第26話 モブ、聖女に本気で蹴られる
俺は結晶亀の姿勢のまま、小石を顎でしゃくる。
「俺が亀の動きを再現する。適当に小石を投げて当ててくれ」
ソウゴがしゃがみ、小さな石を拾う。
「その……投擲用の石じゃなくていいのか?」
「練習だから問題ない」
「どういう基準なんだ……」
現実は意外と便利だ。
投擲用の石でなくても石は投げられるし、木片も土も投げられる。
拾う動作は面倒だ。
管理も面倒で、スタックもしない。
だが、小石は投げられる。
現実にしては頑張っている。
「現実は意外と便利だな」
「小石が……投げられるから?」
「ああ」
「そうか……小石が……」
「ソウゴ様、真面目に受け取らないほうがよいです」
ユーフェリアが小声で言った。
聞こえている。
だが、間違ってはいない。
真面目に受け取ると危険なこともある。
「俺にぶつけろ」
「本当にいいのか?」
「ああ」
「痛くないのか?」
「今は痛みは感じない」
「今は?」
「あとで痛い」
「結局痛いんじゃないか?!」
「だがHPは減らない」
「何が『だが』なのかよくわからないぞ?!」
HPが減らないなら、訓練として成立する。
痛みは後で考える。
戦闘準備が優先だ。
「投げろ。必要なことだ」
ソウゴの表情が変わった。
真剣な、主人公の顔だ。
「わかった。モブの覚悟を受け取った」
重い。
小石だぞ。
だが、受け取ったならいい。
ソウゴが小石を構える。
肩に力が入りすぎている気がするが、当てるだけなら問題ない。
小石が飛び、こつんと俺の丸めた背中に当たった。
弱い。
かなり弱い。
だが、当たった。
「……」
「……」
「今のが打撃だ」
「モブの覚悟を、少し重く受け取りすぎたかもしれない」
小石だからな。
「だけど、うまく投げられたよ。周回が役に立ってるな」
「ああ」
「何が役に立つかわからないもんだな……」
「死にゲーはそういうものだ」
「そういうもんなのか……」
そういうものだ。
拾った石に、崩れた足場。
使わなかった装備。
そして変な形態模写。
全部、どこかで役に立つことがある。
役に立たないことも、かなりある。
「次に、このモーションになったら急いで近づく」
俺は首を引っ込め、腕を寄せ、背中をさらに丸める。
うずくまりモーションだ。
「俺が合図する」
「ああ」
「今だ」
ソウゴが近づく。
少し遅いが、初回なら十分だ。
「そして蹴れ」
ソウゴが止まった。
「何をしている。蹴れ」
「小石だけでも気が引けたんだが」
「蹴れ」
「いや、でも」
「蹴れ」
「モブ……」
ソウゴが本気で困っている。
善良だ。
非常に善良だ。
だが、善良なだけでは甲羅は割れない。
主人公には、時に仲間を蹴る覚悟も必要だ。
いや、普通はいらない。
このルートがおかしいだけだ。
「ソウゴ様」
ユーフェリアが静かに言った。
ソウゴが振り向く。
「ユーフェリア様?」
「これは訓練です」
「え?」
「モブが必要だと判断した訓練です」
「それは……そうですが」
「そして、モブ本人も望んでいます」
「ああ」
俺はうずくまったまま頷く。
「蹴れ」
ユーフェリアは俺を見た。
「モブ、本当にいいのですね?」
「ああ」
「後で文句を言いませんね?」
「言わない」
「加護は?」
「仕様だ」
「わかりました」
ユーフェリアの表情が、すっと整った。
祈りを捧げるときの、静かで美しい聖女の顔だ。
そして。
ドガァッ!
