↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『緋色の傭兵団の物語』「西方動乱編」  作者: 嵗(sai)
第二十部:緋色の咆哮、西の大陸を焦がす

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/58

第11章:瓦解する秩序、そしてオルレアンの計算

後に『ルテティア大虐殺』と後世に永劫刻まれることになる、この陰惨極まる事件。


それが起きた当時、フランク王国の国王ルイ・シャルル・ド・ヴァロアは、王妃を同席させ、取り巻きの貴族たちと共に豪華絢爛な酒宴を開いていた。下町の空を焦がし、焼け焦げた肉や家財が混ざり合って漂う不快な臭いに、王妃は顔をしかめ、「臭いわ、何とも言いようのない不快な臭いが立ち込めているわ」と言って部屋へと戻ってしまった。

これに対し国王は、その日、王城へ奉仕していた給仕80名程を呼び出し、「気分を害した。給仕どもに鞭を打て」と冷酷に命じた。王は、鞭打たれて血を流し苦悶する給仕たちの姿を余興として眺めながら、最高級のワインを優雅に傾けたのである。宰相はこれに追従し、「陛下、ただの掃討でございます。匂いの元を祓っておりますので、じきに陛下は再び清らかな空気を纏われ、より高貴な調べを楽しまれることになりましょう」と、ひたすら媚びへつらった。


この『ルテティア大虐殺』から奇跡的に逃れた市民や、その事実を知った庶民たちは、国中のあらゆる集落へとその凄惨な事実を伝え回った。王侯貴族の際限なき専横と、人間扱いすらされぬ屈辱に耐えに耐えてきた庶民の忍耐は、ここで限界を超えて爆発した。

国中の集落で一斉に暴動が発生した。その数、実に860余り。各集落に駐在していた徴税官と役人への暴行、私刑からはじまり、暴徒と化した群衆は雪だるま式に数を増やしてゆき、千人を超える規模の集団が各地で多数発生した。彼らは小領主の館を次々と襲撃しては主の首級を上げ、蓄えられていた財産を奪い去った。千人規模の暴徒集団は、確認されただけでも全国で78に及んだ。


王都の貴族や王国政府は、暴徒の規模が無視できぬ大きさになり、地方からの悲鳴が届いて初めてその存在を知らされることになる。

王都の貴族たちは、地方領主が次々と倒される報を聞いて、「暴動を発生させるとは、地方の領主どもは何をやっているのか。しかも、たかが平民ごときに倒されるとは情けない」と、自らが課した税こそが暴動の火種であるという原因を棚に上げ、地方の同胞を嘲笑した。「領主が減れば、それだけ我らの直轄領が増えるというものだ」と、ほくそ笑む者すらいた。


フランク王国には、60の中小領主と6人の大領主が存在する。フランク王国の貴族領主軍は、基本的にはお抱えの騎士を中心とした騎士団と、領民を強制的に徴兵して編成される徴用兵で形成されていた。大領主は千を超える騎兵を保有していたが、中小領主はせいぜい100人程度の規模である。今回の暴動には、領内の徴用兵も暴徒側に加わった。騎兵100人程度では、数千に膨れ上がった暴徒の波を鎮圧するにはあまりに力不足であった。各地の領主たちは、己の命が狙われる恐怖に悲鳴を上げ始めたのである。


次々と倒される領主の報が王都にもたらされ、続々と領主から救援を求める声が集まるにつれて、事態の深刻さにようやく気づき始める者が出てきた。

(陛下に知られては、我々の身が危うい。陛下には知らせず、速やかに軍を動かし鎮圧せよ)

