第8章:白銀のピレル越え
それから三日後、シンの一行は先行していたオットーたち後方支援隊、そして彼らを護衛していたヤミル、クリス率いる歩兵・弓兵・狩人隊の本体と無事に合流を果たした。
再会を果たした傭兵団は、強行軍による極限の疲労を癒すため、人里離れた深い森の中で丸一日の完全休息を挟むこととした。その日の夜、設営された中央テントに主要幹部を集めたシンは、全員に向けて「フランクからの撤退と、ヒスパニア王国への即時移動」を厳かに告げた。
話を聞いたオットーは、複雑な表情で頭を振った。
「シン君、君の判断の合理性は理解できる。……だがね、現在のヒスパニア王国へ逃げ込んだとしても、俺たちのような根無し草の傭兵団が、すぐに国の中枢や有力な貴族に接触して大仕事を得るのは不可能に近い。今の俺たちは、彼らに対してこちらの『利用価値』を証明できるだけの大義名分も、強力なコネクションも持っていないんだからね」
「……その通りですね。残念ですが、オットーさんの言う通りです」
シンは苦笑混じりに頷いた。
「だから、ヒスパニアへ渡った後は、しばらくの間、地道な傭兵稼業(小仕事)をこなして食い繋ぐしかないと考えています」
シンはそっと己の胸元に手を当てた。衣服の内側に隠された“これ”――ブリタニアで手に入れた、世界の根幹に関わる秘密の遺物に頼るしかないのだが、その真の価値や使い方が分からない以上、まずはヒスパニアの地で傭兵団としての圧倒的な『地力(実績)』を示し、名を売るしかなかった。
「だが、何をするにしても、まずはこの目の前の大山脈を越えなければ始まらない。麓の村で装備と兵站を完璧に調え、万全の態勢で山脈越えに挑むぞ」
それからさらに五日間の行軍を経て、傭兵団はフランク王国とヒスパニア王国を文字通り分断するようにそびえ立つ、険峻なるピレル山脈の麓にある小さな寒村へと到着した。
そこで団の有り金をはたいて大量の防寒具や保存食、登山用の資材をかき集めた。村の老人たちからは「この時期にその人数の移動は自殺行為だ。特にその小さな子供連れ(教育隊)では、途中で全員凍死するぞ。子供だけでも村に置いていけ」と激しく引き止められた。
シンも一瞬、子供たちを村へ預けることを考えたが、教育隊の子供たちはシンの服の裾を強く握り締め、「俺たちも連れていってくれ! 緋色の傭兵団から離れたくない!」と涙ながらに訴えた。その強い眼差しに根負けしたシンは、「足手まといになったらその場に置いていく」と冷たく突き放しながらも、全員を同行させる決断を下した。
ピレル山脈。北は北外海沿岸から、南は大内海の沿岸部に至るまで、大陸の西端を完全に縦断する巨大な天然の障壁。フランクからヒスパニアへ安全に移動するには、通常であれば北外海か大内海を船で渡る海路を取るか、それぞれの海岸沿いに整備された正規の国境街道を進むのが一般的なルートである。
しかし、現在の俺たちにそのルートは使えない。正規の街道や主要な港は、オルレアン伯爵の監視網と西方方面軍によって完璧に封鎖されていると予想された。
だが、道が完全に閉ざされているわけではない。命知らずの一部の商人が極秘裏に使用している、山脈を完全に横断する隠されたルートが「五つ」存在していた。シンはその五つのうち、最も険しく、通行が極めて困難とされる『最悪の難関ルート』を選択した。
理由は明確に二つ。敵が最も警戒していない(追手が来られない)ルートであること、そして距離においてヒスパニアへ至る『最短のルート』だからである。麓の村での準備を完璧に終えた二百六十名の一行は、ついに白銀の魔境へと足を踏み入れた。
