↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/57

第1話 モブ、初期ステで負けイベントをクリアする

 俺は、自分がこれから死ぬモブだと知っていた。


 崩れかけた大聖堂。

 割れたステンドグラス。

 床に散らばる兵士たちの死体。

 そして祭壇の前に立つ、3メートルを超える黒い騎士。

 片手には、人間の胴体ほどもある大剣。

 もう片方には、城門みたいな大盾。

 兜の奥では、赤い眼光が燃えている。


 ――〈黒鉄の処刑騎士〉。


 死にゲー〈終蝕のレガリア〉のチュートリアルボス。

 通称、初心者処刑マシーン。

 負けても進む、負けイベント。


 ゲーム開始直後、主人公はこの大聖堂にたどり着く。

 すると、広間の中央で1人の下級兵が処刑騎士に挑みかかる。

 そして次の瞬間、そいつは大剣であっけなく叩き切られる。

 それだけのシーンだ。


 プレイヤーに教えるための演出。

 この世界では、名前のない者から死ぬ。

 弱い者は1撃で潰される。

 英雄でなければ、生き残ることすら許されない。


 そのためだけに殺される、名もなき下級兵。

 俺は今、そいつになっていた。


「……最悪だ」


 手には錆びた長剣。

 身体には安物の革鎧。

 腕は細い。

 膝は震えている。

 肺はまともに空気を吸えていない。


 そして背後には、2人の人間がいた。


 1人は、灰色の外套をまとった白髪の少年。

 まだ少年と呼べる顔立ちなのに、その目だけは妙に澄んでいる。

 たぶん、あれはこのゲームの主人公である〈継承者〉。

 本来のゲームでは、主人公の名前も見た目もプレイヤーが作る。

 だから、あの少年はこの世界が用意した〈継承者〉なのだろう。


 もう1人は、純白の法衣をまとった金髪の少女。

 聖王国第1王女。

 後にメインヒロインとなる〈聖女〉ユーフェリア。

 つまり、俺がこれから死ぬところを、世界の主人公と超重要人物が目撃するわけだ。


「ソウゴ様! 彼は!」


 あの〈継承者〉は、どうやらソウゴと言うらしい。

 そのソウゴが叫んだ。


「下がるんだ! そいつは、普通の兵士が相手にできる敵じゃない!」


 知っている。

 痛いほど知っている。


 俺はこのゲームを1万時間やった。

 全ボスノーダメージ。

 全武器縛り。

 初期レベルクリア。

 アイテム禁止。

 防具なし。

 片手操作。

 酔った状態でラスボス撃破。

 人としてやらなくていいことまで、だいたいやった。


 だからわかる。

 今から処刑騎士が何をしてくるのか。


 ヤツの肩が沈む。

 右足が半歩引かれる。

 大剣の柄を握る指に力が入る。


 開幕横薙ぎ。

 当たれば即死。

 上半身と下半身がさようなら。


 このモブは、本来ここで死ぬ。


 ————————————

 ステータスを確認できます

 ————————————


 その瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。


「……ステータス」


 念じると、青白い画面が開いた。


 ————————————

 名前       :ナクト

 種族       :人間

 レベル      :1

 職業       :聖王国下級兵

 生命力      :3

 持久力      :4

 筋力       :2

 技量       :3

 敏捷       :2

 精神       :1

 幸運       :1

 所持スキルポイント:100,000,000,000,000

 ————————————


「……」


 さすがに目を疑う。

 ゼロが多い。

 多すぎる。


 100兆。

 スキルポイントが、100兆。


「……バグか?」


