第6章:泥濘の断罪――灰燼に帰す希望と、死神の輪舞曲(ロンド)
連合軍対伯爵軍の戦いは足元の悪いマレ・ド・フォン・ド・ブルー平原で行われている。機動力が奪われた水はけの悪いこの土地では兵の展開は遅く、アレクの智謀もオルレアンの策謀も上手く働かず、必然的に力対力のぶつかり合いになっていった。それは無慈悲な消耗戦であった。
数の暴力。数で勝る連合軍は有利に見えるがゲルマニア、ブリタニア、ヒスパニア、フランク国民軍4国の連携は弱く、そこを突かれることになった。
オルレアン伯爵軍は一つにまとまった命令系統の元に動く。足を奪われた戦場ではあったがガストンの用兵は連合軍の弱点を突く形で一定の成果を上げることができた。
オルレアン伯爵の戦術眼は徹底した効率化の上に立つ。戦場を見渡し、相手の一番の強みを切り裂くことから始める。通常相手の弱点を狙うべきところに穴を空け、突破するところを、だ。
オルレアン伯爵は理解している。最も頼りになる武器・武力が効果を発揮しないと分かった軍は弱体化する。精神的に。
オルレアン伯爵は理解していた。戦場で勝つには数で圧倒することであると。同時に理解していた。精神的な支柱が倒された時、最も頼りとするものが崩れた時。その軍はあっけなく崩壊する。
まず、戦端が開かれるその時に飛ばすはずであった投石はなかった。『蛇の眼』の暗躍が投石機を破壊した。投石器を操作していた元緋色の傭兵団の工兵隊のほとんどが投石機を守ろうとして殺された。ゲルドは10人近い敵を倒したが最後は凶刃に倒れた。だが暗躍した『蛇の眼』も全員切り殺された。
オルレアン伯爵はガストンに各個撃破を命じた。ガストンはコンストス将軍と東ロマヌス帝国軍1000を囮に、まずヒスパニア軍とフランク国民軍を攻めた。農民兵主体の国民軍は攻め寄せる伯爵軍に恐慌状態に陥り、戦うことなく逃げまとい、それがヒスパニア軍に混乱を来たし、ヒスパニア軍の半数以上の損害を与えた。
アルフォンソ国王はヒスパニア兵を一旦戦場から下げざるを得なかった。
続いてガストンはブリタニア兵に襲い掛かる。元々数で劣るブリタニア兵は抗しきれず、グレヴィル卿の指揮の元なんとか遅滞戦術で敵兵をゲルマニア陣に誘導して全滅を逃れた。
そしてゲルマニア軍を主体とした連合軍と伯爵軍が最後に残った。
東ロマヌス帝国軍はゲルマニア兵の猛攻を受け、すでに全滅していた。「ば、ばかな…」とつぶやいたコンストス将軍はあっけなく雑兵に滅多切りにされた。
連合軍は歩兵ゲルマニア8000とブリタニア・ヒスパニア残軍8000弱の16000弱、伯爵軍は残り19000程。両軍の戦いの第二幕は伯爵軍が優勢に進めていた。
太陽はすでに頭上で照り付けている。両軍が戦い始めてから5時間近くが経過していた。両軍とも今は陣形を再編成することに注力していた。黒狼騎士団初め騎馬兵の生き残り3000を下馬させ、次の戦いに参戦させることを決意した。騎馬の優位性を捨ててまでも数で対抗することを決めた。
そして伯爵軍が進軍を開始する。マレ・ド・フォン・ド・ブルー平原の戦い、後に「愚者の戦争」(La Guerre folle)と呼ばれる戦いの、第三幕が切って下ろされた。
アレク大公は全体の戦況を眺めつつ、この終息点をどこに持ってゆくかを考えていた。連合軍は6割近い損傷率を被っていた。伯爵軍よりましではあったが、その大半はアズラク兵であり、伯爵軍だけを考えると相手の損害率は1割程度。まだ兵の数では拮抗しているものの、ブリタニア、ヒスパニア両軍の士気は底をつきかけている。
何よりアルフォンソ国王とグレヴィル卿は継戦に消極的になっていた。犠牲に見合うものがないと考え始めている。
伯爵がフランクを手に入れたとしてブリタニアは直接的な被害はなく、ヒスパニアはフランクとの間にあるピレル山脈で侵攻を食い止めることができる。これ以上の戦いは自国民をいたずらに損なうだけだと考え始めていた。
グレヴィル卿は責任を問われることになり、アルフォンソ王はヒスパニア国民の信を失いかねない。だがそれだけだ。国としての敗北の責任を個人に負わせることで終息できるのであればそれはそれで致し方ないと。ここは撤退し、何年か後に訪れるであろう、オルレアン・フランク王国の侵攻に備えるべきであろうと。
ドルベス海峡、ピレル山脈という自然の障壁を盾にして国を守るべきかと。
だがゲルマニアはここで負けを認めることができなかった。
フランクとの間に平原があるだけで、遮るものはない。攻めた以上攻められる危険性がある。
