第17話 モブ、初心者に教える
教会から出て、王都に降りる。
空は、赤く染まっていた。
ゲームなら、このあたりで王都のNPC会話が更新される。
助けを求める民や、継承者を称える神官。
あとは不安を語る商人。
たぶん、話しかければ世界観が深まる。
だが、今はいい。
考察勢ではない。
目的地は一つ。
聖王都の東門を出て、枯れた丘を越えた先。
嘆きの廃鉱。
序盤の定番稼ぎ場だ。
「そこには、強い敵がいるのか?」
ソウゴが聞いてきた。
「いない」
「え?」
「倒しやすい敵がいる」
「倒しやすいって……それで強くなれるのか?」
「なれる」
「強い敵と戦う方が、修行になるんじゃないか?」
「ならない」
俺は即答した。
「強い敵は死ぬ」
「……それは、そうかもしれないが」
「稼ぎ場で大事なのは、安定して倒せることだ。経験値効率、移動距離、回復地点、敵の配置、リポップ速度、事故率。全部込みで見る」
「りぽっぷ……?」
「復活だ」
「敵が復活するのか!?」
「する。たぶん」
「たぶん!?」
ゲームではする。
この世界でどうなっているかは知らない。
だが、なかったら困る。
かなり困る。
稼ぎ場が稼ぎ場でなくなる。
こればかりは行ってみるしかない。
「モブ」
ユーフェリアが横から言った。
「あなたの言うことは、たまに当たっていますが、毎回とても不安になります」
「たまにじゃない。だいたい当たる」
「だいたいで命を預けるのは怖いのです」
「死なせない」
俺がそう言うと、ユーフェリアは少し驚いたように目を瞬かせた。
ソウゴもこちらを見た。
言い方が悪かったか?
「死なれると進行が詰む」
俺は補足した。
ユーフェリアが深いため息を吐く。
「……そういうところです」
「何がだ」
「いえ。いいです」
何も良くない顔だった。
だが、話しているうちに東門へ着いた。
門番の騎士たちが俺たちを見るなり、姿勢を正した。
「ソウゴ様! ユーフェリア様!」
そして、少し遅れて俺を見る。
「モ……名誉騎士殿!」
呼び方に迷うな。
ただのモブだ。
「外へ出る」
俺は言った。
「しかし、日没後の外は危険です」
「大丈夫だ」
「え?」
「もっと危険な場所にいく」
「そ、それは……」
門番が困惑していると、ソウゴが一歩前に出た。
「通してくれ。俺は強くならなければならない」
門番たちが息を呑んだ。
主人公らしい。
非常に主人公らしい。
だが、向かう先は稼ぎ場だ。
熱い決意で行く場所ではない。
門が開く。
聖王都の外へ出ると、風が冷たかった。
夕焼けが沈み、枯れた草原の向こうに黒い丘が見える。
そのさらに奥。
崩れた坑道口がある。
その奥には、青白く光る結晶の群れがいる。
嘆きの廃鉱。
ゲームでは、多くのプレイヤーがここで初めて「レベル上げって大事だな」と思う。
そして、少し経つと「レベル上げって眠いな」と思う。
それが稼ぎ場だ。
「止まれ」
俺は丘の手前で足を止めた。
「ここから先は、俺の指示通りに動け」
ソウゴが頷く。
「わかった」
「まず、あの坑道口に見える結晶蝕者が3体」
「結晶蝕者……?」
「身体の半分が蝕の結晶に覆われた鉱夫崩れだ。硬い。遅い。面倒。まともに斬ると時間がかかる」
坑道口の周囲には、3体の人影が立っていた。
皮膚は黒ずみ、肩や背中から青白い結晶が突き出ている。
顔は人間の形を残しているが、目は濁り、口からは黒い息が漏れている。
かつては鉱夫だったのだろう。
今は、蝕に侵された採掘場の残骸だ。
「3体……? 暗くてよく見えないが」
「いる。左から、つるはし、ナイフ持ち、松明」
ユーフェリアが目を凝らす。
「本当にいます……」
「この場面で大事なのは、全員を相手にしないことだ」
「敵は3体だけだろう?」
「3体も、だ」
3体いれば事故る。
2体でも事故る。
1体でもたまに事故る。
だから、基本は1体ずつ。
俺は腰の袋から小石を一つ取った。
「こういう時に使う」
「小石を?」
「そうだ」
俺は坑道口の少し右、崩れかけた木柵の近くへ小石を投げた。
小さな音。
からん、と石が転がる。
松明持ちの結晶蝕者が、ゆっくりと顔を上げた。
他の2体は動かない。
松明持ちだけが、音の方へ歩き出す。
「1体だけ釣る」
「釣る……?」
「敵を1体だけ誘導することだ」
「そんなことができるのか」
「できる。投げる位置を間違えなければな」
松明持ちの結晶蝕者が、木柵の横を通る。
そこは、地面が少し崩れている。
足場の先には、採掘用の深い穴。
底は暗く、青白い結晶が点々と光っていた。
結晶蝕者が、音の場所を探して立ち止まった。
背中がこちらを向く。
今だ。
俺は走った。
剣は抜かない。
斬らない。
背後に近づく。
結晶蝕者の身体は硬い。
だが、関係ない。
俺は結晶蝕者の背中を蹴った。
筋力2。
威力はない。
技術もない。
だが、ここはそういう場所ではない。
この位置。
この角度。
このタイミング。
背中に一発入れれば、結晶蝕者は落ちる。
そういう配置だ。
俺の足が、結晶蝕者の背中に触れる。
入力は通った。
結晶蝕者の身体が、前に傾く。
踏みとどまろうとした靴が、崩れかけた足場の端で滑る。
がらり、と石が崩れた。
結晶蝕者が穴の底へ落ちていく。
硬い結晶の身体が、岩肌にぶつかりながら砕ける音がした。
しばらくして、下の方で鈍い音が響く。
————————————
【結晶蝕者を撃破しました】
————————————
よし。
落下ダメージは生きている。
最高だ。
俺は静かに2人のもとへ戻った。
「こうやる」
ソウゴは、しばらく穴の方を見つめていた。
そして、かすれた声で言った。
「……これで強くなるのか?」
「なる。経験値が入るからな」
「何の経験にもなってない気がするんだが……」
ソウゴは、まだ穴の方を見ている。
ユーフェリアも、何とも言えない顔をしていた。
わかる。
地味だ。
華はない。
だが、これが強い。
安全に倒せる。
被弾しない。
時間も短い。
経験値も入る。
だから、稼ぎ場だ。
「次はお前だ」
俺は小石を一つ、ソウゴに渡した。
ソウゴはそれを受け取って、硬直した。
いい顔だ。
熱意が少し削れて、恐怖と困惑が混じっている。
稼ぎ場に入るには、ちょうどいい顔だった。
だが、問題は顔じゃない。
ソウゴは坑道口を見た。
視線が、真ん中に向いている。
まずい。
そこは、初心者が最初に投げたくなる場所だ。
そして、3体全部が反応する場所でもある。
「おい、待て――」
「はっ!」
小石が地面にぶつかり、音を立てた。