「ぐっ」
蹴りが入った。
かなりいい角度だ。
踏み込み、腰、膝。
足の甲じゃなくて、裏を押し込むタイプの蹴りだ。
これは痛い。
いや、今は痛みを感じない。
感じないはずだ。
だが、絶対にあとで痛い。
かなり痛い。
しかしHPは減らない。
なら問題ない。
「ユ、ユーフェリア様……?」
ソウゴが引いた声を出した。
ユーフェリアは俺を見下ろしている。
目が据わっていた。
「もっと、ちゃんと、説明、しなさいっ!」
ドガッ。
「祈りは、神聖な、ものなのです!」
ドガッ。
「加護を、仕様で、まとめないでください!」
ドガァッ。
いい。
連打がかなり速い。
結晶亀の甲羅を割るのに必要なテンポに近い。
これは使える。
ソウゴが完全に固まっている。
わかる。
聖女が仲間を蹴っている。
普通は驚く。
だが、聖女はルートによっては敵になる。
闇落ちした聖女は普通に蹴ってくるし、罵声も浴びせてくる。
回復技だと思って油断すると、近接で殺される。
聖女のSはドSのS。
定番のミームだ。
まあ、闇落ちしたらの話だが。
今のユーフェリアは違う。
これは訓練だ。
本人もそう言っている。
たぶん。
「ソウゴ様」
ユーフェリアが振り返った。
声はきれいだが、少し息が上がっている。
「はいっ」
ソウゴが姿勢を正した。
「これは訓練です」
「は、はい」
「理由なく人を蹴れるわけがありません」
「はい」
「別にモブに本気で怒っているわけでもありません」
「はい」
「蹴るために、仕方なく怒りを利用しただけです」
「はい……?」
そこで、ユーフェリアが顔を覆って崩れ落ちる。
「こんな姿を教会の者に見られたら、聖女として終わりです」
そうでもない。
むしろ頼もしい。
そして、結晶亀攻略には有用だ。
「ソウゴ」
「な、何だ?」
「今のテンポを覚えろ」
「今のを!?」
「ああ。小石を当てる。うずくまったら近づく。連打する。甲羅を割る」
「連打……」
「迷うな。亀は待ってくれない」
ソウゴは俺とユーフェリアを交互に見た。
まだ少し引いているが、目は逃げていない。
いい。
切り替えた。
「わかった。やる」
「よし」
俺は再び背中を丸め、結晶亀になる。
「もう一度だ。石を投げろ」
「ああ」
ソウゴが普通の小石を拾う。
スタックしない。
インベントリにも入らない。
だが、投げられる。
現実は意外と便利だ。
小石に関してだけは。
「いくぞ、モブ」
「ああ」
小石が飛び、こつんと当たる。
まだ弱いが、さっきよりいい。
俺はうずくまる。
「今だ」
ソウゴが踏み込んだ。
今度は迷わない。
蹴りが入る。
まだ軽く、浅い。
だが、当たった。
続けてユーフェリアが入る。
ドガッ。
速い。
かなり速い。
「もっと足を止めるな!」
「わかった!」
「ソウゴ様、ためらわないでください!」
「はい!」
ドガッ。
ドガッ。
ドガァッ。
俺は結晶亀として蹴られ続けた。
痛くはない。
今は。
あとで絶対に痛い。
だが、HPは減らない。
訓練は順調だ。
たぶん。
しばらくして、俺は手を上げた。
「止め」
二人が動きを止める。
ソウゴは息を切らし、ユーフェリアも少し肩を上下させている。
だが、目は生きている。
いい。
かなりいい。
「合格だ」
「これで……いけるのか?」
「ああ」
ソウゴが息を整えながら頷き、ユーフェリアも真剣な顔で結晶亀のいる空洞を見る。
俺は錆びた長剣を拾った。
俺は線の手前に立つ。
この先に出れば、ボス戦が始まる。
「行くぞ」
「ああ」
「はい」
ソウゴが剣を握る。
ユーフェリアが祈るように手を重ねる。
俺は結晶亀を見る。
想定外のルートだ。
だが、攻略はできる。
「亀を蹴りに行く」