アレク大公はオルレアン伯爵の野望を理解していた。“オルレアンは西方地域を手にしたいと考えている。ここで止めなければその野望がいずれ牙を剝く”
3国ともそれは理解しているはずだった。だが犠牲が大きすぎた。アズラク兵が参戦するのは予想外だった。
ブリタニアもヒスパニアも折れてしまった。連合軍としての共闘は有名無実と化した。
アレクはシンのことばに従ったことを悔いた。“傭兵ごときのことばに踊らされた”戦況がそう言い聞かせるしかないものになっていた。シンのことばに従わなければ、と。
反面、彼のことばに従わなかった場合の未来も予測できる自分に腹が立った。オルレアンがフランクを手にすれば、ヒスパニアを、ブリタニアを、ゲルマニアを。各個撃破して西方を手に入れてしまう、と。
だからアレクは毒を吐く。「シン、貴様、生きて帰ってきたらこの戦争の責任を押し付けてやる」と。
オルレアン伯爵は自陣で最後の戦いを見つめていた。
消耗戦である。自軍、帝国軍アズラク兵は壊滅、伯爵軍も1割死傷。だが有利に戦況は進んでいる。連合軍の損害は4割を超えた。そしてここからさらに増える。
アレクは馬鹿ではない。仮に万が一勝つ要因があったとして、そこからどうやってフランクを支配できると考える?無理だ。終わった後に残るのは3国による占領地争いだ。連合した者同士の争いになる。多大な被害に見合うものを得ようと争う未来が見えているはずだ。そこにフランク国民が牙を剥く。
しょせん貴様らは国民にとっては侵略者だ。だが私は違うぞ、アレク。私は“横暴な支配者を破り、侵略者を追い払った救国の英雄”だ。
私が、フランクを救い、立て直し、侵略者に鉄槌を下す、新たな、支配者だ。
例えこの戦いに私が負けたとして“フランク国民を先導し、侵略者を破る正当な理由”を持っている。それは数百年に渡る国土回復運動を成し遂げたヒスパニア国王も理解できるだろう。4国をまとめたエリザベス1世連合王権国の女帝も理解するだろう。そしてアレク、傭兵の国から統一を果たした貴様も“自国民から生まれる英雄”の強さを理解しているはずだ。
いつ、撤退する?もう時間はないぞ?アレク。貴様に勝ち目はない。
オルレアン伯爵は冷笑する。
「ジュリアナ、クロウド」
「「は」」
「戦後処理を進めろ」
「始めてよろしいので?」
「なぜできぬ?もう戦況は決した。私の勝利だ」
「分かりました。すぐに始め…」
「ぐはっ!」「がっ!」
「なんだ?」
「何事か!」
トリスタンとベアトリスの叱責が飛ぶ。
「後方より賊が!」雑多な軍装の者たちおよそ50数名が陣の後方より襲いかかってきていた。
トリスタンが怒鳴る「ちぃ!連合軍の悪あがきか!伯爵様に敵を近づけるな!」
近衛と『蛇の眼』が後方に向かってゆく。その数は200数十名。その者たちが乱入者たちを取り囲む。その乱入者から一人の男が前に進み出る。両手に1本ずつ、血を纏わせた刀を持っていた。その者が声を上げる。
「よう、伯爵。初めましてだなぁ、会いたかったぜぇ?」
シンが、立っていた。
俺とクリシュ・アラン達はマレ・ド・フォン・ド・ブルー平原の戦いが始まる前夜、陣を抜け出し、平原を大きく迂回してオルレアン伯爵陣に向かった。万の数が対峙する戦場において50人程の小集団は小さいものであったが、規模としては斥候のようにも見え、見つかれば戦闘になることは間違いなかった。
したがって、できるだけ戦闘を避けるため、戦場およびその周辺を避けて進む必要があった。
「見つからずに伯爵のいる陣まで進むには4、5日かける必要がある。だから5日は耐え抜いて欲しいものだ」そう予測し、オットーさんやノインに策を残していった。
俺たちは密やかに進んだ。たいして語るべきことはない。そして5日目の朝、伯爵の陣の後方で戦況を確認し戦闘が消耗戦となっていることに若干の心の痛みを感じた。何とかなってはいるものの、これ以上長引かせることはできねぇ、と。だから俺は後ろのクリシュ・アラン達に合図し、陣に突入した。
俺たちの出現に対してオルレアン伯爵は何も言わずただ見つめている。
伯爵の横にいる騎士が声を荒げる。
「貴様ら!連合軍か!」
「連合軍?知らねぇな。俺は、俺たちはただあんたの首が欲しいだけだ」
俺のそのことばにオルレアン伯爵はわずかに反応した。
「……傭兵か」
「無礼者!殺れ!一人も生かすな!」騎士、トリスタンが命じた。騎士たちが俺たちに殺到する。
「オルレアン伯爵、あんたの首、もらい受ける」




