第30話 モブ、足跡を消される
「別の坑道に……何をしに、ですか?」
「結晶亀戦だ」
「今、倒したばかりだろ!?」
「あれは縛りが崩れた」
「縛りってなんだ!?」
「途中で小石と蹴りに変えた」
「最初から小石と蹴りだっただろ!?」
「それは第1形態の話だ。第2形態は初期武器で倒す予定だった」
「そんなこと考えてたのか?!」
「現実はクソだ」
「それはそうかもしれないが!」
ソウゴが頭を抱える。
ユーフェリアも額に手を当てる。
「モブ……あなたという人は……」
「なんだ」
「いえ、先ほど見惚れてしまったのは帳消しにしておきます」
よくわからないが帳消しにされた。
ともあれ、まず錆びた長剣を回収する。
それから別の坑道へ行く。
別の結晶亀。
初期武器縛りの取り返し。
現実は不便だ。
かなり不便だ。
だが、再戦できるなら悪くない。
たまには。
そう思って、俺は1歩踏み出す。
「あぐっ!!」
膝が落ちる。
痛い。
かなり痛い。
今まで後回しにしていた痛みが、一気に来た。
足だけじゃない。
全身だ。
落下した場所も、蹴られた場所も、蹴った場所も全部だ。
戦闘中は処理を後ろに回せていた。
ボス戦が終わった。
つまり、精算の時間だ。
現実はクソだ。
「モブ!」
ソウゴが慌てて俺を支える。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だ。HPは減ってないし、死んではいない」
「それは大丈夫とは言わない!」
ユーフェリアも駆け寄ってくる。
顔が青い。
「見せてください!」
「何を」
「怪我です!」
「大したことはない」
「大したことがあるかどうかは、私が見ます!」
ユーフェリアが俺の外套をずらし、上着の裾をめくる。
背中と脇腹。
そこに足跡がある。
かなりある。
薄いもの。
濃いもの。
斜めに入ったもの。
きれいに押し込まれたもの。
大きさも形も位置も、どう見てもユーフェリアの靴跡だった。
沈黙。
ソウゴも黙る。
ユーフェリアも黙る。
俺も黙る。
痛みの理由が、かなりわかりやすく可視化されている。
「……」
「……」
「……」
ユーフェリアは黙って俺の背中へ手を重ねた。
淡い光が落ち、痛みが少しずつ引いていく。
足跡も消えていく。
というか、ユーフェリアがすごい勢いで消している。
治療より、そっちを優先している気がする。
だが痛みは引いている。
ならいい。
助かる。
治療を終えたユーフェリアが、にこりと笑う。
聖女の笑みだ。
「ソウゴ様、モブ。大したことがなくてよかったですね」
「あ、ああ……」
ソウゴがぎこちなく頷く。
だが、視線が俺の脇腹へ落ちた。
「いや、でも、足跡が……」
「ソウゴ様」
「は、はいっ」
ユーフェリアの笑みが深くなる。
「足跡なんて、ありませんし、ありませんでした」
「……はい。ありませんでした」
ソウゴは即答した。
いい判断だ。
さすが主人公。
生存判断が早い。
「モブ」
「何だ」
「ありませんでしたね?」
「ああ。ただの打撃判定だ」
「違います」
「違うのか」
「違います」
なら違うのだろう。
足跡はなかった。
なかったことになった。
治療も終わった。
なら、報酬確認だ。
俺は結晶亀の残骸へ向かう。
青白い結晶は崩れ、黒い肉も消えかけている。
その中心に、錆びた長剣が残っていた。
柄を掴む。
今度は抜ける。
さっきはあれだけ噛んでいたのに、あっさり抜けた。
どういう仕様だ。
まあいい。
錆びた長剣を回収する。
初期武器は戻った。
かなり大事だ。
その近くに、結晶の塊が落ちている。
いや。
塊ではない。
盾だ。
『結晶亀の大盾を入手しました』
確定報酬。
ここの結晶亀を倒せば、必ず手に入る。
勝った証。
トロフィー。
しかも使える。
かなり使える。
それでいい。
それがいい。
ボスを倒す。
報酬が残る。
また進む。
そういうのがいい。
「それは……盾?」
「ああ」
俺は結晶亀の大盾を持ち上げようとする。
重い。
かなり重い。
筋力2には厳しい。
持てなくはないが、持ちたくはない。
「持っていいか?」
「構わない」
ソウゴが盾を受け取る。
少し重そうに腕が下がる。
ソウゴの筋力では必要条件を満たさない。
だが、周回が終わったころには使えるようになっているだろう。
なっていて欲しい。
「鋼鉄の盾が、結晶化してる……?」
「不思議ですね。結晶亀が呑み込んでできたのでしょうか」
そういう解釈か。
「かなり強そうな盾だな」
「強い。物理カット率が高い。魔法攻撃のカット率も高い」
「おお!」
「ただ、打撃には少し弱い。気をつけろ」
「そこは結晶亀と同じなんですね」
ユーフェリアが盾のゴツゴツに触っている。
「ちなみに武器にもなる」
ソウゴが盾を両手で持ち、ぶん、と振る。
少しつんのめる。
「ちょっと重いな」
「まだ筋力が足りない」
「いつ使えるようになる?」
「ステ振り次第だ」
「そうか……」
ソウゴが何かを思いついたように、大盾を背中へ回した。
背負う。
大きな盾なので、少し亀に見える。
いや、かなり亀に見える。
ソウゴがおもむろに背中を丸め、首を引っ込める。
腕を前へ出す。
「結晶亀だ」
ユーフェリアが固まった。
「あ、あ、あ、ソウゴ様……いけませんよ。そんな、モブをからかうような……」
言いながら、肩が震えている。
「ヒッ」
漏れた。
「ユーフェリア様、結晶亀です」
「ヒーッ! だ、駄目です、ソウゴ様! いけません、ヒーッ!」
ユーフェリアが腹を押さえる。
かなり笑っている。
これは聖女として大丈夫なのか。
もしかしたら、これもなかったことになるかもしれない。
俺はソウゴの姿勢を見る。
悪くない。
かなり悪くない。
「なかなか筋がいい」
「本当か?」
「ああ。だが、手の角度が甘い」
「手の角度……?」
「こうだ」
俺は膝を曲げ、背中を丸める。
首を引っ込め、腕の角度を調整する。
「結晶亀だ」
ソウゴも姿勢を直す。
「結晶亀だ」
「そうだ」
「結晶亀だ」
「結晶亀だ」
ユーフェリアが崩れた。
「ヒーッ! ヒーッ! 呼吸が……っ、ヒーッ!」
「ユーフェリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫では、ありません……! お2人とも、そんな真剣な顔で……ヒーッ!」
元気そうだ。
問題ない。
笑いは硬直を解く。
攻略上、有効だ。
たぶん。




