第4章:盤上の支配者――軍議の席に現れた死神
フランク王国の王都ルテティアを取り囲むようにして、3国の連合軍は布陣していた。ヒスパニア王国軍14,000、ゲルマニア公国軍12,000、そしてブリタニア連合王権国軍6,000。総勢32,000に及ぶ大軍勢が、王都を飲み込まんばかりの威容を誇っている。
対するフランク王国軍は、精鋭であるはずの『5色の騎士団』8,000と、徴集されたばかりの王国歩兵軍20,000が、王都城壁の外側に展開していた。しかし、王都の南側だけは奇妙なほど兵力が配置されておらず、まるで大きな空白地帯のように空いていた。南の大領主、オルレアン伯爵の軍勢の到着を期待してのことか、あるいは警戒してのことか、あるいは他に何らかの意図があるのか。
包囲網が完成した翌日、各軍を率いる最高指揮官たちが一堂に会した。
ヒスパニアからは国王アルフォンソ・デ・レオンと、実質的な軍の全権を握る陸軍大佐エステバン・デ・サラマンカ。ゲルマニアからはアレク大公と、彼が最も信頼を寄せる黒狼騎士団団長アドルフィーネ・ヴォルフハルト。そしてブリタニアからは、ロデリック・グレヴィル軍務卿と、海軍中佐トーマス・ヴェインが名を連ねた。
アレク大公が机に広げられた地図を睥睨し、不敵な笑みを浮かべて口火を切る。
「この重要な軍議の場に、ブリタニアのエリザベス1世女王がおられぬのは少々残念であるな」
グレヴィル軍務卿は慇懃無礼に頭を下げる。「何分、女性というご身分ですので。今回の遠征に関しては、小生が女王陛下より全権を預かっております」
アレクは鼻で笑い、隣に立つアドルフィーネを振り返る。「ふん、ここには女性がいるがな。アドルフィーネ、お前はどう思う?」
「閣下、世の中の女性をひと括りにされては困ります。私のような者は、そうそうおりませんゆえ」
アドルフィーネの淡々とした返答に、アレクは目を細める。「……そうであるか?私は“もう一人”、この世ならざる女性を知っておるがな。グレヴィル卿、他意はない。あの方は文官としての能力に優れておられたな。むしろ、このような血生臭い戦場にまで出張られては、かえって鼻白むところであった」
「本題に入らせていただきたい」アルフォンソ国王が、苛立ちを隠さずに割って入る。
「そうであるな。ルテティア攻略、いや、天輝黄金宮の陥落について。役割分担を確認しておこう」アレク大公が地図を指でなぞる。
「各国とも、ここに至るまで然したる戦闘はなかったはずだ。だが、これからが本番になる。相手は王都を死守せんと固守する5色の騎士団と歩兵部隊。我々には、主に二つの選択肢がある」
アレクは指を二本立てた。
「ひとつ目。吶喊。全軍全力で、最短距離で城壁を破壊し、蹂躙する。被害は甚大だろうが、勝てる。相手の陣容を見るに野戦を想定した布陣だ。一突きか二突きで勝負は決まる。天輝黄金宮を落とすのに3日から4日といったところだ」
アレクは一本の指を折り曲げた。
「ふたつ目。兵糧攻め。王都を完全隔離し、敵の内部から腐敗を狙う。こちらの損害は極めて少ない。幸い、我々は周辺の地方領主を既に手懐けている。彼らから兵糧は十分に供給される。対して奴らは、王都に備蓄された食料が尽きれば共食いすら始めるだろう。遅くとも3か月で陥落する」
「待たれよ」グレヴィル卿が即座にアレクを遮った。
「兵糧攻めは確かに被害を最小限に抑えられるでしょう。しかし、王都ルテティアには数多の無辜の一般市民がおります。エリザベス女王陛下は、民の不必要な犠牲を強く好まれぬ。長引く飢餓で死ぬのは貴族ではなく、常に持たざる者たちなのです」
アレク大公は冷徹に言い放つ。「では、我々に犠牲を強いろと?それこそ戦術論として合理性に欠ける。戦場では個別の感情を捨て、より合理的な判断を下すべきだ。感情に流されていては、無駄な損害を被るぞ」
グレヴィルも引き下がらない。「だからと言って、一般民衆を巻き込んでいいという理由にはならない。それに、あなたや……」アルフォンソ王に目を向ける。「アルフォンソ王が、長期にわたり本国を離れるのは政治的に問題ではないのですか?」
「それには及ばない。もし兵糧攻めを決めたなら、一旦本国に戻るまでだ。3か月後の決着を確認し、また戻ってくればよい」
「あなたは……。アルフォンソ王、あなたはどう考えるか」
「む?」
「短期決戦か、長期攻囲か。どちらを望まれるか」
アルフォンソ王は無精髭をいじりながら思考を巡らせる。「そうであるな。ま、相手もいることであるから臨機応変に応じるべきではないか。まず軽く一戦し、その後の状況次第で柔軟に進めるべきだ」
「……それが一番現実的か。相手のフランク王国軍は、依然として野戦を想定して王都の周囲に展開している。彼らの出方を伺いながら、即応するしかあるまい」グレヴィル卿がアルフォンソの現実論に同意する。
「ふん、敵に主導権を握らせてどうする。戦は主導権を握った方の勝率が高くなる。わざわざここまで来て相手の出方を待つなど、何のためにここにいるのか貴殿らは。フランク王国を切り取りに来たのではなかったのか!」