 ともあれ、普通なら、ここで能力値を上げる。

 生命力をカンスト。

 筋力をカンスト。

 敏捷をカンスト。

 そうすれば、目の前の負けイベントボスだろうが余裕で倒せるだろう。


 だが。


「ステータスを上げる?」


 俺は、自分でもおかしいくらい自然に笑っていた。


「それは、俺のやり方じゃない」


 死にゲー廃人にとって、初期ステータスは聖域だ。

 弱いからいい。

 死ぬからいい。

 1撃で殺されるから、相手の動きを覚える意味がある。

 筋力が足りないから、斬る場所を選ぶ必要がある。

 体力がないから、1度もミスれない緊張感がある。


 それが、楽しい。

 それが、死にゲーだ。


 俺は能力値の欄を見た。


 ————————————

 生命力:3

 持久力:4

 筋力 :2

 技量 :3

 敏捷 :2

 精神 :1

 幸運 :1

 ————————————


「これでいい」


 元のゲームの最低ステータスよりも、さらに低い。

 まさに縛りプレイの極致だ。


 ただし、現実の身体には問題がある。

 コントローラーと違って、肉体は言うことを聞かない。

 頭では避けるタイミングがわかっていても、足がすくむ。

 パリィの瞬間がわかっていても、力で潰される。

 ローリングに無敵時間なんてない。


 ゲームではボタン1つでできることが、現実ではできない。

 なら、必要なのはステータスじゃない。


 操作性だ。


 俺はスキルツリーを開いた。

 検索。


 ————————————

 【思考入力】     :思考イメージを操作入力へ変換する 80万ポイント

 【肉体操作補助】   :入力した操作通りに身体を動かせる 80万ポイント

 【モーション成立補助】:攻撃、回避、踏み込み、離脱などをゲーム的な一連のモーションとして成立させる 70万ポイント

 【体力管理】     :「HP」を設定し、その消耗・回復を感覚的に把握できる 90万ポイント

 【スタミナ管理】   :疲労を「スタミナ」として処理し、消耗・回復を感覚的に把握できる 90万ポイント

 【身体俯瞰感覚】   :自分の姿勢、武器位置、敵との距離、壁や段差との位置関係を外側から感じるように把握できる 90万ポイント

 【ローリング判定】  :回避動作を「ローリング」として処理し、開始直後のごく短時間だけ被弾判定を無効化する 140万ポイント

 【パリィ判定】    :条件を満たした場合、敵の攻撃を物理衝突ではなく「パリィ成功」として処理する 150万ポイント

 【致命動作補助】   :パリィ、体勢崩し、背後取りの直後に、急所への踏み込み、刺突、離脱を補助する 80万ポイント

 【恐怖硬直キャンセル】:恐怖、混乱、威圧による硬直を操作入力で上書きする 60万ポイント

 【痛覚フィードバック遅延】:戦闘中の痛覚処理を遅延し、動作入力への干渉を抑える 70万ポイント

 【モーション自壊防止】:入力された戦闘モーションによる肉体破損を、行動成立に必要な範囲で抑制する 120万ポイント

 【装備耐久値】   :装備中の武器・防具に耐久値を設定し、戦闘中の物理破損を耐久処理へ置き換える 90万ポイント

 ————————————


 ゲームでは表示されたことのないスキルが並ぶ。

 いや、違う。

 これはゲーム側のスキルじゃない。

 たぶん、現実の肉体をゲームに近づけるための、転生者専用スキルだ。


 だから、異常なポイントが必要なのだ。


 普通に考えれば狂っている。

 【剣術初級】が3ポイント。

 【体力アップ】が5ポイント。

 〈火球〉みたいな魔法でさえ12ポイント。

 それを考えれば、10万単位どころか100万近いスキルなんて、本来なら一生かけても届かない。

 たぶん、1つ持っていれば伝説になる。


 だが。


「安いな」


 俺の所持ポイントは100兆。