そして彼らは、「国王陛下の元の秩序を乱す不逞の輩に、王国国民の資格なし。根絶やしにせよ」と王国軍の出動を命じた。


天輝黄金宮に詰める6色の騎士団の内、精鋭の金を除く5色を出動させた。


白:白純真理騎士団(ChevaliersdelaVeriteBlanche) 1200

青:蒼穹王家騎士団(ChevaliersdelaIAutoritedAzur) 1200

赤:深紅威信騎士団(ChevaliersduPresigeCramoisi) 1200

銀:銀翼守護騎士団(ChevaliersdesAilesd`Argent) 1200

紫:紫苑裁定騎士団(ChevaliersduJugementViolet) 1200


計6000騎を各地に急ぎ派遣した。王国軍歩兵20000は王都の守護を固めるため、王都周辺に配置された。


5色の騎士団の出撃の報に接したオルレアン伯爵は、ほくそ笑む。


「“事成れり”」と。


家令には、自身の影として動く5人の腹心を呼ぶよう命じた。

ほどなくして、5人の男女が冷徹な空気を纏い、執務室に入ってくる。


計数官ジュリアナ・ドラクロワ、隠密文官クロウド・ヴィヨン、重装騎士団長ガストン・ド・ボーモン、近衛騎士トリスタン・ド・ロシュフォール、そして『蛇の眼』指揮官ベアトリス・ド・ラヴァル。


「お呼びにより参集いたしました」

ジュリアナの報告を受け、オルレアン伯爵は配下5人をじっくりと眺めやる。彼ら彼女らは伯爵の手足となってフランク王国を掌中に収め、やがて大陸の覇者となるために尽力してきた忠実なる配下だった。


「よく来た。時節到来だ。これよりフランクを切り取る」


オルレアン伯爵の宣言に、誰も驚く者はいない。彼らはこの瞬間のために、オルレアン伯爵の下で煽動を繰り返し、入念な準備を進めてきた。すべては、オルレアン伯爵と自身らを大陸の覇者たらしめるためである。


「ジュリアナ、準備は整っているか」


「はい。初動の兵站は十分にあります。また各地の群衆を併合した場合の装備や食料供給については、各地から調達できるよう計算は完遂しております。問題ありません」


「うむ。ガストン、動かせる兵と練度について」


「重装騎兵2000、軽騎兵2000、歩兵4000。訓練は十分です。野戦において疲弊した王都の騎士団に遅れをとることはありません」


「トリスタン」


「は。近衛800。いつでも出撃可能です」


「ベアトリス」


「はい。『蛇の眼』40は既に王都潜伏済み、残り80のうち30は5色の動向を監視中。手元の50はいつでもご命令に従えます」


「クロウド、状況と今後の展開について説明を」


「は。暴徒は各所で結集し始めています。2~3000人規模の集団が43。5色は救援依頼を出した貴族領に向け移動中。北に1、西に3、東に1です」


「王都には天輝黄金騎士団と王国軍歩兵が待機。守備に当たっています」


「……ベアトリス。20を王国軍歩兵の中に潜り込ませろ。情報を流して不安を煽れ。歩兵の中隊長クラスを2、3人仕留めろ」


「分かりました。手配します。暗殺は自然死に見せかけて行わせます」


「いや、他殺と明確に分かるようにやれ」


「……承知いたしました」


「クロウド、今後の展開について」


「今後、5色は各地の暴動鎮圧のため転戦を余儀なくされ、疲弊するでしょう。暴徒も戦力差や分散の不利を悟り結集を急ぐようになります。最終的には5、6000程度の規模になるはずです」


「ただし、暴徒の扇動者が複数いることで意思統一はできず、長期的には5色に敗れるでしょう。しかし王都からの支援はなく、兵站・補給の不足から5色も無傷ではいられず、4割は損害を被るはずです」


「暴徒鎮圧まで5か月後」


クロウド・ヴィヨンの冷静な予測に対し、オルレアン伯爵は断言する。


「行動開始は5か月後。電光石火で王都を突く。王都の王侯貴族の罪を改め、粛清する。王家の者は全員公開処刑だ。これで庶民の不満を解消し、新たな政府を創設する。そしてオルレアン伯爵である私を、次なる君主として擁立する」