「切り取る、だと?」アルフォンソ王がアレクの発言に敏感に反応する。
「違うのか?我は最低でも、中央平原の領有を希望する。ブリタニアは最低でもドルベス海峡沿岸地域を獲る。ヒスパニアは領土をいらんのか?」
「……ピレル山脈を挟んだ先の土地など、管理しきれん。金銭の賠償を要求する」
「それは難しかろう。フランク王室そのものを潰すのだぞ?賠償を請求する相手が消滅するわけだ」
「むむむむ……」唸るアルフォンソ王。
その時、テントの奥から鈴を転がすような、冷ややかな女性の声が響いた。
「まあ、皆さまはもうすでに、フランク王国が消滅した後のことばかりを話し合われているのですか?まだ相手は健在ですのに」
「誰だ!」アレク大公が腰の剣に手をかけ、鋭く叫ぶ。
アドルフィーネが風のように素早く剣を抜き、アレクを庇う位置へ移動した。
テントの入り口に、一人の美しい女性が笑みを浮かべて入ってきた。
「もうすでに勝ったかのようにお考えですが、状況はまだ始まったばかり。油断は禁物ですわ」
「何者だと聞いている!」
「これは失礼。アレク大公閣下。私めはシルカと申します。お見知りおきを」
「……ここは国の君主、指導者が集まる場だ。貴様のような者が簡単に近づける場所ではない。去れ」
「まぁ、アレク大公はお気が短い方ですこと。そう思いませんか、グレヴィル卿?」
グレヴィル卿は苦笑しながら応じた。「アレク大公、この方はブリタニアで我々に多大なる助力をしてくれた、組織の代表です」
「その組織の代表とやらが何用だ!」
「私どもは情報を専門に扱う組織、『ゾディアック』と申します。実はわたくしは露払いに過ぎず、皆さまに真のご用のある方は、こちらの方でございます」
一人の男がテントに入ってきた。頭からローブを深く被り、その素顔を隠している。
「久しぶりだな、アレク」
「ぬっ……!」アレクとアドルフィーネが、現れた男のその姿に同時に硬直した。
男がゆっくりとローブを脱ぐと、その下には緋色の傭兵団副団長、シンが立っていた。
「一別以来か。元気そうで何よりだ。好戦的で、何事に関しても我を通すやり方は変わっていないな。今度はゲルマニアだけでなく、フランクの地まで併呑するつもりか?」
「貴様!」
シンの遠慮を知らない言葉に、アレクは言葉を荒らげそうになる。
「シン!お前ではないか!フランク王国を攻めろと裏で仕向けたのは!」
「それに乗ったのはあんた自身だ。違うか?」
「貴様……おい、シン。お前、何か変わったか?」アドルフィーネがシンの顔をまじまじと見て、首を横に振る。「いや、何かが違う」
「変わった?ああ、変わったさ。変わらざるを得なかった……。だが変わんねぇものもある。変わっちゃならねぇものがある。俺は変われねぇ。いや、俺は変わらなきゃならねぇんだ」
「……どうした、シン」
俺は空いている椅子に座り、テーブルの上に広げられたルテティア周辺の地図を冷ややかな目で見つめる。
「ああ、これからどう動くかを話し合っていたんだな。……吶喊か、兵糧攻めか。二択か?」
「そうだ」アレクが答える。
俺は地図を手に取り、彼らに突きつけるように言った。「ふん。どちらを選んでも、あんたらは負けるぞ?」
「……なんだと?」
「アレク、ルテティア南側を包囲しないのは、俺が言ったからだというのを忘れたか?」
「ああ、貴様が“南は空けとけ”と言ったからだ!」
「俺がおびき寄せるために空けろと言った。オルレアン伯爵だ」
「オルレアン伯爵か」
「オルレアンは現在、フランク王国の3分の1近くを実効支配している。ヒスパニアの南部より広いぜ、アルフォンソ王。そのオルレアンの配下領主領の軍は、推定21,000」
「むっ……とんでもない数だな。王都の騎士団と合流されれば、総数4万を超える。我々連合軍を越えるか」
アレクが顔をしかめる。
「オルレアンが来るなら南側からだ。今、あんたらが南を無警戒でルテティアを攻めれば、背後から襲われる」
「事前に把握できていればやりようはある」
「だが大きな損害が出る」
「最終的には勝てる。そうだろう、アドルフィーネ」
「……勝つことはできます」
「でその後は?」
「後とはなんだ、迂遠な言い方だな」
「フランク王国国民が黙ってあんたらを返すと思うのか?」
「しょせん、農民兵など……、待てシン。お前何をした?」
「さあ? フランク王国農民市民合わせて30万超。未熟とは言え10倍の相手に勝てるのか?勝てたとして人のいない土地を手に入れてどうするのだ?」
「……」アレクが押し黙った。アルフォンソ王もグレヴィル卿も。
シンが告げる。
「そこで提案なんだが……、あんたら、俺たちを雇わねぇか?」
全員が驚愕する。「安くしとくぜ。どうだい?」
3人の指導者が目配せをする。グレヴィル卿が尋ねた。
「シン殿、何をしようとしているのですか?」
俺はニヤリと笑う。「それはな……」
打ち合わせは長時間に及んだ。王国の運命を握る、死の軍議が始まったのだ。




