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『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第二十一部:天秤脳崩壊と魔族の警鐘

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第9章:緋色の断絶、そして「緋色の首狩り」

「俺が、緋色の傭兵団が、オルレアンの首を狩る」


俺の放ったその言葉は、まるで戦場に舞う冷たい風のように、天幕にいた者たちの鼓膜を震わせた。アレク大公は、戦術地図に突き立てていた軍配を叩きつけ、鬼の形相で喰ってかかってきた。


「また貴様らか!貴様はいつもそうだ、我が軍の戦力バランスを無視して、ただ個人的な執着のために盤面を壊そうとする!」


「適任だろう?俺以上に、オルレアン伯爵という男の歪んだ思考回路を理解している者はいない。奴の執着、奴の弱点、そして奴がルテティアの裏路地に隠した毒の牙に至るまで……すべて俺の脳裏には刻まれている」


アレクは苛立ちを隠そうともせず、眼光を鋭く尖らせる。


「だが、“首狩りの女狼”はもういない!彼女の神速の双剣なくして、確実に首狩りができるとは言い難い。シン、お前は冷静さを欠いている」


言いやがったな。


胸の奥で、黒い炎が静かに、しかし激しく燃え上がった。ガーブはいない。オルレアンの、あの狡猾で長い手が、彼女の命を闇へと引きずり込んだのだ。俺、そして初期からの仲間たち、さらにガーブを慕ったクリシュ・アランの戦士たち。俺たちは誓った。決してオルレアンを許さない。死をもってガーブの弔いとする。その狂気じみた、だが揺るぎようのない思いが、今の俺を突き動かす唯一の原動力だった。


「……ガーブがいないと俺たちは弱いと?よくも言ってくれるな。

ヴォルフハルト団長。俺たちは、俺は……弱いか?」


俺はアドルフィーネを射抜くような視線で見つめた。彼女は沈黙したまま、俺の瞳の奥にある濁流を見据える。


「……弱いわけではないだろう。シン、お前はガーブの首狩りを成功させるために戦略を練り、戦術を研ぎ澄まし、彼女のために死線を拓いた。確かに、対象の首を落としたのはガーブだが、その過程で踏み越えた敵の数、積み上げた絶望の数で言えば、シン、お前が勝る」


彼女は言葉を切った。「これは、ガーブの敵討ちか?」


「そうだ。それだけじゃねぇ。支配者と称して民を蹂躙する者に対する、俺たちなりの抵抗だ。後に続く者たちのために、俺たちは動く」


ルブランが静かに口を開いた。「それは、私たちのことか?」


「あんたらだけじゃねぇ。あんたらの後に続く者、この大地で明日を生きる未来の世代のためでもある」


モラン市長とルブラン副団長が、お互いに深い眼差しを交わした。その瞳には、最初に見せた弱さではなく、共に戦場を駆ける者の覚悟が宿っていた。


「……お願い、してもいいだろうか。その、オルレアンの首を」


モランの震える声に、俺は短く、力強く頷いた。


「ああ。任しとけ」


アレクは大きな息を吐き出し、軍図の上に手を置いた。


「……分かった。シン、貴様らはオルレアン首狩りに専念しろ。連合軍は貴様らが動く間、いかなる犠牲を払ってでも遅滞戦術で帝国軍を翻弄し、時間を稼いでやる。アドルフィーネ、ツェン!」


「はい、大公閣下。お任せを」「全力で支援いたします」


「だが時間を区切る。5日間だ。開戦から5日以内に首狩りを成功させろ」


「了解だアレク。5日以内にオルレアンの首を獲る。それまではこの泥濘地獄で、俺たちのために死ぬなよ」


俺はその場を離れ、野営地へと向かった。背後から足音が追いかけてくる。振り返ると、ツェンが立っていた。


「俺も……仲間の仇を討ちたいんです」


俺は立ち止まり、ツェンを見据える。彼は必死だった。


「大公閣下からシンさんの元に行けと言われた時、本当に嬉しかった。あそこは組織としては完璧ですが、俺の提案も役割も、あくまで部品の一つにすぎない。緋色の傭兵団には、アインツ、フィーア、フェン……俺たちには仲間がいた。残ったのは俺だけです。俺は仲間の仇を討ちたい。同行させてください」