 この程度、端数どころか、端数の端数だ。


「全部買う」


 ————————————

 【思考入力】を取得しました -70万ポイント

 【肉体操作補助】を取得しました -70万ポイント

 【モーション成立補助】を取得しました -60万ポイント

 【体力管理】を取得しました -70万ポイント

 【スタミナ管理】を取得しました -70万ポイント

 【身体俯瞰感覚】を取得しました -70万ポイント

 【ローリング判定】を取得しました -140万ポイント

 【パリィ判定】を取得しました -150万ポイント

 【致命動作補助】を取得しました -80万ポイント

 【恐怖硬直キャンセル】を取得しました -60万ポイント

 【痛覚フィードバック遅延】を取得しました -70万ポイント

 【モーション自壊防止】を取得しました -120万ポイント

 【装備耐久値】を取得しました -90万ポイント

 合計消費:1120万ポイント

 ————————————


 1120万ポイント。

 普通のスキル取得が10ポイントや20ポイントなのを考えれば、完全に狂っている。


 だが、これでいい。

 筋力は上げない。

 敏捷も上げない。

 生命力も上げない。


 ステータスを上げれば楽になる。

 そんなことはわかっている。

 だが、それは違う。


 俺が欲しいのは、強い身体じゃない。

 この現実の肉体を、ゲームのキャラみたいに操作できる環境だ。


 思った通りに動く。

 入力した通りに避ける。

 タイミングが合えば、物理的に無理な攻撃でもパリィ成功として処理する。

 ローリングの出始めには、ほんの一瞬だけ被弾判定を消す。

 疲労はスタミナとして管理する。

 痛みは戦闘後にまとめて処理する。

 無茶なモーションで関節や腱が壊れるのも防ぐ。

 武器が折れるなら、耐久値として扱う。


 そうだ。

 これでようやく、最低限。


 この世界を、死にゲーとして遊べる(・・・・・・・・・・)。


「……よし」


 身体の感覚が変わった。

 手足が、頭の中の入力に追いつく。

 呼吸が整う。

 膝の震えが、完全には消えないまま、それでも動作の邪魔をしなくなる。


 恐怖はある。

 死ぬほど怖い。

 だが、怖くても動ける。


 それだけで十分だった。


「そこの兵士!」


 聖女が叫ぶ。


「逃げなさい! あなたでは勝てません!」


 正しい。

 ステータスだけを見れば、俺はただの雑魚兵士だ。


 生命力3。

 筋力2。

 敏捷2。

 何もかも足りていない。


 だが。


「……死にゲーの始まりだ」


 処刑騎士の肩が動いた。

 来る。


 開幕横薙ぎ。


 俺は知っている。

 その1撃が、どの高さを通るのか。

 どれだけ踏み込めば当たらないのか。

 避けた後、どれだけ硬直が残るのか。


 見えているわけじゃない。

 全部、覚えているだけだ。


 1万時間、殺され続けて覚えた。


 処刑騎士の大剣が、空気を爆発させながら横に薙がれた。

 俺は踏み込む。


 後ろには逃げない。

 後ろに下がってもジリ貧だ。

 攻撃を当てるために、内側に潜る。


 ダッシュ。

 スタミナが減る。

 だが足りる。


 処刑騎士の剣を握る手が、頭の後ろを通過した。

 風圧で髪が裂けた。

 だが、生きている。


「まず1回」


 俺は笑った。

 背後で、〈継承者〉が息を呑む音がした。


「避けた……?」


 処刑騎士の攻撃は終わっていない。

 横薙ぎの後は戻し斬り。

 初心者が最初に死ぬ連携だ。


 1撃目を避けて安心したところに、帰ってくる刃で真っ二つ。


 戻し斬りは、避けない。

 予備動作が大きくタイミングが読みやすい。

 つまり、パリィだ。


 筋力2のモブが、3メートルの騎士の大剣をパリィ?

