第11話 モブ、ローリングを読まれる
「第二形態か」
俺は、騎士団長グラント=ヴァイスハルトの剣に宿った白い光を見て、そう呟いた。
大聖堂の空気が変わっている。
さっきまで騎士たちはざわついていた。
大司教は目を細めていた。
ユーフェリアは心配そうにこちらを見ていた。
ソウゴは、何かを必死に見逃すまいとしていた。
だが、今は全員が黙っている。
理由はわかる。
グラントの剣から、明らかにやばそうな光が出ているからだ。
白い燐光。
聖気。
聖王国騎士団の中でも、選ばれた者だけが使える対蝕戦闘術。
そういう設定だ。
ゲーム本編では、騎士団長グラントとは戦わない。
だが、似た敵はいる。
白銀騎士。
王都後半に出てくる、やたら硬くて、やたらディレイをかけてくる人型の嫌な敵。
その上位種に、聖気をまとったやつがいた。
名前はたしか、〈聖痕騎士〉。
盾持ちで、突き主体。
聖属性の追加判定と大技もある。
つまり、嫌いなタイプだ。
良い敵ではある。
嫌いだが。
「モブ殿」
グラントが言った。
さっきまでより、声が静かだった。
「ここからは、ただの手合わせでは済まぬかもしれん」
「最初からそう言った」
「言っていたな」
「俺は死んでもやる」
「……それも、言っていた」
グラントが笑った。
楽しそうだった。
さっきまでの騎士団長の顔ではない。
これが戦士の顔というやつだろうか。
いい顔だと思う。
ただし、俺は死にたくない。
死んでもやるが、死にたいわけではない。
ここは重要だ。
「では、行くぞ」
グラントが踏み込んだ。
速い。
さっきより明らかに速い。
聖気による身体強化。
白い光が足元に散り、鎧の重さを消したかのように、巨体が滑る。
この動きは知っている。
袈裟斬りからの肩当て。
距離を取ると光にやられ、距離を詰めすぎると肩当てにやられる。
初見殺しだ。
グラントの左側に回り込む。
グラントの白い刃が、俺の横を通過した。
風圧で耳が痛い。
でもダメージはない。
かなり大事。
直後、肩が来る。
俺はローリングで避ける。
ブン、と空気を撃つ音がする。
「ほう」
グラントの声が近い。
「今のを初見で避けるか」
「初見じゃない」
「何?」
「似たやつに殺されたことがある」
「……そうか」
たぶん伝わっていない。
だが、どうでもいい。
俺はグラントの背後に抜ける。
攻撃はしない。
まだだ。
第二形態の確認が先。
強化後にどの派生が増えたか。
聖気の持続時間。
剣光の伸び。
硬直の増減。
スタミナ消費。
全部見る必要がある。
「また観察か」
グラントが振り返る。
「そうだ」
「今度は、私もそう簡単には見せ切らんぞ」
「問題ない」
「なに?」
「もうだいたいわかってる」
聖気を出しても、ベースは同じだ。
範囲が広がって、飛び道具が増えるくらいだ。
あと必殺技。
まあ、それが厄介なんだが。
「……なるほど。実に、失礼だ」
グラントの剣が横に振られる。
横薙ぎ。
白い剣光が遅れて伸びる。
本体の刃を避けても、光に当たる。
判定が2段ある。
でもタイミングは素直。
こういうのは割と避けやすい。
俺は姿勢を低くしたまま、グラントの右側へ抜けた。
白い光が背中のすぐ後ろを裂く。
熱い。
いや、当たってはいない。
熱を感じただけだ。
セーフ。
「くッ!」
グラントがさらに踏み込む。
突き。
蹴り。
剣光。
遅らせ斬り。
肩当て。
柄打ち。
聖気の爆ぜ。
全部が速い。
全部が重い。
全部が、当たれば死ぬ。
俺は逃げる。
避ける。
潜る。
下がる。
グラントの剣が大聖堂の床を削る。
白い光が柱を裂く。
騎士たちが後ずさる。
ユーフェリアが息を呑んでいる。
ソウゴは、瞬きも忘れて見ている。
いい。
見ておけ。
お前は主人公だ。
いずれ、こういうのと戦う。
そして死ぬ。
死なないために、見ておけ。
「モブ!」
ソウゴが叫んだ。
「大丈夫なのか!」
俺は答えない。
大丈夫じゃないからだ。
死にゲーに「大丈夫」なんてない。
だから、黙って見ておけ。
グラントの剣が迫る。
喋ると死ぬ。
本当に死ぬ。
だが、同じだ。
ゲームと同じ。
グラントの聖気強化は強い。
速度も上がる。
剣光も伸びる。
だが、その分、踏み込みが深くなる。
さっきの通常状態より、ほんの少しだけ戻りが遅い瞬間がある。
攻撃が苛烈になる分、隙が多くなるタイプ。
これがゲームバランスというやつだ。
俺は距離を取った。
グラントが追う。
予想通り。
距離を取る相手には、白い突進突き。
剣光が槍のように伸びる。
見た目より判定が長い。
初見なら死ぬ。
だが、突進の直前、左足が深く沈む。
そこだけは同じだ。
俺は逃げるのをやめた。
グラントが目を細める。
剣が白く輝く。
来る。
突進だ。
真正面。
俺は一歩だけ右に動く。
早いと追尾に引っかかる。
遅いと刺さる。
だから、今だ。
白い剣光が俺の脇横を貫いた。
触れていない。
だが、革鎧の端が焼ける。
セーフ。
かなりセーフ。
グラントの身体が、俺の横を通過する。
ここで攻撃──ではない。
これは隙が多そうで多くないヤツ。
一番イヤなやつ。
「また攻撃しなかったな」
グラントが振り向いた。
息が上がっている。
だが、笑っている。
「また、しばらく観察か」
「いや」
「何?」
「もう終わってる」
グラントが、歯を噛みしめる。
「では……これで、終わりだッ!」
グラントが剣を両手で握った。
空気がさらに重くなる。
来る。
奥の手。
第二形態の中の大技。
こういうやつは、だいたい溜めがある。
溜めている間に殴る。
普通はそうだ。
だが、これは違う。
殴ると死ぬ。
構えを見る。
白い聖気が、刀身に集まっていく。
剣先は横。
肩は開いている。
足は止まっている。
大きな横薙ぎ。
聖気を飛ばして、着弾地点で爆ぜるやつだ。
後ろに逃げれば範囲に巻き込まれる。
横に逃げても、剣光が広がる。
だから、前。
発生の内側へ潜る。
「聖断」
グラントが呟いた。
次の瞬間、白い光が大聖堂を横に裂いた。
横薙ぎ。
床が焼ける。
柱が削れる。
騎士たちが悲鳴を上げて下がる。
俺は、前へ転がった。
ローリング。
聖気波を抜ける。
爆発。
熱が背中を撫でた。
当たっていない。
抜けた。
セーフ。
これはセーフ。
そう思った瞬間。
グラントが、目の前にいた。
上段。
白い剣が、頭上で構えられている。
「それは、知っている」
グラントが言った。
「モブ!」
「いけません!」
二人が叫んだ。
剣が振り下ろされる。
近すぎる。
今から範囲外には逃げられない。
ローリングしても聖気に当たる。
死ぬ。
だが。
「ああ」
俺は、錆びた長剣を握り直した。
「俺も知ってる」
白い剣が、錆びた長剣に触れた。
甲高い音が、大聖堂に響いた。