クロウドがオルレアン伯爵の言葉に続ける。


「これからの5か月、クロウドは状況を徹底的に見極めます。時期のずれが起きれば開始時期を随時変更します」


「ジュリアナは兵站の準備を4か月以内に完了させ、領地最端に物資を移送しておきます」


「ベアトリス、王都で噂を流して不安を煽れ。王国軍歩兵の中隊長暗殺の偽情報を流せ。王都の小貴族を複数人殺害し、貴族どもを疑心暗鬼にさせるのだ」


「ガストン、トリスタン、兵の練度をさらに上げろ。疲弊した6色に後れをとるような醜態は断じて許さん」


「行動開始後は、私も前線へ出る」


「以上だ」


5人の配下は無言で敬礼し、オルレアン伯爵の前から去ってゆく。


オルレアンは一人、思索にふける。物事が計画通りに進む確率は極めて高い。だが、絶対とは言い切れない。保険をかけておくべきか?彼はペンを取り、紙に詳細な策を書き始める。書き上げた後に封筒に入れ、蜜蠟で厳重に封印した。


それを執務机の上に置いて、ふと思う。「これは私の弱さか?」


20年に渡り考えてきた計略の最終段階である。入念な準備を進め、策謀を用い、王宮の腐敗を増長させ、民衆を煽り、周辺諸国を牽制し、奸計を弄してきた。


機は熟し、障害はない……はずだ。


だが変異は、いつも自分の視界の隅でちらつく違和感とともに訪れる。それに気づき速やかに対処することで、ほぼ修正なく進めてきた。


ただひとつだけ。


ひとつだけ、この手のひらから零れ落ちたものがある。黒鉄期1733年初秋、あの東ロマヌス帝国との戦いから逃げ延びた傭兵たち。その後、西方諸国を渡り歩き、徐々に力を付けて行った『緋色の傭兵団』だ。


目の前の障害になり得ると危惧し、誅殺を命じた。それが2年前、黒鉄期1738年。傭兵団のバケモノと呼ばれた女団長を抹殺したはずだった。この2年間、残党は目立った動きをしていない。団長亡き後の団が求心力を失い、力を失ったと結論づけたのだが……。


私の目的は、西方諸国を束ね、世界に躍り出ること。南の大内海沿岸、中央アゼリア、北方諸国、モーデンス。古代ロマヌス帝国以上の版図を築き上げる。そのためには少しの歪みも見過ごせない。まずは第一手、フランク王国を手にすることだ。


3か月後。ベアトリスとクロウドが慌ただしく執務室にやって来る。


「定例報告の時間ではない。何が起きた」


ベアトリスが息を切らして報告する。


「はい、各地に出向いた5色の騎士団ですが……」


「どうした、全滅でもしたか?」


「いえ……ほとんど戦闘をしていないのです」


「戦闘をしていないだと?」


【ぎちり】。


「はい。5色は各所に展開していますが、鎮圧すべき暴徒はその場に居らず、戦は起きておりません。暴徒は事前に5色の接近を感知し、その前に移動、または解散・分散しています。5色は一切の被害を与えておらず、また損害も被っておりません」


「……クロウド」


「計算外です。民衆にそのような情報網も、このような状況を支配する頭脳も存在しません。このような形で推移することはあり得ないのです」


「それともうひとつ、あります」


「何だ」


「5色の移動経路が……一方向に向かっています」


ベアトリスが地図を広げ、指し示す。オルレアン伯爵が目を見開く。


「ここ、我らオルレアン領に向かって動いています。5色すべてが」


そこに、家令が血相を変えて入室してくる。


「……何事だ。打ち合わせ中だぞ」


「大変でございます!お館様!」


家令の異常な慌てぶりに、オルレアン伯爵は家令を促す。


「ヒスパニア、ゲルマニア、ブリタニアの3国が……!!」


「3国がどうした!」


オルレアン伯爵の全身を冷たい戦慄が駆け抜ける。


「3国がフランク王国に……宣戦布告いたしました!!」



【ぎちり】!


軋み音が聞こえた。オルレアン伯爵はその音が何か、気づいた。




運命の歯車が狂いだした音だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。