第13話 モブ、レガリアを納める
「モブ、俺に教えてくれ」
しまった。
これはイベントだ。
「何をだ」
「君の戦い方を」
俺の、戦い方。
挑んで、挑んで、挑んで、挑みまくって。
死んで、死んで、死んで、死にまくって。
少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ覚えていく。
それを、こいつが。
「無理だ」
「なぜだ!」
「1万時間かかる」
あと100兆ポイントもない。
ソウゴが息を呑んだ。
ユーフェリアが額を押さえた。
グラントが小さく笑った。
だが、ソウゴは引かなかった。
「それでも、強くなりたいんだ」
「ソウゴ様……」
ユーフェリアが呟いた。
「俺が主人公なら」
ソウゴは、自分の胸に手を当てた。
「俺が、守れるようにならなきゃいけない」
その言葉に、大聖堂が静かになった。
主人公らしい台詞だ。
とても主人公らしい。
だが、少し違う。
「まず、俺は強くないし、強くもなれない」
「え……?」
ステータスも装備も最弱固定。
これは縛りだ。
レベルは上げない。
経験値は無意味。
「けど、お前は強くなれる」
「……!」
「そして、強くなる方法は知ってる」
レベル上げだ。
「お前には、強くなってもらわないと困る」
死んだら進めないからだ。
「モブ……頼む!」
ソウゴが決意の表情で頭を下げる。
だが、アレをやるのか。
アレはツライ。
付き添いでもツライ。
それでも事故死を防ぐには、俺もついていかないとならない。
「どうした?」
ソウゴが顔を上げる。
俺は錆びた長剣を鞘に戻した。
「強くなりたいか」
「ああ」
「本当にか」
「本当にだ」
「地味だぞ」
「構わない」
「同じ敵を何度も倒すぞ」
「構わない」
「飽きてもやるぞ」
「構わない」
「途中で眠くなる」
「……どんな訓練なんだ?」
訓練じゃない。
だが、いいだろう。
仕方がない。
ソウゴが死ぬと進行が詰む。
つまりボス戦が終わる。
レベルを上げれば死ににくくなる。
ひたすら硬くして、道中の盾になってもらう「ソウゴ盾縛り」もありかもしれない。
そのプレイはやったことがない。
「じゃあ、稼ぎ場に向かうぞ」
ソウゴが瞬きをした。
「かせぎ……?」
「経験値を稼ぐ場所だ」
「経験値……?」
「敵を倒して成長する」
「修行、ということか?」
「違う」
俺は首を振った。
「周回だ」
ソウゴは、何も理解していない顔をしていた。
ユーフェリアが、深くため息をつく。
「またツベコベ言ってる……」
「ツベコベじゃない。これが一番早い」
皆、まだ理解できない顔をしている。
だが、俺には見えている。
ガルム撃破後に、失敗しにくくて経験値効率が高い場所。
ソウゴを最低限、死ににくくするための稼ぎルート。
退屈な、作業。
「はぁ……」
俺はため息をついて、大聖堂の出口へ歩き出した。
「行くぞ、主人公」
ソウゴが慌てて追ってくる。
「待て、今すぐか!?」
「今すぐだ」
「レガリア奉納の儀は!?」
「スキップだ」
背後で、オルディス大司教が咳払いをした。
かなり大きめに。
面倒なイベントが、まだ残っていたらしい。
クソが。
やはり現実は、ムービーをスキップできない。
いや。
待て。
教会ルートの報酬装備。
あれは、先にもらっておいた方がいい。
ソウゴの死亡率が下がる。
防御力が上がる。
状態異常耐性も少しついている。
序盤にしてはかなり優秀。
稼ぎ場へ行く前に装備更新。
これは重要だ。
「ソウゴ」
「何だ?」
「奉納を先に済ませるぞ」
「今、スキップと言わなかったか?」
「気が変わった」
「気が変わるのが早すぎる……」
「死亡率が変わるなら話は別だ」
俺は祭壇を指差した。
「そこに置け」
「え、置く?」
「〈獣冠のレガリア〉を祭壇に置く。するとイベントが進む」
ユーフェリアがすごい顔をしているが、知らない。