ツェンの瞳には、切実な願いと、一人の生存者としての拭えぬ罪悪感が渦巻いている。


「ツェン、死ぬ気か?お前は一人だけ生き残ったことに引け目を感じている。その負の思考に溺れるんじゃねぇ」


「……それは、シンさん自身も同じではありませんか?」


俺はツェンの胸ぐらを掴み、その瞳を直視した。


「見縊るんじゃねぇ。俺は死ぬつもりはねぇ。お前も死んじゃならねぇ。いいか、あそこでアレクの側で観てろ、記憶しろ。俺たちの緋色の傭兵団を、仲間たちの生き様を。なぜ俺たちが生まれ、なぜあいつが死んだのか。何が起きてどう行動したのかをな」


俺はツェンの手を振りほどき、歩き出した。「付いてくんじゃねぇ!」


緋色の傭兵団の野営地は、連合軍の喧騒から離れた東寄りの荒地にあった。そこではオットーさんが、静かな佇まいで俺を待っていた。


「シン君。通ったのかい?」


「ああ。5日後の決行だ」


「で、やっぱりやるのかい?」


「やる」


「……分かりました。資金はすべて現金化し、団員へ分配できるよう準備しています」


俺は中央の広場に全員を招集した。ハンス、ヤミル、クリス、イエーガー、エドワード、マリナ……。260名を超える団員たちの顔を見渡す。6人で始めた俺たちの歴史が、そこにあった。


「傾聴!全員傾聴!」




「本日をもって――本日をもって、緋色の傭兵団は解散する」




一瞬、荒野の風が止まったかのような静寂が訪れた。


「俺はガーブの仇を獲りに行く。これは私怨だ。俺の個人的な行動に団を巻き込むことはできねぇ。解散する」


俺はオットーさんが用意した、横に積まれた金貨の袋の山に目をやる。


「一人ひとりこれを受け取って、それぞれの道を歩んでほしい」


「承服できねぇな」カハル・“テツザン”・マク・ネルが声を上げた。


クリシュ・アランの56人が前に出て来る。


「儂らには仇討ちを行う正当な理由がある。血を引く娘を殺されたのだ。ここで帰る訳にはいかない。儂らはシンと行く」


「…あんたらにはその権利がある。いいだろう」


「待て、俺も行く!」ヤミルとクリスが叫ぶ。


「だめだ。最後の命令だ。俺に付き合うのは許さねぇ。各自、自分の生きる道を探せ」


俺はそう言って自分のテントに入った。バルロ団長も、こんな断腸の思いで俺を送り出したのだろうか。胸にぶら下げた古代ロマヌスのコインと『ガーベラの印』を握りしめ、目を閉じる。テントの外では団員たちの話し合いや、時折漏れる怒号が聞こえたが、それも長くは続かなかった。




翌朝、オットーさんはアレク大公の元へ向かった。


「皆さま。昨日、緋色の傭兵団は解散しました」


「なんだと!」アレクの怒号が響く。


「シン君は、オルレアンを倒すのは自分だけでいいと。クリシュ・アラン56名と共に姿を消しました」


「たった57名で首狩りだと?あの男は……大公である俺を顎で使う気か!」


オットーは黙ってアレクを見つめる。だが、最後にもう一つ付け加えた。


「ツェン君が、戦い方と遅延戦闘について策をまとめています。呼びましょうか?」


アレクはオットーを睨みつけた。「……また繰り返せというのか?いらん!俺が俺の考えで戦いを支配する!5日間、最小の損害で戦ってやる!」


アレク大公はそう言って席を外した。オットーさんはその背中に深く頭を下げる。


(シン君の予想通りだ。意地でも自分が支配するって言うだろうよ……みんなのためにお手並み拝見ですね)


開戦前日、アレクはオットーを通して、ノインとゲルドに秘密の注文を出した。


そして、運命の開戦の日が、やって来た。戦場に漂う血の臭いが、すべてを塗り替える一日の始まりだった。



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