最初の数日間は、驚くほど順調に歩みを進めていた。しかし、一番手前の山の中腹、視界が開けた険しい岩場に差し掛かった頃、遥か眼下の麓の村に、無数の黒い点が押し寄せるのが見えた。西方方面軍の追跡部隊だ。これだけの大世帯での移動だ、村人に箝口令を敷いたところで、俺たちが山を登り始めたという事実は即座に奴らの知るところとなったのだ。
だが、正面からの追撃に関して、シンは楽観視していた。
(正規軍の連中が、この冬の時期に、この最悪の難関ルートを大軍で追いかけてくるはずがない)
難所で名高いピレル山脈の中でも、最も危険なこの登山道を、二百五十人を超える集団、しかも女子供を連れて横断するなど正気の沙汰ではない。軍の指揮官であれば「放っておいても勝手に山の中で全滅して引き返してくるだろう」と判断するのが合理的だからだ。
シンの読みは正確だった。正規軍の追手は一向に山を登ってくる気配はなかった。……しかし、シンとハンスにはもう一つの確信があった。
(正規軍は来なくとも、あの執念深いオルレアンの暗部『蛇の眼』だけは、必ず俺たちの首を狩りに追ってくる)
その予想もまた、完璧に的中した。山を登り始めて三日目の夜、猛吹雪の隙を突いて、闇の中から音もなく襲撃が仕掛けられた。
だが、来ると分かっている襲撃など、シンの戦術眼の前には絶好の迎撃戦に過ぎない。部隊の殿を、クリシュ・アランの精鋭たちとハンスの特務隊で強固に固めていたシンは、即座に逆包囲の指示を出した。
ハンス率いる特務隊は、あらかじめ団の後方の険しい崖地帯に広く散開し、接近してきた『蛇の眼』の暗殺者集団二十名を敢えて泳がせて通過させた。奴らが団の本隊へ襲いかかろうとした瞬間、後方の退路を特務隊が完全に遮断。前方に陣取っていたコナ率いるクリシュ・アランが正面から奴らを圧倒し、前後から挟み撃ちにする形で、二十名の暗殺者たちを一人残らず、悲鳴を上げる隙すら与えずにその場で完膚なきまでに討ち取った。
「これで、追ってきた連中はすべて処理した」
ハンスの冷徹な報告を受け、シンは一瞬だけ安堵の息を漏らしたが、すぐに全軍に先を急がせた。
本当の地獄は、敵ではなく「自然の脅威」だった。
冬のピレル山脈は、北外海から吹き付ける容赦のない風雪が牙を剥き、気温は容易に氷点下遥か深くまで急降下する。山頂付近に近づくにつれ、周囲から木々の姿は消え失せ、牙のように尖ったごつごつとした岩肌と、凍りついた氷壁だけが視界を埋め尽くす。吹きさらしの強風に身体を煽られるたび、体感温度は極限まで削られていった。
ブリタニア北部の極寒の地、ダン・ネスの大自然で生まれ育ったクリシュ・アランの戦士たちは、驚くべきことにこの環境でも平然としていたが、温暖なゲルマニアの平原出身の傭兵たちには、この寒さは命に直結する地獄だった。特に、後方支援隊の女性や子供たちへの負担は凄まじく、この極限状態のなかで一度でも高熱を出して倒れようものなら、瞬く間に体力を失い、死に至る。
シンはオットーと協力し、女性や子供たちを臨時の頑強なソリ型馬車に乗せ、毛皮を何重にも巻き付けさせて徹底的な防風防寒対策を施した。歩兵隊の面々にも無理な行軍をさせず、頻繁に短い休憩を挟む。そんな極限状態のなかで、一切寒さに怯むことなく完璧な警戒と移動の要を担ってくれたのは、やはりクリシュ・アランの連中だった。
「シ、シ、シ、シ……シン……さ、さむ、寒すぎるぞ、こ、この山っはぁ……!」
意外なことに、普段誰よりも凶暴な野生児ガーブは、極端に寒さに弱かった。分厚い防寒具の上に、さらに仕留めた魔獣の毛皮を何枚も着重ねて雪だるまのようにもこもこになっていたが、それでも歯をガチガチと鳴らして震えている。
