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第27話 モブ、亀の死にゲーを始める

 線を越えた瞬間、空洞の空気が変わった。

 青白い結晶の光がわずかに強くなり、地面が低く震える。

 中央にうずくまっていた結晶亀が、ゆっくりと頭を上げた。


 起きた。

 ボス戦開始だ。


「来るぞ」


 俺は小石袋から投擲用の石を取り出した。


 ここはボス戦だ。

 その辺の石でも投げられるが、命がかかる場面で雑な入力はしない。

 使うなら投擲用の石だ。


「ソウゴ、正面に立つな」

「ああ」

「ユーフェリア、離れすぎるな」

「はい」


 結晶亀の頭がこちらを向く。


 大きい。

 かなり大きい。

 甲羅に生えた結晶が、坑道の光を鈍く反射している。


 剣は通らない。

 今の装備では、ほぼ無理だ。

 だから剣では戦わない。


 小石を握り、甲羅の側面にある結晶の盛り上がった部分を狙う。


 投げる。


 こつん。


 弱い。

 かなり弱い。

 だが、打撃だ。


 結晶亀が、わずかに首を動かした。


「反応した」

「まだだ」


 1発では足りない。

 連続で入れる。


 次の小石を取り出して投げる。


 こつん。


 さらにもう1発。


 こつん。


 結晶亀の四肢が、ゆっくりと地面を押した。

 動き出す。


 遅い。

 だが、1歩が重い。


 踏まれれば死ぬ。

 正面にいれば死ぬ。

 欲張れば死ぬ。

 つまり、いつも通りだ。


 結晶亀の右前脚が、ゆっくり持ち上がった。


「腕だ。離れろ」

「え?」

「全速力だ」


 俺は横へ跳んだ。

 ソウゴも反応し、ユーフェリアも遅れずに下がる。


 直後、太い前脚が地面を薙いだ。

 ごうっ、と風が鳴り、岩肌が削れる。


 遅いが、範囲が広い。

 近くに残っていれば、まとめて吹き飛ばされていた。


「今のが、練習で言っていた……」

「ああ。腕を振り上げたら離れる」

「本当に、あの結晶亀の真似が役に立っているのか……」

「結晶亀だからな」

「いや、そうなんだけど……」


 何を困惑している。

 形態模写は有効だった。


 たぶん。


 俺は次の小石を投げる。


 こつん。


 ソウゴも小石を構えて投げる。


 こつん。


 悪くない。


 ユーフェリアも投げる。


 こつん。


 甲羅に当たった。

 威力は低いが、連続打撃には入る。


 結晶亀の首が、ゆっくり持ち上がった。


「首だ」


 俺は即座に下がる。

 ソウゴとユーフェリアも続く。


 次の瞬間、結晶亀の首が槍のように伸びた。

 がちん、と牙が空を噛む。

 さっきまで俺たちがいた場所だ。


「首が伸びすぎじゃないか!?」

「ボスだからな」

「説明になっているようで、なっていない!」

「首をもたげたら離れる。覚えただろ」

「ああ。嫌でも覚えた」


 いい。

 死なずに覚えた。

 かなりいい。


 俺はもう1発、小石を投げる。


 こつん。


 ソウゴも投げる。


 こつん。


 ユーフェリアも投げる。


 こつん。


 結晶亀の頭が引っ込み、四肢が縮む。

 甲羅が低く落ちる。


 うずくまりモーション。


 来た。


「今だ!」


 俺が走る。

 ソウゴもユーフェリアも続く。


 迷うな。

 止まるな。

 亀は待ってくれない。


 狙うのは、甲羅の縁にある結晶の薄い部分だ。


 蹴る。


 こつん。


 弱い。

 筋力2だ。

 だが、判定は入った。


 続けてソウゴが蹴る。


 どんっ。


 いい。

 俺よりずっと重い。

 主人公の蹴りだ。


 さらにユーフェリアが踏み込んだ。


 ドガァッ!


 甲羅が鳴り、結晶の粉が散った。


 ソウゴが一瞬、動きを止める。


「ユーフェリア様……?」

「魔物ですので」


 ユーフェリアは短く答え、もう一度蹴った。


 ドガッ。


 迷いがない。


 人を蹴るには理由がいる。

 魔物を蹴るには理由がいらない。

 聖女として正しい。


 たぶん。


「ソウゴ、止まるな!」

「あ、ああ!」


 ソウゴが慌てて蹴りを入れる。


 どんっ。


 俺も蹴る。


 こつん。


 弱い。

 だが、数を入れる。


 ユーフェリアがまた蹴る。


 ドガァッ!