 普通に考えれば自殺だ。

 剣がかすっただけで吹っ飛ばされる。


 でも、俺はそうじゃない。

 そのためだけに、ポイントを使った。


 処刑騎士の大剣が返ってくる。

 俺は錆びた長剣を振った。


 刃と刃が触れる。


 瞬間、腕が千切れそうな衝撃が走った。

 だが、これは受け止める動作じゃない。

 攻撃を力で止めるわけじゃない。


 タイミングと角度、姿勢。

 条件を合わせて、戻ってくる大剣の横腹に錆びた長剣を振る。

 触れた瞬間、世界が判定する。


 ————————————

 【パリィ判定】:成功

 ————————————


 黒い大剣が轟音とともに弾かれる。


「な、なんだって!?」

「あの一撃を弾くなんて……!」


 物理的に弾いたわけじゃない。

 俺の筋力で、そんなことができるはずもない。


 ただ、条件を満たした。

 だから、パリィは成功する。


 処刑騎士の巨体が体勢を崩す。

 完璧なる隙。

 死にゲーで脳汁の出る瞬間だ。


「右膝」


 俺は踏み込んだ。

 このボスの右膝には、装甲の剥がれがある。

 序盤武器でもダメージを稼ぎやすい、数少ない場所。


 だが、そこは危険区域だ。

 近づくとすぐ剣が落ちてくる。

 弱点で誘って殺す。

 死にゲーはそういうことをする。


 パリィの隙だけ、ここを狙える。


 俺は錆びた長剣を滑り込ませた。

 ぎちり、と刃が嫌な音を立てる。


 弱点だ。

 それでも大したダメージではない。


 でも、それでいい。

 初期ステ縛りの火力なんて、こんなものだ。


 1撃で倒せないなら、100回刺す。

 100回で足りないなら、1000回刺す。

 死ななければ、いつか勝てる。


 3撃目を終えてすぐに剣をしまう。

 その瞬間、処刑騎士が盾を振った。

 発生の速い盾殴り。

 ゲームでは、ここで欲張ったプレイヤーが死ぬ。


 俺はもう次の動作を入力していた。


 しゃがみ動作で走る。

 盾の内側へ入る。

 背後に抜ける。


 現実なら、こんな無茶な動きは膝が壊れる。

 だが、【モーション自壊防止】がギリギリで破綻を抑えてくれる。


 俺の身体は弱い。

 弱いままだ。

 ただ、動かし方だけがゲームになっている。


「……なんなんだ、あいつ」


 背後で〈継承者〉が呟いた。

 聖女の声が震える。


「ただの下級兵の動きではありません……」


 ただの下級兵だ。

 ステータス上は。


 中身が少しばかり狂った廃ゲーマーなだけだ。


 処刑騎士の背後を取った。

 ここは左脚張り付きが安定。

 振り向きや剣の振り回しに位置を調整しながら、ひたすら剣でチクチク刺す。

 カスみたいなダメージ。

 それでも蓄積する。


 大剣を振り下ろしてくる。

 これはローリング。

 床が砕ける。

 破片が腹に当たった。


「ぐっ!」


 だがHPは減ってない。

 これはボスの攻撃じゃない。

 ならダメージ判定じゃない。


 ————————————

 【痛覚フィードバック遅延】:戦闘終了後に処理します

 ————————————


 あとで痛い。

 だがダメージじゃないならどうでもいい。


「ノーダメは継続中」


 呼吸が荒い。

 持久力4。

 当然、スタミナは少ない。

 何度も動けば肺が焼ける。

 足も重くなる。


 だが、どの行動でどれだけ消耗したかはわかる。

 あとどれだけ動けるかも、だいたいわかる。


 疲労が、スタミナとして感じられる。


 ステータスを上げれば楽になる。

 生命力を上げれば1発耐えられる。

 持久力を上げればもっと攻められる。

 筋力を上げれば1撃で削れる。


 でも、やらない。

 やったら負けだ。

 俺の中の何かに。


 処刑騎士が大剣を頭上に掲げた。

 来る。


 第2形態移行時の広範囲爆発。

 ゲームでは、ここまで削ったときだけ見られる隠し行動。

 初見ではまず避けられない。


 だが俺は知っている。


 安全地帯は、右足の内側。

 ボスの足元。

 馬鹿みたいに狭い。

 普通なら怖くて入れない。

 けれど、そこしかない。


「行くぞ」


 俺は走った。


 間に合う走り方は知っている。

 どのタイミングで踏み出すか。

 何歩で届くか。

 どれだけスタミナが必要か。

 最後に滑り込む角度はどこか。


 昔、何百回も死んで覚えた。


 大聖堂の床に黒い紋様が広がる。


 爆発まで3秒。

 2秒。

 1秒。


 俺は処刑騎士の右足の内側へ潜り込んだ。

 次の瞬間、世界が爆ぜた。


