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第22話 モブ、神頼みだけはやめたい

「あと100周」


 ソウゴが完全に固まった。

 ユーフェリアも固まった。


 だが、周回は待ってくれない。


 稼ぎ場は、同じことを何度も繰り返す場所だ。


 驚き。

 困惑。

 感動。


 そういうものは、最初の一回で十分。

 二回目からは作業である。


「ソウゴ」

「……あ、ああ」

「次はナイフ持ちだ」

「さっき倒したんじゃないのか?」

「戻す」

「戻す?」


 俺は坑道口の脇にある、小さな石造りの祠を指した。


 半分崩れた聖印。

 煤けた燭台。

 青白い結晶に侵されながらも、そこだけ空気が少し澄んでいる。


 清浄の祠。


 ゲームでいう休憩地点だ。


「ここで休む」

「まだ戦えるんだが……」

「休むと敵が戻る」

「なぜ!?」

「設計が良いからな」


 ユーフェリアが頭を押さえた。


「またツベコベ言ってる……」


 だが、かなり重要だ。


 清浄の祠で休む。

 装備を整える。

 HPを回復する。

 そして敵配置が初期状態に戻る。


 つまり、周回装置だ。


「祠とは、心身を清める場所です」

「敵配置も清められる」

「清められません!」


 細かい。


 俺たちは清浄の祠の前で少し休んだ。

 といっても、腰を下ろして呼吸を整える程度だ。


 だが、空気が少し変わった。


 坑道口の奥で、青白い結晶が揺れる。

 さっき穴へ落としたはずのナイフ持ちの結晶蝕者が、坑道口の右側に戻ってくる。


 よし。

 復活した。

 稼ぎ場として、完全に機能している。


「戻ったな」

「戻ったな、で済む話ではない気が……」

「敵が戻る。経験値も入る。祠も近い。これで周回できる」

「……これを、何度もやるのか?」

「そうだ」


 ソウゴの顔から、少しずつ希望が消えていく。


 いい顔だ。

 だんだん稼ぎ場の空気を理解してきている。


「石は俺が投げる。周回速度を上げたいからな」


 俺は小石を投げた。


 狙うのは、右の木柵の手前。

 ナイフ持ちだけが反応する位置。


 からん。


 小石が転がる。

 ナイフ持ちの結晶蝕者だけが、ゆっくりと顔を上げた。


「行け」

「わかった」


 ソウゴが走る。

 背後に入って待つ。

 早すぎず遅すぎず、ちょうどいいタイミングで背中を蹴った。


 結晶蝕者の身体が前へ傾いた。

 そのままつんのめって、落ちていった。


【結晶蝕者を撃破しました】


「よし」


 俺は頷いた。


「今のは良かった」

「本当か?」

「ああ。さっきより安定していた」


 ソウゴの顔が少し明るくなる。


 単純だ。

 だが、成長を感じるのは大事だ。

 成長を感じない周回は精神が死ぬ。


 そこから連続で、つるはし持ちと松明持ちを撃破する。


【結晶蝕者を撃破しました】

【結晶蝕者を撃破しました】


 よし。


「ユーフェリア」

「……はい」

「祈りでレベルアップだ」

「祈りは便利な道具ではありません」


 そうだな。

 道具じゃなくてシステムだ。


 だが、口には出さない。

 さすがの俺も口に出したらマズいことはわかる。


 文句を言いながらも、ユーフェリアは手を組んだ。


「継承者たるソウゴ様に、進むための力を」


 淡い光が、ソウゴの体を包む。


【ソウゴのレベルが上昇しました】


 よし。

 処理は安定している。


 俺はすぐにソウゴを見る。


【名前:ソウゴ】

【レベル:3】

【職業:継承者】

【生命力:8】

【持久力:7】

【筋力:7】

【技量:7】

【敏捷:7】

【精神:7】

【聖性:7】

【幸運:8】


 俺は黙った。


 ソウゴが、不安そうにこちらを見る。


「モブ?」

「……上がった」

「何が?」

「生命力だ。かなりいい」


 生命力。

 序盤で最も信頼できる数値。

 一発で死ぬところを、ぎりぎり一発耐える。

 それだけで勝率は変わる。


 死にゲーでは、攻撃力よりもまず生存ラインだ。


 死ななければ、次の行動ができる。

 次の行動ができれば、回復もできる。

 回復できれば、立て直せる。


 つまり、生命力は偉い。


「じゃあ、なんでそんな顔をしているんだ?」

「まだわからないからだ」


 幸運が上がったなら、運ビルドかもしれなかった。

 生命力が上がったなら、体力型かもしれない。

 バランス型の補正かもしれない。

 運型の最低保証で、足りない生命力に入っただけかもしれない。


 そして、最悪の場合も考えないとならない。


「神頼みの可能性も出てきた」


 ユーフェリアが、ぴくりと反応した。


「神頼み?」


 少しだけ表情が明るくなる。


「神の御心に委ねるということですか?」

「違う。完全ランダムステ振りだ」

「何ですかそれは。神を何だと思っているのですか」


 むしろ、神がステ振りを何だと思ってるのだと言いたい。


 自動ステ振りには、遊び枠があった。

 名前は〈神頼み〉。


 レベルアップ時、どの能力値が上がるか完全にランダム。


 生命力が欲しいときに幸運が上がる。

 筋力が欲しいときに聖性が上がる。

 聖術を使わないのに精神が上がる。


 配信映えはする。

 縛りプレイとしても面白い。


 だが、初心者がやるものではない。

 絶対に。


「つまり、運が上がっても怖い。生命力が上がっても怖い。筋力が上がっても、敏捷が上がっても、しばらくは油断できない」


 自動ステ振りのビルドが確定するまで、安心はできない。


「だから、しばらくはレベルが上がるたびにこの顔になる」

「この顔、とは?」


 ユーフェリアが言った。


「運命を疑う顔だ」

「大げさです」

「ステ振りは運命だ」

「またツベコベ言ってる……」


 ソウゴが、何とも言えない顔で言った。


「なんというか……かなり不安だな」

「かなり不安だ」


 凡夫。

 自動ステ振り。

 初手幸運上昇。

 神頼み疑惑。


 最悪に近い。

 いや、最悪そのものではない。

 まだ死んでいないからだ。


「だが、運命は変えられる」

「……!」

「そのための稼ぎ場だ」


 俺は次の小石を取り出した。


「次の周回に行くぞ」

「運命の変え方って、案外地味なんだな……」

「地味なのはまだいい。最悪なのは暇になることだ」

「暇……?」

「暇だと遊びや工夫に精を出す。そして死ぬ」

「話の展開が早すぎる?!」

「だが事実だ」


 あれをすれば。

 これをすれば。


 効率を良くしようと試行錯誤するせいで、結局死ぬ回数が増える。

 時間がかかる。

 そして、虚無が一番効率が良いことに気がつく。


「暇に気をつけろ」

「あ、ああ」


 さあ、あと98周だ。

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