シンが「鬱陶しいから大人しく子供たちと一緒に馬車の中に引っ込んでいろ」と冷たく言い放つと、ガーブは支援隊の女子供と同列に扱われるのがプライドに障ったのか、あるいは隣を平然と歩いていたフェンに「あの無敵のガーブさんにも、可愛い弱点があったんですねぇ」とニヤニヤ笑われたのが爆発的に頭にきたのか、「ふざけんな! 俺が先頭を歩いて雪を蹴散らしてやる!」と怒り狂いながら、意地になって隊列の最前線を突き進んでいた。
山を登り始めて十日が経過した頃――。
突如として、激しい地吹雪の向こうから、世界の終わりを告げるような、おぞましい「狼の遠吠え」が何重にも重なって響き渡った。
一瞬にして、クリシュ・アランの戦士たちの間に強烈な緊張が走る。
斥候に出ていたコーが、疾風のような速度でシンの元へと戻ってきた。
「シン、まずいぞ。この山脈の生態系の頂点に君臨する『氷原冬狼』の巨大な群れだ。今夜、確実にこの野営地は総攻撃を受ける。至急、四方を崖に囲まれた迎撃に有利な地形を探そう」
シンは即座にハンスの特務隊を走らせ、山腹の少し開けた、背後を頑強な岩壁で守られた高原のような場所を夜営地として指定。全軍を即座に完全迎撃陣形へと移行させた。
夜半、近づく無数の足音と遠吠えの残響から、敵がこちらの陣形を全方位から完全に包囲しつつあることが判明した。
シンは、非戦闘員である支援隊非戦闘員と子供たちを陣形の最中心部へと匿い、その周囲を屈強な歩兵隊の盾で強固に遮蔽。さらに、山裾から登ってくる敵の通り道を見下ろす岩場に弓兵隊を配置し、最も危険な稜線側の正面から側面にかけての防衛線を、戦闘のプロであるクリシュ・アランの精鋭たちに預けた。特務隊、遊撃隊、そしてコナ、フィニ、コーの三人は、陣形に縛られず戦況に応じて自由に動く遊撃の刃として放つ。
狼たちの飢餓に狂った襲撃は、夜半から夜明けを迎えるまで、一瞬の猶予もなく執拗に続いた。冬の極限状態で食糧難に陥っていたのだろう、襲いかかってきた冬狼の数は、最終的におよそ百二十頭。凄惨な肉弾戦が繰り広げられたが、シンの完璧な人員配置と、クリシュ・アランの圧倒的な個の武力、そして弓兵隊の容赦のない火矢の雨の前に、冬狼の群れは野営地の周囲で次々と物言わぬ死体へと変わっていった。
翌日、傭兵団は移動を一日停止し、総出で狼の死体の処理に追われた。
凍りつく前に素早く毛皮を剥ぎ取り、筋張ってはいるものの貴重な保存食(非常食)とするために肉を丁寧に切り分け、残った骨や不要な部位を雪の中に深く埋葬していく。
この作業を圧倒的な手際で主導したのは、やはりクリシュ・アランの面々だった。彼らはブリタニア北部の未開の地で、日常的にこれらの獰猛な原生生物を狩り、それを主食として生きてきたため、凍った肉の最も効率的な解体法や、臭みを消す調理法を熟知していたのだ。
全ての作業が終わりかけた頃、もこもこの毛皮に包まれたガーブが、両手に何かを大切そうに抱えながら、妙にバツの悪そうな顔でシンの元へと歩み寄ってきた。
「シン……ちょっと、これどうにかしてくれねえか?」
ガーブが差し出した腕の中を見て、シンは思わず眉の根を深く寄せた。
そこには、親を失い、まだ目も満足に開いていない、真っ白な氷原冬狼の仔が「四匹」、寒さに震えながら小さく鳴いていた。
「……元の場所に捨ててきなさい。俺たちはただでさえ大世帯なんだ、荷物を増やす余裕はない」
シンが冷酷に言い放った瞬間、ガーブは「嫌だ!」と子供のように拒絶し、さらに買い出しから戻ってきた教育隊の子供たちが「お願いです、副団長! 私たちが自分たちのパンを分けて育てるから、一緒に連れていかせてください!」と、シンを取り囲んで泣きながら大騒ぎを始めてしまった。あまりの騒々しさに頭が痛くなったシンは、額を押さえながら吐き捨てるように告げた。