 強い。

 かなり強い。

 訓練より遠慮がない。


「完全に亀をいじめているみたいだ……」

「ボス攻略だ」

「そう言われても!」

「ソウゴ様、魔物です」

「ユーフェリア様が一番迷いなく蹴っているんですが!?」

「魔物ですので」


 ユーフェリアはさらに蹴る。


 ドガッ。


 甲羅の結晶が欠けた。


 いい。

 かなりいい。

 このペースなら割れる。


 だが、欲張るな。


 うずくまりには時間がある。

 時間が切れれば反撃が来る。


「離れろ!」


 俺は後ろへ跳び、ソウゴとユーフェリアも下がる。


 次の瞬間、結晶亀が四肢を広げた。

 甲羅が持ち上がり、重い風が押し出される。


 近くにいれば巻き込まれていた。


 死ぬ。

 かなり死ぬ。


「危なかった……」

「今のが欲張り死だ」

「わかりやすい名前だな」

「死因はわかりやすいほうがいい」

「そういう問題なのか……?」


 そういう問題だ。

 死因がわかれば、次に減らせる。

 死にゲーでは、それが大事だ。


 結晶亀がこちらへ向き直る。

 頭が出て、目が光る。

 まだ終わっていない。


「もう一度だ」

「ああ」

「はい」


 俺が小石を投げる。


 こつん。


 ソウゴも投げる。


 こつん。


 ユーフェリアも投げる。


 こつん。


 結晶亀が前に出る。

 遅いが、圧がある。

 足が地面を踏むたび、坑道全体が震えた。


 正面にいたら潰される。

 だから横へ回る。


 腕を上げたら離れる。

 首をもたげたら離れる。

 それ以外は小石を入れる。


 単純だ。

 単純なほど、実戦では強い。


 結晶亀の左前脚が持ち上がる。


「腕」


 3人で離れる。

 薙ぎ払いが空を切る。


 結晶亀の首が持ち上がる。


「首」


 3人で下がる。

 噛みつきが空を噛む。


 いい。

 練習が効いている。


 ソウゴの動きも悪くない。

 ユーフェリアも遅れていない。


 俺が結晶亀になった甲斐がある。


 たぶん。


 甲羅の側面へ、連続で石を当てる。


 こつん。

 こつん。

 こつん。


 結晶亀の首が引っ込み、四肢が縮む。

 来た。


「今!」


 3人で走り、甲羅に取りつく。


 蹴る。

 蹴る。

 蹴る。


 俺の蹴りは弱いが、タイミングを刻める。

 ソウゴの蹴りはまだ少し力が逃げているが、訓練よりいい。

 ユーフェリアの蹴りは強い。


 かなり強い。


「祈りは神聖なものです!」


 ドガッ。


「加護は仕様ではありません!」


 ドガッ。


「モブはもっと説明をしてください!」


 ドガァッ!


「亀は関係ないのでは?!」

「怒りを利用しているだけです!」


 悪くない。

 怒りが火力に変換されている。

 聖女ルートは火力が出る。


 今のところは。


 甲羅に細い亀裂が入り、青白い光がその奥から漏れた。


「入った!」


 ソウゴの声が明るくなる。


「まだだ」


 ここで喜ぶと死ぬ。

 喜び硬直。

 かなり危険だ。


「続けろ!」

「ああ!」


 ソウゴが蹴る。

 ユーフェリアが蹴る。

 俺も蹴る。


 こつん。


 弱い。

 だが入れる。

 数を入れる。


 甲羅の亀裂が広がり、結晶が砕け、青白い欠片が飛び散る。

 結晶亀が低く鳴き、地面が震えた。


 まだ動くな。

 まだいける。

 あと少し。


「最後!」


 ソウゴが踏み込んで蹴る。


 どんっ。


 ユーフェリアが続く。


 ドガァッ!


 ばきん、と乾いた音が空洞に響いた。


 甲羅の結晶が大きく割れ、青白い光が弾ける。

 結晶亀の体が沈み、動きが止まった。


「やった……!」

「やりましたね、ソウゴ様!」


 二人の顔に安堵が浮かぶ。


 いい顔だ。

 かなりいい。


 練習したことが通った。

 自分たちで攻略した。


 それは大事だ。

 かなり大事だ。


 だが。


「下がれ」


 ソウゴがこちらを見る。


「え?」

「二人とも、下がれ」


 俺は錆びた長剣を握り直す。


 割れた甲羅の隙間から、青白い光ではないものが漏れた。

 黒くぬめった何かが、その内側で動いている。


 ソウゴの表情が変わる。


「モブ……?」

「ここからだ」


 割れた甲羅が、内側から押し広げられる。


 ばき。

 ばきばき。


 結晶が砕け、亀の体が起き上がる。


 いや、亀ではない。


 甲羅の中から、青白い結晶に覆われた細長い腕が伸び、地面を掴んだ。

 首がありえない角度で持ち上がり、目の光が変わる。


 もう、遅い亀ではない。

 これは速い。


 かなり速い。


「ソウゴ。ユーフェリア」


 俺は二人の前に出る。


「もう手を出すな」

「な、なぜだ?」

「死ぬ」


 空洞の空気が冷える。


 さっきまでの亀いじめは終わった。

 小石と蹴りの時間も終わった。


 ここからは別物だ。


 剣が通る。

 その代わり、向こうの攻撃も通る。


 死ぬ場所。

 死ぬ角度。

 死ぬタイミング。

 全部、覚えている。


 俺は錆びた長剣を構えた。


「さあ」


 割れた甲羅の奥で、黒いものが蠢く。


「死にゲーの始まりだ」

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