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第31話 モブ、あと75周を決意する

 しばらく笑ったあと、ユーフェリアが涙を拭う。

 聖女としての顔を取り戻そうとしている。

 少し失敗している。


「こ、こほん。では、祈りを捧げましょう」


 そうだ。

 ボスを倒した。

 経験値が入っているはずだ。


「レベルアップだな」

「祈りです」


 ユーフェリアが祈る。

 白い光がソウゴを包む。


『ソウゴのレベルが5から7に上がりました』


 2レベルアップ。

 ボスとしては妥当だ。

 俺はステータスを確認する。


 ————————————

 名前 :ソウゴ

 レベル:7

 職業 :継承者

 生命力:8

 持久力:8

 筋力 :8

 技量 :7

 敏捷 :7

 精神 :7

 聖性 :7

 幸運 :9

 適性 :剣/聖術/レガリア

 ————————————


 筋力と持久力が上がった。

 かなりいい。

 だが、ビルドはわからない。

 いいのに、不安だ。


「どうだ、モブ?」

「筋力と持久力が上がった。かなりいい」

「本当か!」


 ソウゴの顔が明るくなる。


「石をたくさん投げたし、力とスタミナが上がったのかもな!」

「石を投げて筋力と持久力はつかない」

「なんでだよ!?」

「そういうシステムじゃない」

「しすてむ……?」


 いや、現実は石を投げると力もスタミナもつくのかもしれない。

 だとしたらステ振りを意図的にできる。

 かなり助かる。


「とにかく、これでさらに死ににくくなった」

「死ににくく……」


 ソウゴは背中の盾に手を触れ、少しだけ真剣な顔になる。


「モブ」

「何だ」

「俺は、もっと強くなる」

「ああ」

「モブみたいに」

「すでに俺より強い」

「え?」

「ステータス上はな」


 ソウゴが目を瞬かせる。

 ユーフェリアも少し驚いたように俺を見る。


 当然だ。

 生命力も筋力も持久力も、ソウゴの方が上だ。

 俺は筋力2。

 ソウゴは8。

 数値だけなら4倍だ。


「そういう意味じゃなくてだな」

「なら何だ」


 ソウゴは少し黙り、背中の盾に触れたまま崩れた結晶亀を見る。


「じゃあ……死なないようになる」


 いい顔だ。

 かなりいい。


 強くなるのもいい。

 だが、死なないようになる。

 その言い換えは、かなりいい。


 死にゲーで一番大事なのは火力ではない。

 生きて、次の入力をすることだ。

 そのために死んで覚える。


 だが、ソウゴに死なれたら困る。

 なら目標は、死なないようになることだ。


「ああ。それでいい」


 ソウゴが小さく頷く。

 ユーフェリアも少しだけ柔らかく笑った。


「それで、ここからどうやって脱出するのですか?」

「ショートカットだ」

「ショートカット……」


 ユーフェリアが坑道の奥を見る。

 崩れた結晶亀の向こうには狭い通路がある。

 古い鉱車の跡と、斜めに続く木組み。

 上へ戻る空気も流れている。


 ボス撃破後の帰り道だ。


「坑道ですから、抜け道があってもおかしくはありません。おかしくはないのですが……」

「何だ」

「モブが言うと、なんだか都合が良すぎるように聞こえてきます」

「都合がいいから使う」

「そういうところです」


 何がだ。

 ショートカットは使うものだ。

 開いた扉も、降ろした梯子も、繋がった通路も、使わない理由がない。


「1度街に戻るぞ」

「はい。さすがに疲れました」

「俺も少し休みたい」


 何か勘違いしている。


「何を言っている」

「え?」

「戻るのは、投擲用の石の補充のためだ」


 2人が固まった。


「……石?」

「ああ」

「休むためではなく?」

「石だ」

「怪我の治療でもなく?」

「石だ」

「食事でもなく?」

「石だ」


 ユーフェリアが目を閉じる。

 何かをこらえている顔だ。

 ソウゴは口を開けたまま、しばらく何も言わない。


「モブ」

「何だ」

「今の戦いのあとで、最初に気にするのが石なのか?」

「ああ。ないと死ぬ」

「死ぬのか……」


 小石は大事だ。

 投擲用の石は、もっと大事だ。

 当てれば怯みが取れる。

 外せば、現実の敵なら気を引けることもある。

 選択肢が増える。

 選択肢が減ると死ぬ。

 だから補充する。


「それで、モブ」

「何だ」

「石を補充したら……どうするんだ?」


 いい質問だ。

 次の予定を確認するのは大事だ。


「あと75周だ」


 沈黙。


 坑道の空気が止まった気がする。


「……75?」

「ああ」

「今、結晶亀を倒したよな?」

「ああ」

「レベルアップもしたんだよな?」

「ああ」

「まだ、75周あるのか?」

「まだ、じゃない。盾とボスで20周分も減ってる」


 ソウゴが頭を抱える。

 ユーフェリアも深く息を吐いた。


「モブ……」

「何だ」

「あなたは、本当に……どこまでも周回なのですね」

「ああ」


 周回は裏切らない。

 小石を投げる。

 敵を動かす。

 落とす。

 祈る。

 上げる。

 また投げる。


 それで少しずつ進む。

 死なずに進む。

 それが一番いい。


「そういえば、結晶亀との再戦はどうするんだ?」


 ソウゴが思い出したように言う。


「さっき、別の坑道に行くと言っていただろ?」

「ああ」

「それも行くのか?」


 初期武器縛りの取り返し。

 必要ではある。

 かなり必要だ。


 だが、今すぐでなくていい。

 結晶亀だしな。

 汎用ボスだ。

 逃げない。


「急がない」

「いいのか?」

「ああ。結晶亀だしな」

「基準がわからないんだが……」

「まず投擲用の石だ」

「結局、石なのか……」

「ああ」


 俺たちはショートカットを進む。

 木組みの坂を上り、古い鉱車の横を抜けると、やがて見覚えのある坑道の灯りが見えてくる。


 清浄の祠の方角だ。

 そこを過ぎれば街へ戻れる。


 石を補充できる。

 あと75周できる。


 死にゲーは、ここからが長い。

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