「好きにしろ。ただし、一歩でも歩けなくなったら、その場で俺が叩き斬ってスープの具にするからな」
横からオットーやクリシュ・アランの戦士たちが、「こいつらは幼い頃から人族の手で飼い慣らせば、将来的にどんな軍馬よりも賢く、頼もしい最高の猟犬(相棒)になるよ」とシンの肩を叩いたことも、彼が根負けした一因だった。
結局、四匹の仔狼のうち三匹は、歓喜の声を上げる子供たちが責任を持って世話をすることになった。そして、残りの最も体格の小さな一匹は……なぜか、ガーブの分厚い防寒着の胸元にすっぽりと収まり、主人の顔をペロペロと舐めていた。ガーブは嬉しそうに鼻を鳴らしている。
それからさらに四日間の過酷な雪山行軍を経て、傭兵団はついに、ピレル山脈の最高峰を繋ぐ最後の狭間(峠)を越えた。
風雪が嘘のように止み、眼前に広がったのは、どこまでも続くヒスパニア側のなだらかな山裾と、その先に広がる雄大な緑の大地だった。
「……越えたぞ」
誰かが呟いた声が、静かに全軍へと伝染していく。そこからは一気に山を駆け下り、わずか二日間でピレルの裾野へと無事に到着を果たした。
未曾有の冬のピレル山脈越え。驚くべきことに、シンの冷徹かつ緻密な旅程管理と兵站統制により、二百六十名の団員は、教育隊の子供たち一人に至るまで、誰一人として欠けることなく、完璧に山を越えきったのだ。これは、西方諸国の軍事史においても、奇跡と称されるべき偉業だった。
傭兵団は、裾野に広がる広大な原生林の境界線に巨大な野営地を設営した。流石の精鋭たちも、長期間の極寒と強行軍による精神的・肉体的疲労が限界に達していた。狩人隊が森から新鮮な木の実やキノコ、野生の鹿を仕留めて戻り、野営地には久しぶりの、温かく贅沢な食事の香りが立ち込める。
「おおおおおッ!!! 復活だぁぁぁーー!!!」
山を降りて暖かな気候に触れた瞬間、ガーブは着込んでいた重苦しい毛皮や防寒具をすべて乱暴に脱ぎ捨て、胸元から飛び出した仔狼を引き連れて、水を得た魚のように平原を大爆笑しながら走り回っていた。
オットーが、温かいスープの入った木皿を手に、シンの隣へと腰掛けた。
「いやはや、本当に大したものだ。一人も脱落者を出さずにあのピレルを越えるとはね、君の統率力には恐れ入るよ、シン君。……だが、ここからが本当の現実だ。道中でお金を使い果たして、我が傭兵団の懐具合は現在、完全に空っぽ(赤字)だよ。一刻も早く、どこかで大きな資金調達(仕事)をしないと、団の維持が立ち行かなくなる」
「……分かっています。この大所帯を維持し、食わせていくには、相応の金がいる。ヒスパニアでの傭兵稼業を本格始動させるためにも、まずはこの国の正確な情勢を調べ上げなければなりませんね。二、三日して皆の体力が戻ったら、すぐにハンスの特務隊を動かします」
「おや、情報収集なら、このオットーおじさんも大いに動くからね。商人ギルドの連中を転がすのは、私の本業だからさ」
オットーは不敵に笑うと、スープを飲み干して立ち去っていった。
「おい! アインツ! フェン! コナ、フィニ、コー! 身体が鈍っちまってるんだ、全員まとめて俺と手合わせしやがれッ!」
遠くから、ガーブの狂ったような戦闘催促の咆哮が響き渡る。縮こまっていた筋肉を解すのだと言って、木剣を振り回しながら仲間たちを追いかけ回している。平和な光景だった。
ハンスが影から滑るように現れた。
「シン、これからどう動く?」
