↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/57

第25話 モブ、結晶亀になる

 岩陰から、奥の空洞を覗く。


 青白い結晶の光。

 削られた岩壁。

 広くなった地面。


 その中央に、巨大な二足歩行の亀がいた。


 甲羅に結晶を背負っている。

 太い四肢。

 低く沈んだ頭。

 地面をこするような呼吸音。


 結晶亀だ。


 俺は足元の砂に、錆びた長剣の先で線を引いた。


「この線から出るな」


 ソウゴが足元を見る。


「なぜだ?」

「ボス戦が始まる」


 ボス部屋の境界だ。

 ここを越えると、結晶亀が起きる。

 起きたら戦闘開始。

 戦闘開始したら、戻れない。


 死にゲーは、そういう線を引く。

 見えない線だ。

 だから俺が引いた。


「どうしてわかるんだ?」

「死んだからな」

「……便利な言葉になってきたな、それ」


 便利ではない。

 ただの事実だ。


 俺は岩陰から結晶亀を見る。

 まだ動かない。

 今は安全だ。


 道中とボスでは最適な装備も変わる。

 ここでしっかり準備してから突入する。

 トイレも行っておく。

 ボス前の安全地帯は、そういうためにある。

 たぶん。


「あれ、剣でいけるのか?」


 ソウゴが小声で聞いた。


「いける。時間がかかるがな」

「どのくらいですか?」


 ユーフェリアに聞かれて、結晶亀を見る。


「今の装備なら、三時間くらいだ」

「三時間!?」


 ユーフェリアの声が裏返った。


「ガルムからずっと戦い詰めなのですよ! 食事はどうするのですか! ちゃんとした休憩もしていませんし、そんな状態で三時間も戦えば集中力だって落ちます!」

「集中しなくても倒せる」

「そういう問題ではありません!」


 ソウゴも険しい顔で結晶亀を見る。


「もし一度でも失敗したら?」

「死ぬ」

「モブが死んだら?」

「みんな死ぬ」

「ダメじゃないか……」


 二人とも反対らしい。

 だがちょうどいい。


「俺もやりたくない」

「……モブも?」


 ソウゴが意外そうにこっちを見る。


「ああ。そもそも結晶亀とは戦うつもりがなかった」

「なぜですか?」

「楽しくないからだ」


 二人が黙る。


 結晶亀の動きは単調だ。

 避けて、斬る。弾かれる。また避けて、斬る。

 それを三時間続ければ勝てる。


 昔ならやった。

 そういう苦行込みで縛りプレイをやっていた時期もある。


 だが、俺は〈終蝕のレガリア〉を一万時間やった。

 そういう遊びはもう十分やった。

 今の俺の縛りは、楽しむための縛りだ


 そして、結晶亀は楽しくない。

 倒しても達成感もない。

 だから普通には戦いたくない。


 俺は剣を見る。

 一瞬、グラントを思い出す。


「結晶亀は一応ボスだが……俺にとってはもう雑魚みたいなものだ。手早く倒して戻る」


 ユーフェリアがホッとした顔をする。

 ソウゴが訪ねてくる。


「じゃあ、別の倒し方があるんだな?」

「ああ。弱点の打撃を使う」


 ソウゴは自分の剣を見る。

 ユーフェリアも、俺の錆びた長剣を見る。


「打撃……?」


 当然の疑問だ。


 俺たちは打撃武器を持っていない。

 槌も棍棒もない。

 まともな鈍器が手元にない。

 だが鈍器だけが打撃ではない。


「打撃武器なんてないぞ」

「あるだろ」

「え?」

「小石と蹴りだ」


 俺は小石を拾って見せる。


 ソウゴが黙った。

 ユーフェリアも黙った。


 二人の視線が、結晶亀へ向かう。


 巨大な甲羅。

 結晶の塊。


 それから、俺の手に握られた小石。

 そして俺の足。


「……それで、倒せるのか?」

「倒せる。弱点だからな」

「弱点……」


 ソウゴはまだ信じきれていない顔をしている。


 わかる。

 俺も初見なら信じない。


 小石と蹴りで巨大な亀を倒せと言われたら、たぶん攻略サイトを疑う。


 だが、ここに攻略サイトはない。

 俺しかいない。


「ソウゴ様」


 ユーフェリアが静かに言った。


「たしかに、にわかには信じがたいですが……ここはモブを信じるしかありません」

「ああ」


 ソウゴは結晶亀を見たまま頷いた。


「モブの言うことにはいつも驚かされる。でも、いつも結果的に俺たちを導いてくれる」

「ええ」