「きゃあっ!」

「ユーフェリア様!」


 黒い炎が広間を飲み込む。

 床が砕け、柱が折れ、熱風が背中を焼く。

 継承者が聖女をかばって後方へ飛ぶ。


 だが、俺は生きていた。


「な、なんだって……あの爆発で、無事なのか?!」

「あの兵士、何者なのですか?!」


 処刑騎士の足元。

 開発者が用意した、悪意みたいな安全地帯。


「だが、ボーナスタイムだ」


 俺は錆びた長剣を握り直す。

 処刑騎士の膝が目の前にある。


 刺す。

 抜く。

 刺す。

 抜く。


 浅い。

 軽い。

 弱い。


 それでも蓄積する。


 やがて、処刑騎士の巨体がぐらりと揺れた。

 右膝が落ちる。

 3メートルの黒騎士が、片膝をついた。


「今だ」


 ゲームなら、ここで致命攻撃。

 現実でも、やることは同じだ。


 俺は鎧の砕けている左胸の前に走る。

 黒いモヤが吹き出ている。

 致命の合図だ。


 錆びた長剣を突き入れる。


 筋力2では、深く刺さらない。

 技量3では、綺麗に急所を貫けない。


 だが、入力なら通る。


 肩を入れる。

 腰を回す。

 刃を滑らせる。

 無理やり押し込む。


 ————————————

 【致命動作補助】:作動

 ————————————


 処刑騎士が咆哮した。

 耳が潰れそうになる。

 身体が吹き飛びそうになる。


 でも、剣から手を離さない。


「まだだ」


 剣を捻る。

 さらに踏み込む。


 膝が悲鳴を上げる。

 腕が軋む。

 呼吸が止まる。

 それでも入力は通る。


 俺の身体は、俺の思った通りに動く。


「終わりだ」


 刃が、何か柔らかいものを裂いた。

 赤い眼光が消える。

 黒い巨体が崩れ落ちた。


 大剣が床に落ち、轟音が大聖堂に響く。

 黒い燐光が舞う。


 沈黙が降りる。


 ————————————

 【黒鉄の処刑騎士】を撃破しました

 本来存在しない勝利条件を達成しました

 イベント:下級兵の死亡が破棄されました

 チュートリアル進行に重大な異常が発生しました

 称号:『死ぬはずだった者』を獲得しました

 称号:『廃の者』を獲得しました

 ————————————


 俺は荒い息を吐きながら、ステータスを確認する。


 ————————————

 名前       :ナクト

 レベル      :1

 生命力      :3

 持久力      :4

 筋力       :2

 技量       :3

 敏捷       :2

 精神       :1

 幸運       :1

 所持スキルポイント:99,999,988,800,000

 ————————————


 1120万ポイントを使って、まだほぼ100兆残っている。

 数字の暴力だった。

 だが、ステータスは1点も動いていない。


「よし」


 俺は満足して頷いた。


「初期ステ縛り、継続」


 背後から、震える声がした。


「あなたは……」


 振り返ると、聖女が呆然と俺を見ていた。


 聖女。

 この世界の重要人物。

 彼女の目には今、本来なら死体になっているはずの下級兵が映っている。


 継承者も同じだった。

 世界を救うはずの主人公が、剣を抜くことも忘れて俺を見ている。


 聖女が、改めて俺に聞く。


「あなたは……何者なんですか?」


 俺は答える。


「ただのモブだ」


 嘘ではない。

 少なくとも、本来の役割は本当にそうだった。


 その瞬間、最後の表示が浮かんだ。


 ————————————

 【蝕(むしばみ)の王】が、あなたを認識しました

 ————————————


 背筋が冷えた。


 蝕(むしばみ)の王。

 〈終蝕のレガリア〉のラスボス。

 本来なら、物語終盤まで姿すら見せない世界滅亡の元凶。


 それが今、チュートリアルで死ぬだけのモブを認識した。


「……」


 俺は血で滑る錆びた長剣を握り直した。


 世界の進行は壊れた。

 主人公は俺を見ている。

 聖女も俺を見ている。

 ラスボスまで俺を見た。


 けれど。


(どうでもいい)


 俺は主人公になりたいわけじゃない。

 英雄になりたいわけじゃない。

 俺はただ、この死にゲーをクリアしたいだけだ。

 できれば、初期ステ縛りで。


「蝕(むしばみ)の王」


 俺は崩れた大聖堂の奥を見た。


「この世界、レベル1で攻略してやるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。