「ああ。何をするにしても、この国での確固たる『足がかり(拠点)』が必要だ。まずは、近隣にある規模の大きな村か、町へ寄りたい。ヒスパニアが今、具体的にどういう状況にあるのか、掴める限りの噂を集めてくれ」
「了解した。南の方角に、大きな主要街道らしきものがあるのを雀が確認している。そこを中心に斥候を放とう」
ハンスもまた、音もなく闇の先へと消えていった。
シンは地面に座り込み、膝の上に、西方の全域が記された古い地図を広げた。
ヒスパニア王国。大陸西方の、文字通りの「西の最果て」。険峻なるピレル山脈によってフランク王国から物理的に完全に隔離された大国。北外海と、南の大内海を結ぶ広大な海路を有し、近年では大西海(外洋)へ面した港から、未知の外洋へと進出するための巨大な船舶製造技術の開発を進めているとも噂されている。
この大地は、かつて世界を支配していた「神聖ローマ帝国」の版図において、最も豊かな『西の穀倉地帯』と称されていた。帝国の衰退後、その地を治めていた有力な大領主が独立を宣言し、初期のヒスパニア国を建国した。
しかし、黒鉄期1100年頃、大内海を挟んだ南のアフロディア側沿岸において、猛烈な勢いで勃興した異教の宗教組織『聖流教』の狂信的な信者たちが、マナ・ラルタル海峡を越えて大陸へと北進。ヒスパニアの南部から中部一帯を瞬く間に武力占領し、独自の国家『コルディア首長国』を建国した。
北方の寒冷地へと追いやられたヒスパニア国は、失われた領土の奪還を誓う『国土回復』の大義名分を掲げ、それから実に四百年もの間、コルディア首長国との凄惨な宗教戦争を継続。近年になってようやく、マナ・ラルタル海峡の最南端のわずかな一角を除き、ほぼ全ての国土を異教徒の手から奪い返すことに成功した。その戦争の主軸となり、国土を解放したレオン家が自らを王と称し、現在の『ヒスパニア王国』を建国したのである。
ヒスパニア王国が、コルディア首長国をこれほどまでに徹底して排斥し、憎悪する背景には、根深い宗教上の対立が存在していた。ヒスパニア王国は敬虔な『神聖十字教徒』であり、対するコルディア首長国は『聖流教徒』。
かつて聖流教が優勢だった時代、彼らは十字教徒を「穢れた異教徒」と罵って苛烈な弾圧を加え、土地や財産をすべて没収し、多くの人民を奴隷へと叩き落とした歴史がある。現在のヒスパニア王国によるコルディア排斥は、その四百年前の復讐でもあった。
以上が、この国の現状の概要である。だが、いくら国土の九割を取り戻したとはいえ、現在のヒスパニア王国の国内には、未だに数多くの聖流教徒の不穏分子(平民)が残存しており、宗教的・政治的な安定には程遠い、一触即発の緊張状態が続いている。
敗北したコルディア首長国は、未だ最南端の海峡の要塞に立て籠もり、ヒスパニア各地に潜伏する聖流教徒の残党を使って、ゲリラ的な破壊活動やテロ工作を今なお執拗に継続していた。ヒスパニア王国の正規軍は強大だが、全土に広がる小規模な治安維持やゲリラ掃討にまでは、到底人手が回っていないのが実態である。
つまり――。
(国家の正規軍が動かせない、泥臭い治安維持や、残党掃討の裏仕事。……俺たちのような、汚れ仕事を厭わない『傭兵稼業』が介入し、大金を稼ぐ余地は、この国にはいくらでも転がっているということだ)
シンの唇が、闇の中で不敵な、狂暴な笑みの形へと歪んだ。
あのオルレアン伯爵に追われ、這々の体で逃げ込んできた最果ての地。だが、こここそが、緋色の傭兵団が再び世界の頂点へと駆け上がるための、最高の「血の揺り籠(新たな戦場)」となる。
シンは地図を力強く巻き取ると、立ち上がり、満月に照らされたヒスパニアの大地を、傲然と見下ろした。