ソウゴは困惑しながらも、〈獣冠のレガリア〉を祭壇に置いた。
何も起きなかった。
沈黙。
大聖堂に、微妙な空気が流れる。
「……モブ?」
「待て」
俺は祭壇を見る。
光らない。
文字も出ない。
実績解除も起きない。
ソウゴがレガリアを置いた。
条件は満たしている。
なのに進まない。
なぜだ。
「奉納の儀は、祈りと聖句をもって行うものです」
オルディス大司教が、穏やかに言った。
「レガリアを置くだけでは、奉納とは認められません」
そういうタイプか。
クソゲーが。
いや、違う。
これは神ゲーだ。
悪いのは現実側の処理である。
俺は祭壇の〈獣冠のレガリア〉を取り、ソウゴに戻した。
「やれ」
「何を?」
「儀式だ」
「また気が変わったのか……」
ソウゴが疲れたように言った。
ユーフェリアが、なぜか少し得意げに胸を張る。
「ですから、神聖な儀式には手順というものがあるのです」
「手順が長いとテンポが悪い」
「テンポの問題ではありません」
「かなり重要だ」
「重要なのは祈りです」
儀式やら祈りやら、長そうな単語ばかりだ。
「ショートカットは?」
「なんですかそれは」
「短縮版ってことだ」
「ありません! 儀式を何だと思ってるのですか!」
俺はオルディス大司教を見た。
「あるだろ」
「あります」
「あるのですか?!」
まあ、俺はあるの知ってるからな。
中盤以降のイベントで出てくる。
「ですが聖女様、それでよろしいですか?」
「……今は非常時です。その短縮版でお願いいたします」
ユーフェリアが言った。
いい判断だ。
やはり聖女はイベント進行能力が高い。
大司教は柔らかく頷いた。
「本来であれば、3日の潔斎と7つの祈祷を経て行うべき儀ですが、今は非常時。聖女様の御意志があるならば、略式奉納を認めましょう」
3日。
7つ。
ゲームだったら暗転で済むが、現実はそうはいかない。
危ないところだ。
普通にやっていたら、そこで俺の精神が死んでいた。
そんな死にゲーは嫌だ。
「ソウゴ様。祭壇の前へ」
大司教に促され、ソウゴがレガリアを抱えて進む。
ユーフェリアがその隣に立つ。
大司教が聖印を掲げる。
騎士たちが姿勢を正す。
神官たちが祈りの姿勢を取る。
俺はゆっくり後ろへ下がっていく。
「モブ」
「何だ」
「逃げないでください」
「逃げてない。距離を取っている」
「逃げています」
バレた。
仕方なく、その場に留まる。
オルディス大司教の声が、大聖堂に響いた。
「第一のレガリア、獣冠よ。聖王国の祈りを受け、継承者の道を照らしたまえ」
長い。
短縮版でも長い。
だが、3日よりは短い。
ユーフェリアが祈る。
ソウゴが〈獣冠のレガリア〉を祭壇へ捧げる。
今度は、光った。
黒銀の冠から、淡い光が浮かび上がる。
大聖堂の床に刻まれた紋様が、ゆっくりと輝き始めた。
視界に文字が浮かぶ。
————————————
【第一のレガリアが聖王国教会に奉納されました】
【教会ルートの進行条件を満たしました】
【聖王国教会の支援が解放されました】
————————————
よし。
フラグは立った。
これでいい。
次は報酬装備だ。
俺はオルディス大司教を見る。
「装備は?」
大司教が、わずかに目を瞬かせた。
「……装備、ですか」
「ああ。継承者用のやつだ。死ににくくなる」
「教会宝物庫より、ソウゴ様に相応しき聖具を選ばせましょう。準備には少々お時間をいただきます」
「どのくらいだ」
「半刻ほど」
許容範囲。
いや、微妙に長い。
だが、3日よりは短い。
「その間に移動準備だ」
俺はソウゴを見る。
「装備を受け取ったら、稼ぎ場に向かう」
「わかった」
ソウゴの、顔つきが変わっている。
「いい顔つきだ」
ソウゴが驚いたような顔をしたあと、元気に返事をする。
「ああ!」
だが。
「かわいそうに」
「何でだ?!」
周回にやる気は不要だ。
もっと虚無の顔をしておけ。