 ユーフェリアも頷く。


「いつも説明不足で、にわかには信じられないことばかりを言いますが、結果は確かです」


 説明不足。

 そうだろうか。

 必要なことは言っている。


 死ぬ。

 蹴る。

 逃げる。

 倒す。


 十分ではないのか。

 十分ではないのかもしれない。


「まずは小石をぶつける」


 俺は言った。


「結晶亀は打撃を一定数連続で受けると、防御姿勢に入る」

「防御姿勢?」

「うずくまる」


 俺は結晶亀の甲羅を見る。


「その状態になると、しばらく動きが止まる」

「まさかその間に……」

「蹴る」

「蹴るのか……」

「蹴る」


 ソウゴは少し遠い目をした。


「小石を投げて怯ませて、それから蹴る……完全に亀をいじめているみたいだな……」

「否定はしない」


 ユーフェリアが不安そうに言う。


「その、蹴るタイミングを間違えたらどうなるのですか?」

「死ぬ」

「やはり死ぬのですね……」

「ああ」

「そして、死んで覚えるのか」

「いや。死なない」

「えっ?」

「死ぬようなヤツは、小石も蹴りも使わない。メイスで殴る」


 小石と蹴りで倒そうなんて、廃人しか思わない。

 そして廃人は、もはや結晶亀ごときでは死なない。


「じゃあ、今からやろうとしてるのは……」

「廃人プレイだ」

「また物騒な言葉が出てきたんだが……」

「物騒じゃない。ただ、少しばかり狂ってるだけだ」

「モブを信じていいのか不安になってきました……」


 何を不安がっている。

 廃人プレイは、むしろ得意だ。

 それに、結晶亀はまだ優しい廃人プレイだ。


 そうか、だったらソウゴにやらせるのもありか。

 結晶亀はチュートリアルボスみたいなものだ。

 動きを見て、避ける。

 死にゲーの基本中の基本を体感できる。


 これはソウゴの経験になる。

 経験値ではなく、経験だ。

 今後確実に死ににくくなる。


 ついでにユーフェリアにもやってもらおう。

 その方が早く終わる。

 早く終われば、ソウゴの坑道周回も重ねられる。


「二人にも協力してもらうぞ」


 ソウゴとユーフェリアが目を丸くする。


「いいのか?」

「ああ。結晶亀だしな」


 俺は小石をソウゴとユーフェリアに投げて渡す。

 

「練習をする」

「どうやって?」

「俺が結晶亀になる」

「え?」

「え?」


 二人の声が重なった。


 俺は線から少し下がる。

 手前の広くなった場所に移動する。


 ここならボス戦は始まらない。

 広さもあるし、小石も落ちている。


 練習には十分だ。


「ここでやる」

「待ってくれ、モブ」

「何だ」

「今、自分が亀になると言ったな」

「ああ」

「どういうことだ……?」


 ソウゴが戸惑っている。


 だが、百聞は一見に如かずだ。


 俺は錆びた長剣を横に置いた。

 膝をついて、背中を丸めたまま両腕を前に出す。

 最後に首を引っ込める。


 二人が唖然とした表情で見ている。


「も、モブ、それは……?」


 ソウゴの問いに答える。


「結晶亀だ」


 俺は〈終蝕のレガリア〉を1万時間やった。

 その中には、当然形態模写も含まれている。


 ボスそのものになれば、ボスの動きもわかると思ったのだ。

 今思えばそんなわけがない。

 だが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「……」

「……」


 二人は口を開けたまま黙っている。


 おかしい。

 俺の形態模写が伝わっていないのか。


 念を押しておこう。


「結晶亀だ」


 突然、二人が吹き出して笑い出した。


「も、も、モブ、やめてくれ! ブフッ!」

「そ、そうですよ! ふ、ふざけてる場合ではありません……ププーッ!」

「ふざけてないが」

「い、いや、わかってる、わかってるんだけど……!」

「ヒーッ! 似てる! 似てますよモブ!」


 二人はしばらく笑っていた。

 この緊急時に。


「すまない、モブ。笑ってしまって」

「本当にすみません……でも、意外な一面が見られましたね。ププッ」

「……いい。力を抜くといい結果が出る」


 笑いは硬直を解く。

 硬直が解ければ、動けるようになる。


 つまり、これは攻略上有効だ。


 たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。