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第19話 モブ、レベルアップを求める

 ソウゴに小石を投げる位置を教えなければ。


 小袋に指を入れる。

 指先に、ちょうどいい小石が触れる。

 インベントリ化して正解だった。

 いちいち袋の中を探していたら、それだけでテンポが悪い。


「説明する」


 俺は坑道口を指差した。


「まず、石の音には範囲がある」

「音の範囲?」

「ああ。小石が落ちた場所を中心に、音が届く範囲がある」

「それは……どのくらいだ?」


 難しい質問だ。

 ゲームでの距離と、この世界での距離は違う。

 何か基準が必要だ。

 ソウゴがわかりやすく、物差しになるような。


 俺は辺りを見渡す。

 そして、思いついた。


「聖女3人分だ」

「なんで私を基準にするんですか」

「ユーフェリア様が3人……」

「想像しないでください」


 他意はない。

 ちょうど良かったからだ。

 まあ聖女が何と言おうとソウゴがわかればいいだけだ。


「次に、敵にも音を感知する範囲がある」

「敵が音に気づく範囲、か」

「そうだ。こっちは……」


 聖女がジッと見てくる。

 ちょっと怒っている。

 これはちょっと怒っている目だ。


「この剣、6本分だ」

「あ、ああ、わかった」


 俺は坑道口を見る。

 見えているわけじゃない。

 画面に円が出ているわけでもない。

 だが、わかる。


 1万時間やったからだ。


 どこに投げれば、1体だけ反応するか。

 どこに投げると、2体来るか。

 どこに投げると、奥まで起きるか。

 何度も失敗して覚えた。

 身体に染みついている。


「石の音の範囲と、敵の感知範囲。その重なりを見る」

「モブには、見えてるのか」

「見えている」

「俺にも見えるようになるのか」

「知らない」

「え……?」

「今は俺が投げる場所を教えるからいい」

「でも、それじゃあ強くなれないじゃないか」


 ソウゴが食い下がってくる。


「お前の強さはそれじゃない」

「俺の、強さ……」


 そう、お前の強さはレベルだ。

 少なくとも今は。


 レベルはテクニックをカバーする。

 だから、レベルを上げて殴る。

 RPGの基本は、〈終蝕のレガリア〉でも通じる。


 初心者でも、レベルを上げれば死ににくくなる。

 難しいだけじゃない。

 救済措置もある。

 だから神ゲーだ。


「残りは2体。つるはし持ちとナイフ持ち」

「さっきよりは少ないな」

「2体も、だ」

「……そうだった」


 数が減ったから安全、ではない。

 2体いるなら事故る。

 普通に事故る。


「奥のやつらが戻りきるまでは投げない」

「投げるとどうなるんだ?」

「死ぬ」

「全部それだな……」


 だいたいそうだ。

 死にゲーの説明は、最終的に「死ぬ」に収束する。


 奥の結晶蝕者たちが暗がりへ戻る。

 ナイフ持ちは坑道口の右寄りへ。

 つるはし持ちは左寄りへ。

 ここでようやく、落ち着いた。


「まず俺がやる。見るだけでいい」

「わかった」

「次はつるはし持ちだ」


 俺は小石を投げた。


 狙うのは、つるはし持ちの左。

 崩れた鉱車の少し手前。

 中央にも入れない。

 ナイフ持ちの反応範囲にも触れない。

 つるはし持ちだけが音を拾う位置。


 からん。


 小石が転がる。

 つるはし持ちだけが顔を上げる。

 ナイフ持ちは動かない。


「今の場所だ」

「かなり端だな」

「そうだ。敵を狙うな。範囲の端を狙え」


 つるはし持ちが歩く。

 遅い。

 結晶に覆われた足が、崩れた地面を踏む。


 鉱車の横。

 穴の手前。

 前回とは少し違う位置。

 だが、範囲は同じだ。


「ソウゴ」

「ああ」

「お前が落とせ」


 ソウゴの顔が強張る。

 だが、逃げない。

