第2話 モブ、主人公と聖女を鍵扱いする
チュートリアルボスを倒した。
ゲームなら、ここでムービーが入る。
黒鉄の処刑騎士が崩れ落ち、大聖堂に沈黙が戻る。
〈継承者〉は膝をつき、聖女ユーフェリアが彼に手を差し伸べる。
そして2人は、自分たちの使命を胸に刻む。
世界を蝕から救うため、失われた王の証――〈レガリア〉を集める旅へ出るのだ。
だが、現実は少し違った。
黒鉄の処刑騎士は倒れた。
大聖堂は沈黙した。
けれど、継承者のソウゴは膝をついていない。
聖女のユーフェリアも彼に手を差し伸べていない。
2人とも、ただ俺を見ていた。
本来なら死体になっているはずの下級兵。
レベル1。
初期ステータス。
錆びた片手剣。
そのモブが、負けイベントのボスを殺した。
まあ、見るだろう。
俺でも見る。
「あなたは……」
ユーフェリアが、震える声で言った。
「いったい、何をしたのですか?」
綺麗な声だった。
ゲームで何度も聞いた声だ。
序盤ではまだ気丈な王女。
中盤の迷いを経て、終盤で聖女として覚醒するヒロイン。
支援魔法の性能が高く、道中は有用。
イベント死亡もない。
ただし、初見だと彼女の護衛イベントでだいたい30回は死ぬ。
俺はその声を背中で聞きながら、倒れた処刑騎士の横を通り過ぎた。
「待ってください!」
ユーフェリアが叫ぶ。
俺は止まらない。
大聖堂の奥へ向かう。
割れた祭壇の裏に、巨大な黒扉がある。
次のエリアへ進むための門だ。
正規ルートなら、黒鉄の処刑騎士に負けたあと、プレイヤーが〈継承者〉として覚醒する。
その後、ユーフェリアと会話し、黒扉が開く。
そこから地下巡礼路へ進み、最初の本格ボスである〈愚かなる司祭、ガルム〉と戦う。
俺の目的は、それだ。
今の俺に必要なのは、イベント会話じゃない。
次のボスだ。
「モブ、と言ったな」
背後からソウゴの声がした。
俺の名前はナクトだ。
モブじゃない。
まあ、自分でそう言ったのだが。
名前なんてなんでもいい。
「君は何者なんだ。あの騎士の動きを、なぜ避けられた?」
「1万時間やったからだ」
「……何を?」
「このゲームを」
「げーむ……?」
ソウゴが困惑する気配がした。
説明してもいい。
だが、説明したところで理解されない。
この世界がゲームだったこと。
俺が転生者であること。
この先のボスも、罠も、イベントも、だいたい知っていること。
そんな話を今したところで、時間の無駄だ。
死にゲーで大事なのは、テンポだ。
テンポが悪いゲームは、それだけで評価が落ちる。
「話はあとだ」
俺は黒扉の前に立った。
巨大な扉だ。
表面には、王冠と獣と剣の紋様が刻まれている。
中央には、掌を当てるための窪み。
ああ、覚えている。
ここに、手を当てる。
すると、扉が開く。
俺は掌を窪みに押し当てた。
――何も起きなかった。
「……ん?」
もう1度押す。
何も起きない。
叩く。
蹴る。
押す。
引く。
何も起きない。
視界に、淡い文字が浮かんだ。
————————————
この扉は〈継承者〉のみ開くことができます
————————————
知っている。
知っていたはずだった。
俺はただのモブだ。
主人公じゃない。
〈継承者〉じゃない。
いや、気づいていた。
だが、もしかしたらボスを倒したことでフラグが壊れて、俺でも進めるかもしれないと思った。
ダメだった。
俺は、扉の前で立ち尽くした。
「……クソゲーか?」
思わず本音が出た。
いや、違う。
これはクソゲーではない。
〈終蝕のレガリア〉は神ゲーだ。
高難度。
高密度。
理不尽に見えて、詰めれば必ず突破口がある。
ただし、それはプレイヤーが主人公を操作している場合の話である。
今の俺は主人公ではない。
ただのモブだ。
そのせいで、扉が開かない。
「まさか……」
ユーフェリアが小さく息を呑んだ。
「黒門が、反応しない……?」
ソウゴが俺の隣まで来た。
白髪の少年は、まだ警戒を解いていない。
当然だ。
目の前に、負けイベントのボスを倒した下級兵がいる。
しかもそいつは、自分たちを無視して次の扉を開けようとしている。
普通に怪しい。
「君は、この扉を知っているのか?」
「知ってる」
「なぜ?」
「1万時間やったからだ」
「だから、何を……」
俺はソウゴを見た。
灰色の外套。
まだ抜ききれていない剣。
右手の甲には、うっすらと王冠の紋様。
〈継承者〉の証。
ゲーム本編では、ここから〈継承者〉が世界を救う旅を始める。
俺はその手を見て、ようやく理解した。
(こいつがいないと進めない)
俺がどれだけボスを倒せても、どれだけルートを知っていても、扉が開かない。
主人公。
つまり、キーアイテム。
「お前」
「え?」
「手を貸せ」
「待ってくれ。まだ話が――」
「いいから。そこに手を当てろ」
俺は黒扉の窪みを指差した。
ソウゴは眉をひそめる。
「なぜ俺が?」
「お前が〈継承者〉だからだ」
その瞬間、ユーフェリアの表情が変わった。
驚愕。
警戒。
ほんの少しの恐怖。
「なぜ、それを……?」
ユーフェリアが呟いた。
「ソウゴ様が〈継承者〉であることは、教会でも一部の者しか――」
「初期設定だろうが」
「しょきせってい?」
「ともかく、手を貸せ」
俺はソウゴの手首を掴んだ。
細い。
だが、ただの少年の身体ではない。
中に何かが眠っている。
王の因子。
レガリアの器。
ビルド次第では化け物みたいになる主人公。
ただし序盤では、雑魚の突きで普通に死ぬ。
「おい、急に何を――」
「扉」
「いや、だから説明を――」
「扉」
俺はソウゴの手を黒扉の窪みに押し当てた。
直後、黒扉の紋様が光った。
重い音が大聖堂に響く。
王冠の紋様が開き、獣の彫刻が牙を剥く。
黒扉が、ゆっくりと左右に割れた。
冷たい風が流れ込んできた。
先に続くのは、地下へ降りる長い階段。
聖堂地下巡礼路。
序盤最大の初見殺しエリアである。
「開いた……」
ソウゴが呆然と呟いた。




