第24話 モブ、落ちた場所は悪くない
俺はソウゴとともに落下していった。
ユーフェリアの声が上から降ってくる。
「なんで同時に飛んでいるのですか!?」
予想していたからだ。
初心者が慣れたころに落ちる場所。
成功した次に、もっと早くやろうとして踏む石。
そこから崩れる足場と、落下する方向。
全部、覚えている。
俺も何度も落ちた。
ここは、そういう場所だ。
暗い穴の中を、青白い結晶の光が流れていく。
ソウゴは少し先を、そのまま真下へ落ちている。
このままでは死ぬ。
いや、今の装備なら即死しない可能性もある。
だが、試す価値はない。
「ソウゴ!」
「モブ!?」
「横だ!」
「横!?」
「無理か」
仕方ない。
俺は空中で体勢を変えた。
身体俯瞰感覚で、落下速度と壁の凹凸、ソウゴまでの距離と軌道を捉える。
ゲームにこんなプレイはない。
だが、現実なら入力は通る。
足を伸ばし、蹴る。
「ぐっ!?」
ソウゴの体が横へ飛び、暗がりから突き出た岩棚へ向かう。
強すぎれば岩に叩きつける。
弱すぎれば届かず落ちる。
だから、ちょうどいいだけ。
ソウゴの体が岩棚にぶつかり、そのまま転がった。
生きている。
たぶん。
俺も少し下で壁を蹴り、岩棚へ降りた。
着地した足に痛みが走る。
かなり痛い。
戦闘中ではないせいか、痛覚遅延が微妙に仕事をしていない。
クソが。
「大丈夫か」
俺が聞くと、ソウゴが息を荒げたまま顔を上げた。
「ああ。助かったよ」
ソウゴは岩棚の縁を見下ろした。
底は見えず、青白い結晶だけが遠くでぼんやり光っている。
「すごいな、モブは」
「何がだ」
「俺が落ちるのが、わかっていたんだろ?」
「死んだからな」
「……死んだ?」
「ああ。俺もあそこで死んだ」
何度も。
落ちた。
通り過ぎた。
岩に叩きつけられた。
底まで落ちた。
途中の結晶に引っかかって、変な死に方もした。
だから、わかる。
あそこは初心者が慣れたころに落ちる場所だ。
「そうか……」
ソウゴは小さく息を吐き、その直後、腹のあたりを押さえて顔をしかめた。
「痛っ……」
「筋力2の蹴りだ。大したことはないはずだ」
「痛いものは痛いんだって」
「ああ」
俺も痛む足を少し動かした。
「確かにな」
ソウゴは苦笑した。
「けど、生きてる」
「いや、死んだ」
「死んでないだろ?!」
「普通に落ちていたら死んでいた。つまり、今のは死だ」
俺は崩れた足場を見上げる。
「だが、学びのある死だった」
ソウゴはしばらく黙っていた。
そして、ふっと笑ってゆっくり頷く。
「……わかったよ」
「何がだ」
「俺も、ようやくモブみたいに『死ねた』ってことだな」
「ああ」
それはいい。
かなりいい。
死にゲーのスタートに、ようやく立ったということだ。
「そして、モブがいれば、死なずに済むこともある」
「『こともある』じゃ困る」
「進行が詰むんだろ?」
「ああ」
ソウゴは俺を見た。
「モブ、これからも頼む」
「ああ」
主人公が死ぬと進行が詰む。
だから、できる限り死なせない。
ソウゴは周囲を見回した。
「……ユーフェリア様とはぐれてしまった」
「ああ」
「早く戻らないと。一人で残しておくのは危険だ」
「すぐに合流できる」
「ああ、モブ、道案内を頼めるか?」
「ああ」
俺は上を見た。
だが、見るべきは道ではない。
合流地点だ。
ソウゴもつられて上を見る。
「ん……?」
暗い穴の上から、ぼんやりとした柔らかい光が近づいてくる。
そして。
「ソウゴ様ー! モブー!」
ユーフェリアが降りてきた。
ふわふわと浮きながら。
かなり普通に。
「えええええええ!?」
ソウゴが叫んだ。
ユーフェリアは衣の裾を揺らしながら、ゆっくり岩棚へ降り立つ。
危なげはない。
落下ではなく、移動だ。
聖女専用の移動だ。
「お二人とも、ご無事ですか?」
「あ、ああ……ユーフェリア様こそ……」
ソウゴはまだ上とユーフェリアを交互に見ている。
気持ちはわかる。
俺も初見では少し驚いた。
少しだけ。
「聖女ははぐれない仕様だ」
「仕様ではありません! 加護です!」
「仕様の加護だ」
「またツベコベ言って!」
元気そうだ。
問題ない。
合流完了。
「と、とにかく良かった」
ソウゴが仕切り直すように言う。
「はい。二人とも無事で安心しました」
「ああ。落ちた場所も悪くない」
「悪くない?」
俺は岩棚の奥を見る。
狭い足場の先に、崩れた鉱車と青白い結晶。
さらに奥には、古い宝箱が置かれている。
「隠しアイテムがある」
俺の視線の先を、ソウゴとユーフェリアが見る。
「……本当に、なんでそんなことまでわかるんだ」
「死んだからな」
「死ぬと宝箱までわかるのか……?」
「わかる」
俺は宝箱を開けた。
【古びた鉱夫の護符を入手しました】
出た。
地味だが、悪くない。
落下ダメージを少し軽減する護符で、序盤ではかなり助かる。
特に、今みたいなやつには。
「ソウゴ」
「何だ?」
「装備しろ」
「何の護符だ?」
「落ちても少し死ににくくなる」
「今それを手に入れるのか……」
「今だから価値がある」
ソウゴは複雑そうな顔で護符を受け取った。
わかる。
落ちてから落下軽減装備を手に入れる。
よくある。
だが、死ななかったなら正解だ。
「ユーフェリア様、俺のせいですみません」
「いえ、ご無事で何よりです」
「ええと……」
ソウゴがちらりとユーフェリアを見た。
「その……加護で上に戻ることは……?」
まあ、そうなる。
全プレイヤーが思ったことだ。
意図せぬ落下。
絶望。
ふわふわと呑気に降りてくる聖女。
そして思う。
俺を連れてけと。
ソウゴも、だいぶプレイヤーになってきた。
いい傾向だ。
「すみません。人を運べるほどの力はないのです」
だが、現実は非情だ。
「そうでしたか。いえ、こちらこそ頼るようなことを言ってしまって失礼しました」
潔い。
さすが主人公だ。
ソウゴが俺のほうを向く。
「モブ、改めて道案内を頼む」
だが。
「無理だ」
「……え?」
「ここから上には戻れない」
ソウゴとユーフェリアが固まった。
「戻れない?」
「ああ」
「なら……」
ソウゴが何か言いかけたその時、岩棚の奥から低い音が響いた。
地鳴りのような、岩をこするような音だ。
青白い結晶の奥で、大きな影がゆっくり動いた。
俺は錆びた長剣を握り直す。
周回中の事故で落ちた先に、隠し足場と宝箱。
しかも、上へは戻れない。
そして奥には巨大な影。
いい。
実に死にゲーらしい。
「ボスルート確定だ」
ソウゴの顔が引きつった。
「ボス……?」
「ああ」
青白い光の奥で、巨大な影がまた動く。
「倒さないと戻れない」
だから言っただろう。
落ちた場所も悪くない、と。




