第5章:鋼鉄の蹂躙、落日の玉座へ
会議終了後、俺はシルカと共に緋色の傭兵団の陣営へと戻った。
陣営の入り口では、オットーさんが重々しい面持ちで俺を出迎えてくれた。「お帰り、シン。首尾は?」
俺はその問いに言葉で返す代わりに、握りこぶしを高く突き上げた。その意思表示だけで十分だった。
「了解。皆さん、聞いた通りだ。準備を始めよう」オットーさんが陣営の奥へと声をかけると、数多の兵たちが一斉に動き出した。しかし、彼らは決して騒ぎ立てない。戦場に慣れきった者たち特有の、重厚な規律。静寂の中、決戦に向けた準備が、まるで精緻な時計の針が刻まれるように円滑に進んでいく。その一つ一つの動きから、彼らが背負う宿命と覚悟が伝わってくる。
俺も自らのテントに戻り、最後の支度を整える。使い慣れた防具を身体に馴染ませ、腰には正確無比な投げナイフを6本、背中には幾多の戦場を切り拓いてきた相棒である双刃を背負う。準備を終え、テントの幕をくぐり抜けると、そこにはシルカと漆が静かに待機していた。
「シンさーん。いよいよですねぇ。無事に、必ず帰ってきてくださいねぇ」
漆が相変わらずの、しかしどこか芯の通った間延びした声色で告げる。今の彼女の声には、高ぶる俺の神経を不思議なほど冷静に保たせる、奇妙な落ち着きがあった。
「ああ。必ず戻る」
「シン様。それでは私たちは戦況の観察、および南からの警戒に当たります。オルレアン軍の動きに何らかの変化が出れば、すぐにお知らせしますわ。ご武運を」シルカさんが丁寧に頭を下げる。
「無理を言ってすまない。頼んだ」
「いいえ、私たちは十分すぎるほどの対価をいただいています。それに、3国の重要人物たちと繋ぎを得ることができました。これに勝る報酬はございません」
シルカの瞳には、一切の迷いもなければ、死への恐怖もなかった。俺は無言で頷くと、戦場という名の煉獄へと歩き出した。
ルテティア包囲軍の後方から、大地を揺るがすような異様な唸り声が響き渡った。
それは鉄と車輪が奏でる地獄の音楽だった。3国軍の兵士たちは、その姿を目の当たりにして思わず後退る。そこに現れたのは、鉄で全面を覆われた異形の馬車――『鉄の要塞』であった。
通常の馬車の3倍はあろうかという巨体。車輪の上には重厚な鉄製の四角錐台が鎮座し、壁面には無数の銃眼のような穴が開いている。足回りの車輪さえも鉄板で覆われ、そこには槍の穂先を思わせる鋭利な刃物が4つずつ突き出していた。牽引する馬たちも馬鎧で固められ、先頭の馬以外は左右を鉄板で覆われている。御者は重武装した兵士。その無骨な鋼鉄の塊が、一台、また一台と地響きを立てて戦場へ送り出されていく。
「なんだあれは……!」
城壁の上から見下ろすフランク防衛軍の将兵たちは、見たこともない兵器の出現に戦慄した。この兵器群は、単なる乗り物ではない。王都の防衛線を物理的に粉砕するために生み出された、殺戮の具現化そのものだった。
シンは戦車の群れの間から、一頭の黒馬を駆り出した。
俺はゆっくりと右手を掲げ、そのまま獲物に向けて振り下ろす。
「戦車隊、突撃!」
6頭立ての戦車8輌が動き出す。徐々に速度を増し、地鳴りのような咆哮を上げて敵陣へ向けて殺到する。
「防げ!あれを止めろ!」歩兵の指揮官が叫ぶが、その声は恐怖に震えていた。突進してくる鋼鉄の塊を防ぐ術など、彼らにはない。
先頭を突っ走る戦車に激突した歩兵たちは、まるで紙屑のように宙を舞い、そのまま圧殺された。本来なら馬防柵を設置して行動を制限すべきだったが、かつて6色の騎士団が「騎士の邪魔だ」と設置を禁じていたことが、致命的な仇となった。彼らの高慢さが、この戦場を死の地獄へと変えたのだ。
重量のある戦車の突進力は、正面に立つ歩兵を容赦なく踏み潰し、横から近づこうとする者は車輪のひとつひとつについた3本の刃がズタズタに切り裂く。
