

「はい」


 ユーフェリアが静かに答える。


「ソウゴ様と、このモブが」


 違う。

 ユーフェリアもかなり蹴った。


 だが、今は訂正しない。

 話が長くなる。


「では、その剣はどうでしょう」


 ロウグの視線が、俺の腰へ移る。

 そこには錆びた長剣がある。


 俺の初期武器だ。


「結晶亀を討った剣。古びてはいますが……いや、古びているからこそ、価値があるかもしれません」


 なぜ、これを欲しがる。


 ただの初期装備だ。

 錆びていて、見た目も悪い。

 攻撃力も低い。


 普通なら買い替える武器だ。


 だが、俺には重要だ。

 初期武器だからだ。


 この男には重要ではないはず。


 もしかしたら節穴なのか。

 節穴商人だったか。


「売らない」

「金額は言い値で」

「売らない」

「理由を伺っても?」

「初期武器だからだ」

「……初期武器」


 ロウグは意味がわからないという顔をする。


 わかるはずがない。

 わからなくてもいい。


「ロウグ商会長」


 ユーフェリアが静かに口を挟む。


「盾はソウゴ様を守るものです。剣はモブが手放さないと決めているものです。どちらも、こちらに必要なものです」

「もちろん、聖女様のお考えは尊重いたします」


 ロウグは丁寧に頭を下げる。

 だが、引いてはいない。


「ただ、教会の遠征費。孤児院への寄付。祈祷院の修繕費。そういったものに、当商会が長年協力していることも、どうかお忘れなきよう」


 ユーフェリアの表情が固まる。


 なるほど。

 金貸しNPCか。


 厄介だ。

 聖女は強く出にくい。


 ロウグはさらに笑う。


「それに、そのような貴重な品を一個人が所持するのは、いかがなものか。私どもで安全に管理し、必要に応じて正式な手続きを踏む。それが街のため、教会のためでもあります」


 護衛が1歩前に出る。

 手はすでに剣の柄にかかっている。


 なるほど。


 金。

 権力。

 次は暴力。


 わかりやすい。


 これは乱戦イベントだ。


 だが、乱戦は困る。

 事故が多すぎる。


 あっちを斬れば、こっちから来る。

 こっちを斬れば、あっちから来る。

 《終蝕のレガリア》は、多対1用に最適化されていない。


 結局、逃げ回りながら1対1を何度も作ることになる。

 その間にソウゴとユーフェリアが死ぬかもしれない。


「モブ」


 ソウゴが小声で言う。

 もう剣に手をかけている。


 イベントを始めようとしている。


「抜くな」

「だが」

「乱戦は事故る」

「つまり……」

「死ぬ」


 ロウグの護衛たちが、じり、と動く。


 俺は小石袋に手を入れる。

 残りは少ない。

 かなり少ない。


 ここで使いたくない。

 補充前だぞ。


 最悪だ。


 ロウグが低く言う。


「若者たち。これはお願いです。こちらも荒事は望んでいません」


 嘘だ。

 護衛がもう前に出ている。


 その時だった。


「何をしている」


 低い声がした。

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