 剣は抜かない。


 よし。

 そこは守っている。


「背中だ」

「わかった」

「ただし強く蹴るな。必要なのは威力じゃない。入力だ」

「入力……」

「あの場所で、あの敵に、その動作を入れる。それだけでいい」


 ソウゴが走った。

 つるはし持ちの背後に入る。

 背中を蹴る。


 少し強い。

 だが、位置は悪くない。


 結晶蝕者の身体が前へ傾いた。

 踏みとどまろうとした靴が、崩れかけた足場の端で滑る。

 がらり、と石が崩れた。


 硬い身体が、穴の底へ落ちていく。

 下で鈍い音。


【結晶蝕者を撃破しました】


「……落ちた」


 ソウゴが呆然と呟いた。


「落ちたな」

「今ので、倒したのか」

「倒した」

「剣を抜いていないのに」

「経験値稼ぎだからな」

「経験値稼ぎ……」


 ソウゴは、かなり複雑そうな顔をしていた。

 たぶん、思っていた修行とかなり違うのだろう。


 剣を振る。

 汗を流す。

 根性で立ち上がる。

 そういうものを想像していたのかもしれない。


 だが、今やっているのは石の落下地点と敵の反応範囲の話だ。

 まるで主人公らしくない。

 主人公らしくないが、こっちの方が死ににくくなる。


「次はお前が投げる番だ」

「もうか?」

「今のを覚えているうちにやるほうがいい」


 俺は小石を一つ渡した。


 残りはナイフ持ちの蝕者。

 位置は右寄り。

 狙うのは、右の木柵の手前。


 ただし近すぎると奥が来る。

 遠すぎると誰も来ない。


「石の音の範囲と敵の感知範囲を考えろ」

「ああ」

「2つの範囲が、ナイフ持ちだけに重なる場所だ」

「……わかった」


 わかってなさそうな顔だ。


「聖女が剣に刺されない範囲だ」

「モブ」


 ユーフェリアが鋭い眼で見てくる。

 だがソウゴの顔が変わった。

 聖女を守る者の眼だ。


「見ろ、あれが主人公の顔だ」

「主人公かどうかはわかりませんが、ソウゴ様のお役に立てたようなので今回は許します」


 ソウゴが坑道口を見る。

 真ん中は見ていない。


 右の木柵。

 その少し手前。

 視線は悪くない。


 ソウゴが小石を投げた。

 小石は少し高く飛んだ。


 高さがある。

 まずいか?


 いや。

 落ちる位置は悪くない。


 からん。


 小石が木柵の手前に落ちた。

 奥の暗がりで、青白い結晶がわずかに揺れる。


 俺は息を止めた。

 だが、動かない。


 ナイフ持ちの結晶蝕者だけが、ゆっくりと顔を上げた。


「……1体だけ」


 ソウゴが呟いた。


「そうだ」

「できたのか?」

「まだだ」


 釣っただけだ。

 倒すまでがセットだ。


 ナイフ持ちの結晶蝕者が歩き出す。

 木柵の横へ。

 穴の手前へ。

 背中がこちらを向く。


「今だ」


 ソウゴが走った。

 剣は抜いていない。


 よし。

 そこは守った。


 結晶蝕者の背後に入る。

 ソウゴが背中を蹴る。


 強すぎる。

 いや、強いのは悪いことではない。


 ただし、少し早い。


 結晶蝕者の身体が前へ傾いた。

 だが、足がまだ穴の端に乗っていない。

 足場の手前で、踏みとどまる。


 ソウゴの顔が強張る。


 失敗。

 いや、まだ間に合う。


「もう一回だ!」


 俺の声を聞いて、もう一度背中を蹴った。


 今度は通った。


 結晶蝕者の靴が滑る。

 石が崩れる。

 硬い身体が、穴へ落ちていく。


 鈍い音。


【結晶蝕者を撃破しました】


 よし。

 経験値は入った。

 とりあえず1セット。


 ここまででまずはレベルアップだ。


「ユーフェリア」

「はい?」

「ソウゴをレベルアップさせろ」

「れべる、あっぷ?」


 ユーフェリアが首を傾げた。

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