「矢を放て!」
しかし、その矢は鉄の壁に無情にも弾き返されるだけだ。
「御者を狙え!馬を!」
すべて無駄だ。戦車の側面にある狭い隙間からは、逆に戦車隊からの矢が飛来し、歩兵たちの首を正確に射抜いていく。さらに車体からは予期せぬ位置から槍が突き出し、逃げ惑う兵を突き刺す。戦車はただの乗り物ではない。それ自体が独立した要塞であり、戦場の主導権を握るための暴力装置なのだ。
ルテティア防衛網の前面に、次々と“穴”が開く。戦車隊は止まらない。困惑し、陣形を崩した騎士団の懐へと容赦なく突入していく。
「なんだこれは!卑怯だ!」
騎士たちの悲鳴が響く。誇り高き騎士たちも、鋼鉄の蹂躙の前では無力だ。飛ばされ、踏みつぶされ、矢と槍の雨に晒される。
続いて8輪8頭立ての巨大戦車が現れる。その上部に陣取った戦士が、重厚なバリスタを操り、騎士団の密集地帯を正確に射抜く。
「撃て!」
一斉射撃の音が戦場を支配した。巨大な矢に貫かれ、十数騎が折り重なるように倒れ伏す。
戦車が停止する。その瞬間に後方の面が開き、中から屈強な兵士たちが飛び出した。彼らは混乱の極みにあったフランク兵を次々に切り捨て、戦場の空気を一変させた。
俺は再度右手を掲げ、最後の一太刀を指示する。
「騎馬隊、クリシュ・アラン、突撃!」
俺は馬を駆り、戦場の中心へ飛び込んだ。双刃を抜き放ち、風を切る。俺たちの後ろからは、傭兵団の狩人隊、エドワード、ヴィアナ、そしてゲルマニアの黒狼騎士団が、アドルフィーネの指揮の下、怒涛の如く雪崩れ込んだ。
歩兵陣を完全に切り裂き、そのまま6色の騎士団へと突撃する。クリシュ・アランとゼン・ムッサーシが率いるスカイウェールの戦士たちも続き、容赦ない攻撃で敵を粉砕していく。
ルテティアの城壁からその様を見ていたフランク王国の将軍は、冷や汗に溺れていた。
「なんだ、これは……あり得ん!あの鉄の馬車は一体何者だ!」
「将軍!白純真理騎士団長、銀翼守護騎士団長、相次いで討死!」
「なっ、なんだと……!」
「紫苑裁定騎士団も壊滅状態です!援軍を!」
悲鳴のような報告が次々と届く。将軍は指揮も命令も忘れて茫然自失となっていた。フランク王国軍が、6色の騎士団が、自分たちの誇る最強の軍勢が、まるで枯葉のように散らされていく様を、ただただ茫然と見つめることしかできなかった。
だが、戦場は待ってくれない。ハンスと特務隊が潜入していた城門が、内側から激しい金属音と共に開放された。
「クリシュ・アラン、突入!天輝黄金宮へ!」
シンの叫びと共に、王宮への道が開かれた。静まり返った街を抜け、俺たちは一直線に王宮を目指す。
王宮の近衛兵など、クリシュ・アランと緋色の傭兵団の精鋭にとって、もはやただの障害物に過ぎない。
「第1目標、ルイ・シャルル・ド・ヴァロア!次に宰相だ。捕まえろ!抵抗する者は殺してよし!」
王宮の庭園を駆け抜け、重厚な扉を蹴破る。中には高位貴族と、震える宰相、そして奥の玉座に座る国王の姿があった。
シンは双刃を納め、静かに国王を見据える。
「はじめまして、ルイ・シャルル・ド・ヴァロア。君主の資格など微塵も持ち合わせぬ愚王よ。あんたらの負けだ。即座に降伏しろや」
謁見の間を支配する重苦しい沈黙。玉座に座る国王は、震える手で何も掴むことができず、ただ無様に口を開けていた。千年の歴史を誇る王国の落日は、こうしてあまりにも無惨な形で、幕を下ろそうとしていた。宰相は顔色を失い、貴族たちは我先にと壁際に後退る。この瞬間、フランク王国は完全にその機能を停止したのだ。シンは王座を見上げ、冷ややかな瞳で最後に言い放った。「あんたの時代は、ここで終わりだ」
【ぎちり!】フランク王国の運命の歯車は大きな軋み音を上げた。




